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「集合って、なんだろね?」
「俺には届いてないメールなんだから、紗希一人で行ったほうがいいんじゃないか?」
「いいの、一緒に行くの」
璃奈をかまった分だけ、私の相手もしてとじゃれつく紗希と一緒に、両替機に向かう。
俺と直人を宛先から外したメールには、『両替機前に集合で』としか書いてなかった。
紗希に腕をひっぱられて行くと、他のみんなはもう集まっていた。
「あ、とっきーも来ちゃったんだ」
「まずいか?」
「ううん、せっかくだから聞いてって」
「せっかくみんないるんだし、ゲームで勝負しない?」
「楽しそうだけど、総当たり戦とかだと大変だよね?」
舞衣の心配そうな顔に、璃奈が得意げな笑みを返す。
どうやら、そういう意見が来るのは計算済みだったみたいだ。
「だから、あれでどう?」
璃奈が指差したのは、メダルへの両替機。
昔は散々お世話になったけど、そういえば、最近はご無沙汰だ。
カップル専用席に座ってる連中がうらやましくて、でも、怜奈は絶対に横に座ってくれなかったっけ。
「50枚で開始、1時間後に持ってた枚数で勝負よ」
持ってる枚数だけで勝負なら、財布が勝敗を決めるってこともできる。反則技なしでゲームの実力勝負なら、それが一番いい。
「景品とか、用意するの?」
「一位の商品は、こちらになりまぁす」
耳にまとわりつくような甘い声を出して、なぜか璃奈が俺に抱きついてくる。あわてて左腕で抱きとめると、紗希が抱きついてる右腕が思いっきり締め付けられた。
「どういうこと? 璃奈」
目つきを厳しくする紗希に、璃奈がとびきりの笑顔で返す。
「だ・か・ら、商品は、とっきーと一緒に肝試しの権利で」
「それで、俺と直人が宛先から外れてたわけか」
直人がこんな景品(自分でいうのもなんだが)を相手に、ゲームを楽しむはずがない。俺のほうは、サプライズ企画にしたかっただろうけど、露骨に追い返すのも可哀想…ってとこかな。
「何を言い出すのかと思えば…」
やれやれとため息をつく怜奈を無視して、紗希と璃奈の視線が熱くぶつかりあう。
「わざわざ、私がおにいちゃんと一緒に行けるようにセッティングしてくれるなんて…ありがと、璃奈」
これでもかってほどに俺の腕に身体を押し付けて、紗希が不敵な笑みを浮かべる。ゲームである限り私に負けはないという、絶対の自信がみなぎってる。
璃奈は紗希に答えず、ただ視線を俺のほうに笑顔を向ける。
「行く前に成績発表にするから、楽しみにしててね」
璃奈に背中を押されて、その場から退場させられる。
やることのなくなった俺は、しょうがないから、寂しいから、と理由をつけて、連コインを続ける直人の脱衣麻雀(さっきとはキャラ違い)を、のんびりと眺めた。
◆
「わおっ、過激ぃー」
紗希が楽しそうに布団の上に飛び込み、思い切り伸びをする。
いない間にベッドメイクをしてくれたのか、ゲーセンから帰ってくると、すでに布団はできあがっていた。
「こういう意味か」
二人でも持て余すほどの大きな布団が一枚、隣り合う枕が二つ、部屋の真ん中にぽつんと置いてある。
これがダブルの正体か。
「ほら、お兄ちゃん…きて」
いつの間にかリボンを外して長い髪を布団の上に広げた紗希が、いっぱいに両腕を広げる。
熱っぽい視線と甘い声は、驚くほどに官能的な響きだ。
浴衣をはだけさせた胸元や太もものあたりには、白い肌がのぞいている。髪の広がりが布団の上を彩り、薄明かりの元で一枚の絵のような雰囲気を醸していた。
「元気だな」
髪を傷つけないように注意しながら、紗希の横に座る。
頭を寄せてきた紗希を撫でつけ、もう一回布団を見つめた。
「どしたの?」
ぱっと浴衣を直して、紗希が布団から飛び起きる。
その笑顔は、本当に悪戯っ子の笑みだ。
「直人と同じ部屋でこれは、さすがにきつかったな…と思って」
「フロントのお姉さんの期待に答えて、お兄ちゃんはえっちーと熱い夜を…」
「こら」
「きゃー」
小突くふりの俺の拳に反応して、ばふっと音を立てて紗希が布団に倒れこむ。
紗希をふわりと包み込んで形を変える布団は、本当に柔らかい。
「…時間まで、寝てもいいか?」
「もちろん」
気を利かせて、紗希が掛け布団をめくってくれる。
俺が潜り込むと布団をかけなおして、満足そうな顔でぽんぽんと布団越しの俺に優しく触れる。どうやら、俺が本気で眠かったのが、紗希にはお見通しだったみだいだ。
「いい夢見てね、おにいちゃん」
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
満面の笑みを最後に、まぶたを閉じる。
こてんと音がして、心地よい体重がかかるのはいつものことだ。
「風邪引くなよ」
「うん、大丈夫」
掛け布団の上から俺を抱き枕のように身体を寄せるする紗希を感じながら、気持ちよいうたた寝を楽しんだ。
◆
「この足はね、おにいちゃんの元に行くために速いの」
「この耳はね、おにいちゃんの声を聞くためだけにあるの」
「この腕はね、おにいちゃんを抱きしめるためにあるの」
耳に届くか届かないかのギリギリの声量が、寝ぼけた俺の頭を掠める。甘くて柔らかい、女の子らしさを抽出したような可愛い声だ。
「…なのに、あなたが邪魔をする」
「なのに、おにいちゃんを傷つけようとする」
「許さない許さない許さない許さない許さない」
一転して無機質な声が、息継ぎの暇もなく繰り返される。
さっきまでとの落差に驚かされるくらいの、押し殺したような冷たい響きの声。そういえば、今日はこれの日だったな。
「な、お前は…」
「皆さんご存知っ! 兄直属のヤンデレ護衛部隊ッ!!」
「妹レッドベレー、通称、戦慄のヤンデレ赤ずきん…か」
芝居がかった男の声とともに、銃撃戦の効果音。
どうやら、お決まりの展開になったらしい。
「さあ、盛り上がって参りました」
「さっきのが決め台詞なの?」
「そ、ここからが見せ場だから」
「この~~は、~のためにある」という台詞は、あかずきんじゃなくオオカミの台詞じゃないのか…というのが気になるけど。
『妹レッドベレー』
妹たちの兄への愛の深さを見せつけるために、毎度表れる敵をいかに怒りを持って痛めつけるかを描いた作品。
月刊妹夢で原作の人気沸騰に答えてアニメ化。
さすがは深夜アニメだ、教育にはあんまりよろしくない。
そして、さっき怜奈がやった中二病ダイエットにも、ふんだんに取り込まれていた。おかげで、怜奈のポーズがまた浮かんでくる。
「ね、ねえ、本当に大丈夫?」
不意に、耳に吹きかけられる吐息がくすぐったい。
…ん、そんなに近くにいるのか?
「だから、大丈夫だってば、おにいちゃん、滅多なことじゃ起きないから」
「それにしても、とっきーに抱きしめ癖があるなんて…」
言われて見れば、俺の両腕の中に暖かいものが収まってる。
それに、さっきから聞こえてくるみんなの声が、耳の奥まで聞こえる気がしてならない。
まるで、耳元でささやかれてるみたいに…。
「抱きしめるのは、癖っていうより、私が条件反射の域になるまで繰り返した結果かな。抱きしめると、絶対に抱きしめ返してくれるんだから、いいでしょ?」
昼間に、紗希と舞衣がこそこそ話してたのは、このことか。
「んー、おねえちゃんみたいに、ほにゃほにゃしてないよね。前に紗希が言ってた、ガチムチしてるっていうか…」
「先輩って、筋肉質だよね」
胸のあたりをすーっと何かが触れていく感覚、どうやら、指か何かでなぞられているらしい。
思わず出そうになる声を、喉の奥でなんとか潰す。
このまま、おもちゃにされ続けたら俺がもたない。
「紗希も舞衣も、許してね」
手を緩めようとした瞬間に、ぽつりとつぶやかれた言葉。
いつもの璃奈とは違う声に、動かそうとしていた手が止まる。
「あんまりしつこいと、逆に怒るよ?」
「うん。璃奈ちゃんのメールに、私も紗希もちゃんと返事したでしょう?」
「でも、なんかさ…」
「邪魔しないでよね。今、おにいちゃんを堪能してて忙しいんだから」
胸のあたりに感じる、微妙な温かさと圧迫感。
朝のときと同じ…たぶん、紗希が胸のあたりに頬を擦り寄せてるんだろう。
「ふふっ…」
「なに? 舞衣?」
「ううん、紗希らしいなぁ…って思っただけ。『すべては、おにいちゃんの笑顔のために…』だよね」
返事はなく、俺の腕に絡まっていた腕に、ぎゅっと力がこもる。
布団越しに押し付けられている身体の、心地の良い圧迫感。
エンディングテーマが流れ終わるまでの、長い長い10分間くらい、俺はひたすらに声を出さないで、寝たふりを決め込んだ。




