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「せっかくだから、俺はこの赤い提灯を選ぶぜ」

丑三つ時を超えて午前三時、黒猫様の時間帯指定に狙いをあわせて、俺たちは旅館の玄関口に集まっていた。

「やっぱ、こっちのほうが懐中電灯とかより、雰囲気出るよね」

薄暗い旅館の玄関で、紗希は赤提灯を振り回しそうな勢いだ。

中に光る電球が灯るだけで、さすがに蝋燭は使われてない。

「ほんとに…行くの?」

紗希のご満悦と正反対の表情で、雨でも降らないかなぁと舞衣がつぶやく。

雨でも雪でも行くという結果は変わらないと思うけど。

「ふわっ…」

さっきまで眠ってた綾乃は、恐いよりも眠いほうが優先らしい。

とろんとした眠そうな瞳をたまにこすって、それでもぼんやりと頬を緩めている。

ちなみに、直人は自分の部屋で睡眠中。

神にご機嫌を取りながら生きていく気はないそうだ。

「さあて、集まったところで、結果発表といきましょうか」

楽しそうに手をあげて、璃奈が注目を一斉にひきつける。

全員の視線が自分に向いたことを確認してから、璃奈は舞台の上のように見られることを意識した綺麗な笑顔を浮かべた。

「勝利の栄冠に輝いたのは…」

少しためを作って、全員の顔を見渡す璃奈。

そして、小さく息を吸い込み…。

「織原怜奈に決定ですっ!!」

しんと響く玄関には、盛り上がりも何もない。

誰一人声も何も出さずに、璃奈の言葉を呆然と聞いていた。

「…で、言い間違い? それとも、聞き間違い? 計算間違いかしら?」

『とにかく、その結論はおかしい』と言いたげな口調と表情の怜奈。

どうやら、嘘情報としてしか認めてもらえないらしい。

「とっきー助けて、おねーちゃんがいじめるのー」

わざとらしく幼い声を出した璃奈が、瞳をうるませて俺にとびつく。

俺の胸の辺りに顔をうずめて数秒後、これ見よがしな感じの台詞が響いた。

「今回、計算したの私じゃないのにー」

「え?」

その璃奈の言葉に、怜奈が見事なまでに硬直する。

「計算やったの私だから、その可能性はないよ。

 みんな、最初より減ってたし、減らさなかったのは怜奈だけ。怜奈の作戦勝ちだよ」

「な、作戦なんかじゃ…」

楽しそうに笑う綾乃を相手に、怜奈はこれでもかっていうくらいに慌てる。

そんなに俺と行くのがいやですか、そうですか。

「おにいちゃんには、これとこれ、それにこれとこれね」

手袋にマフラーにホッカイロ、最後はさっき振り回してた提灯。

あの紗希のそんな用意周到さを見せられて、ようやく話がつながる。

部屋で俺をベッドにして三人が話していたのは、これの計画だったらしい。


「紗希」

「なに?」

問い返す紗希は、あくまでもいつもの笑顔。

だから、俺も不自然に鳴らないように、短く一言だけを返す。

「ありがとな」

「うん」

笑顔の紗希の頭を、できるだけ優しくなでつける。

帰ったら、何か紗希の好きなものを買ってやろう。

「ほら、いきなさいってば」

紗希から受け取った重装備を装着すると、怜奈が押し出される形で俺の隣に並んだ。

「二人とも、気をつけてくださいね」

舞衣の神妙な顔が、怜奈の恐怖心を見事に煽る。

返事もろくにできない怜奈の代わりに、俺は小さくうなずいて返した。

「ほらほら、二人が行ったら次のペア決めするんだから、早くしてよね」

璃奈に背中を押されて、俺と怜奈が玄関の外へと文字通り押し出される。

ぴしゃんといい音を立てて閉められ、中の声はもう聞こえない。

「行くか?」

「こうなったら、しょうがないじゃない」

強がって言ったものの、怜奈の声が震えてるのが分かる。

街灯なんて気の利いたものはなく、目に映る光源は手元にあるこの提灯だけ。

「じゃ、行こうか」

「ちょっと待って!」

引っ張られた腕のほうを見ると、怜奈が何か言いたげに口を動かしている。

でも、口元がわずかに揺れるだけで、言葉は何も聞こえてこない。

「いいよ、なんでも言ってくれ」

「提灯は、私に持たせてくれない?」

本当に申し訳なさそうな顔で、怜奈が上目遣いになる。

少しでも明かりの近くにいたい…と、俺から明かりを取ったら申し訳ない、ってとこかな?

断る理由もなく、俺が提灯を手渡すと安心した顔でほっと息をつく。

せめて、こういうちっぽけな電球よりは頼りにされたいところだ。

「少しぐらいなら…近くにいても、いいから」

肩と肩が触れ合うほどの距離まで来て、提灯を間に持つ。

怜奈のほうから、こんなに俺に近寄ってくれたのは、いつ以来だったかな。

まるで相々傘のような距離に戸惑いながら、俺たちはぎこちなく歩き出した。


持つ手が震えるせいでゆらゆら揺れる赤提灯は、遠目から見たらかなり本物らしく見えると思う。

そんな馬鹿なことを俺が考えてる横で、怜奈は精一杯頑張っていた。

風の音に反応しては小さく息を飲んで、ゆっくりとため息に乗せて吐き出す。

ちらりと横目で覗き見した怜奈は、瞳をうるませて必死で耐えていた。

「大丈夫か?」

「いいの、大丈夫」

そう答える声は、いつもよりずっと弱弱しくて、それきり黙ってしまう。

だけど、これ以上心配したり気を使っても、そんな必要ないって怒るだろうしな。

何を話せばいいのかなんて考える余地もなく、怜奈には話しをするような余裕がない。

だから、俺は会話なんかよりも、怜奈と一緒にいるこの時間を楽しむ。

このときが終わらなければと思うほどに、ただ、夜道を歩くことに夢中になった。


長い長い時間をかけて、ようやく境内に到着する。

至福のときも折り返しに来てしまったことを感じると、なんだか物悲しい。

まだ半分あるさ…という楽観よりも、もう半分しかないという切なさのほうが強い。

薄暗い境内には、ほのかな明かりがところどころに散らされていた。

この時間に来ることを勧めるだけあって、幻想的な雰囲気は見ていて心地いい。

「やっと、着いた」

もうそれだけつぶやくと、怜奈が安心のあまり座り込んでしまいそうになる。

まだ帰り道もあるなんて、そんな無粋なことが言える雰囲気じゃない。

「まずは、お参りしとこう」

「そうね。 …? ひぅっ!」

ぼんやりとした明かりの元で見る猫三匹の御神体は、怜奈を驚かすには十分な迫力だった。

ちょっと覗き込んで近づいた分だけ、反動で思いっきり俺の腕にしがみつく。

まるで、どこかの遊園地のお化け屋敷みたいだ…とか思いながら、なんとか怜奈を落ち着かせる。

冷静になるにつれて、俺との距離が離れていくあたりがなんとも怜奈らしい。

「さて、と…」

小銭入れから取り出した五枚の硬貨が、澄んだ音を立てて賽銭箱に飲み込まれる。

始終御縁(四十五円)がありますように。

うん、これだけでいいことがありそうなくらいに、いい音だ。

怜奈も俺にあわせて投げ入れ、手を合わせて目を閉じる。

しばしの無言。

いつまで経っても、怜奈が願い事を言い出す気配はない。

でも、願い事は口に出さないと叶わないと書いてあったから。

俺は、目を開けて、ためらわずに神に告げた。

「これからも、怜奈のことを好きでいられますように」

「な、なによそれっ!? そんなのが願いなの?」

直球なまでに狼狽した怜奈の声が、境内中に響きわたる。

誰もいないからなのか、問い返す怜奈の声は、いつもの倍くらいは大きかった。

「怜奈に好きになって欲しい…っていうのも、ちょっとだけ考えたけど、それで振り返ってくれるのは、反則な気がして…さ」

もし怜奈が神頼みで心変わりしてくれても、たぶん、素直に喜べない。

「このお願いじゃダメか?」

「だ、だめじゃ…ない…けど…」

歯切れ悪く言葉を濁して、怜奈がうつむく。

前髪が邪魔して、その表情は全然見えない。

ただ、何か言葉が続く気がして、俺はただ黙って待っていた。

「ねえ」

ぽつりとつぶやいてから、ずいぶん時間をかけて次の言葉がようやく続く。

「一つだけ、聞かせて」

顔を上げた怜奈の目からは迷いとも戸惑いとも取れる表情が見えて、とても真剣な話をしていることくらいは、すぐに分かった。

「なんだ?」

ふっと息をついて、小さく吸い込み、また吐き出す。

そんな、小さな深呼吸を怜奈は何度も繰り返す。

その間、俺は怜奈の目を見つめ、目と耳に全神経を傾けていた。

「私の前に…好きな人、いた?」

途切れ途切れのかすかな声は、意識を集中していたおかげでかろうじて聞こえる程度の声量。

問いかけてきた怜奈の瞳は、何かを恐がるように揺れていた。

「いや、いないな」

駆け引きなんてことは思い浮かびもせずに、即答で返す。

嘘をついて後悔するくらいなら、正直に答えて後悔した方がまだ許容できる。

その言葉に、怜奈は返事もせずに大きくため息をついて、俺に背を向けた。

たぶん、俺の返事が怜奈の期待していた答えじゃないことは分かる…けど、それ以外には何も分からない。

「その質問は、どういう意味なんだ? 理由くらい、教えてくれないか?」

振り返ってくれない怜奈の正面に回り込んで、顔を覗き込み、今にも泣き出しそうな顔をしている怜奈に、何も声をかけられなかった。

「ごめんなさい」

ようやく絞り出した怜奈の声で、一瞬にして脳内が埋め尽くされる。

言葉が声になって、表情やしぐさが映像になって、あのときのことが俺の中にあふれだす。

謝られた、あのシーンが今の俺を知覚している全てを塗りつぶしていく。

「頼むから、謝らないでくれ」

上擦ってしまいそうな声を抑え付けて、なるべく優しい声を出す。

なんとか思い出を追い払って、怜奈のことを正面から見た。

「俺からも、一つだけ。質問に答えてくれないか?」

余計なことはいらない。

さっきの質問も、これから聞くことに比べたら全然重要じゃない。

怜奈がそうしたように、小さく何回も深呼吸して、呼吸と気持ちを整えて、俺はようやく口を開いた。

「怜奈が俺の告白を断った理由、教えてくれないか?」

格好悪いことだって、分かってる。

往生際の悪いことだなんて、百も承知だ。

でも、知りたい。

言われて直せることなら、すぐにでも直す。

どうしようもないことだったら、絶望するかもしれない。

でも、知りたいんだ。

「だって…」

怜奈の声に、自分の意思に関係なく身体がびくんと反応する。

聞きたいと聞きたくないが、こんなに身体の中で葛藤している。

それでも、自分の言葉を覆したくなくて、俺はひたすらに待つ。

「だって…」


「初恋は…実らないって」


「…なに?」

聞こえたはずなのに、自分の価値観を基準にするとあまりに突拍子もない言葉で、うまく受け止められずにもう一度聞き返した。

「初恋は…実らないって」

二度目も同じ言葉が聞こえて、ようやく俺は聞き間違いでも言い間違いでもないことを理解する。

ただ、それが頭の中で呆然と響いて、意味までは浸透してこない。

「私は、大輔のことが…初恋…だから。

 でも、私は大輔以外を好きになるなんて…イヤだし…だから、大輔が他の人を好きになるまで、待とうって…決めて…

 でも、頑張ってみたけど、それも、イヤで…」

途切れがちに、支離滅裂で、涙と同じくらいにポロポロと怜奈から言葉があふれる。

突き放すような態度とか、気のないような素振とかの裏には、こういう理由があって。

それは、あまりに恋愛ベタな怜奈らしいといえば、らしい考え方かもしれなくて。

なんだか放心してしまって、俺はゆっくりと大きく息をついた。

「まったく…」

目の前で震えている、あまりに無垢な女の子を、精一杯抱きしめる。

たぶん、怜奈は言葉が自分の中でどんどん大きくなって、無視できなくなったんだろう。

元々、相談されることはあってもするタイプじゃないし、こんなことは相談できないだろうし、

この言葉を聞いただけで怜奈が今まで考えていたことが、なんとなく分かってしまう。

「怜奈が、それを信じても信じなくても、怜奈の自由だ。けど俺は、それでも怜奈のことが好きだから」

ただ、自分の気持ちをありのままにぶつける。

怜奈からの返事はない。

俺の腕の中で聞こえるすすり泣きを、ただじっと抱きしめていた。


「手、つないでも…いい?」

帰り道、恥ずかしそうに、でも、いつもより少し優しい口調で問いかけてくる。

「ああ」

俺の手のひらに包まれた小さな手は、とてもあたたかくて、それだけで、とても幸せな気分になれる。

みんなの前に行くとあわてて手を離す怜奈は、やっぱりいつもの怜奈で、なんだか、それがおかしかった。


   ◆


怜奈の態度は、その後もほとんど変わらなかった。

みんなの前では、どれだけ親しくしようとしても、突き放されたり、振り返ってもらえなかったり…

むしろ、今までより照れて、みんなの前でまともに話してくれる回数は減ったかもしれない。

でも、二人のときには、だんだんと物腰が穏やかになってきたし、何より変わったのが、何かある度にメールをくれるようになった。

「さっきは、ごめんなさい」とか。

「そんなつもりじゃないんだけど…」とか。

そんな、怜奈の本当の気持ちが、怜奈と離れるたびにメールで届くようになった。

今では、照れた態度も、裏返しのメールも、そのどれもが可愛くて、怜奈と離れると楽しみな顔で携帯電話を握っている俺がいる。

?

『ごめんなさい』


相手に対する謝罪の言葉。

自分の間違いを告げ、相手に詫びるための言葉。

そして、同意できないときの反対意見や、その一段階前。

つまり、『拒絶』の言葉。

そして、相手との仲直りの言葉。


『素直になれなくて、ごめんなさい』


『こんなわたしで、ごめんなさい』



読了ありがとうございました。

少しでもお楽しみいただければ、これに勝る幸いはありません。

ご神体は、児童文学の「ルドルフとイッパイアッテナ」を使わせていただきました。

子供の頃に読んで、一番楽しかった、思い出の逸品です。

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