11
食事を配り終えて数分後。
ご馳走様には速すぎるタイミングで、怜奈が箸を置く。
「ふぅ…」
あらかじめ少なめに配膳しておいたのが、きちんとすべて空になっている。食べ残すのは嫌いだし、皿が汚れるような食べ方も嫌い。
食べることが大好きなことは、全然変わらない。
「おかわりは?」
「もういいの。その気遣いだけで十分よ」
「今のおねえちゃん、本気モードのダイエッターだから」
「また、いつものアレか」
怜奈は年に何回か必ず、思い出したようにダイエットを始める。
昔のスカートだったり、水着だったり、誰かに何か言われたり、自分が気になったり…。
「せっかく、お茶菓子食べなかったのにねー」
からかうように笑う璃奈を、悔しそうに怜奈が睨みつける。
体質だけは、どうしようもないからな。
「今回の原因は?」
「これ」
楽しそうな顔をして、肩にまわしている自分のタオルを指差す。
「タオル?」
「お風呂のときにね…」
「自分で持って来たタオルが、微妙にまわらなくなってて。で、いつものごとく体重計に乗ったら…」
璃奈の言葉をおさえるように、怜奈の目が鋭角に尖がる。
「あんたたち…食事中に無駄口たたかないの」
あくまでも、行儀の悪い年下に注意するお姉さんのような口調なのが、余計に厄介だ。心得たもので、璃奈がすぐに箸を動かし始め、俺もそれに便乗する。
「別に、気にするほどじゃないでしょ?」
綾乃のフォローにも、怜奈は返事をせずに首を横に振るだけ。そんな言葉じゃ怜奈が納得しないのは百も承知だ。
「ダメダメ。おねえちゃんより細い人がそういうこと言っちゃ」
「えー、あんまり変わらないし、それに胸では勝ち目ないよ」
「ま、そのぶんウエストで織原姉が圧倒的に負け越してるな」
直人の一声で、冷たいものが頬を撫でたような気がして、イヤな汗が吹き出る。今の怜奈と目を合わせちゃまずい、あの目を見たら何もかもが凍てつく。
「そんなに気になってるんなら、私のしてるのやってみる?」
軽い援護のつもりなのか、紗希が矛先を自分のほうに向ける。
そんな紙一重の神業を披露したところで、危険なだけなんだけど、正直、助かったと言わざるを得ない。
「何をやってるの?」
「中二病ダイエット」
「…何それ?」
単語の意味すら分かってないであろう平和な質問。
でも、興味のある話題だけに、胡散臭い名前でも聞かないという選択はないらしい。
「つまり、楽しく身体動かしてればいいんでしょ? 運動部のレギュラー狙いとかみたいに鍛える系なら違うだろうけど、体重維持ならこれで十分」
『体重維持』の一言で、怜奈の瞳が真剣さを増す。
「で、具体的には何をするの?」
にこっと笑うと、紗希が箸を置いて立ち上がる。
そのままカラオケのステージの上に行って、手招きする。
「百聞一見、一緒にやろ?」
「そうね」
珍しく乗り気な怜奈が、紗希の横へ並ぶ。
いつもなら、絶対にステージの上なんて目立つ場所はイヤがるのに、そんなことを気にさせないくらいに、ダイエットの価値は大きいらしい。
「じゃあ、わたしのやるのを見ててね」
紗希がすっと目を細め、舞を始める。
大きめの浴衣が空気を纏って綺麗に広がり、紗希の動きの大きさにあわせてなびく。
一見、それらしい舞踊に見えそうになるけど…。
元ネタを知っている俺としては、真剣な顔を保つので精一杯だ。
最後にポーズを決めて、満面の笑みを浮かべる紗希。
ここまで、10秒ちょっとだ。
「はい、これが一番入門の動きだけど…できそう?」
「まあ、これくらいなら」
怜奈が真剣な顔で、さっきの動きをトレースする。
見ただけで、ほぼ完全に真似できるのは見事だけど、俺はそんなことより元ネタの音楽と可愛らしい台詞が脳内で響いて、噴き出しそうになるのを必死で堪えるのに精一杯だ。
「これでいいのかしら?」
寸分違わずにポーズを決めた後に、紗希に問いかける。
「最後は笑顔、これ大事」
「べつに表情は関係ないんじゃないの?」
「表情筋のトレーニングで小顔になる効果もあるんだから、これは外せないよ」
紗希のもっともらしい発言に、怜奈がすんなりと受け入れて、もう一度繰り返す。笑顔というよりは微笑だったが、あいつらしい優しさみたいなのがあっていい。
「さすが、飲み込み速いね」
「じゃ、簡単なのをバリエーションを多くして、教えてあげるね」
舞台の上で紗希が舞っては、怜奈がそれを簡単に真似ていく。
真剣な怜奈は気づいてないみたいだけど、覚えていくものの動きに、だんだんと可愛らしいさが増していく。
可愛く曲げた手首とか、甘えたような仕草とか、わざとらしい感じにあげた足とか、そんな、あざといポーズ。
「ねえ、大輔」
「あれって、何か元があるの?」
ことの異常を感じ取ったのか、綾乃が怪訝な顔をする。
どうやら、そろそろ一般の人間が見ても違和感を感じるレベルに突入したらしい。
「あれは…な」
段上で真剣に怜奈がこっちを向いていないことを確認してから、綾乃の耳元に口を近づける。
そして、これ以上できないくらいの小声でささやいた。
「さっきのは、とあるゲームの変身のときのポーズで、今やってるのは、そのゲームの違うキャラの必殺技のポーズだ」
綾乃が絶句してから、もう一度ステージを見る。
俺もつられて、ステージの上に目を向けた。
最初は警戒心を持たせないために、なるべく真面目な印象のをセレクト。怜奈が食いついたと分かると、気づかれないように慎重に、大きなお兄さん向けの女の子へとコンセプトを変えている。
それを一生懸命にやってる怜奈は、ちょっと破壊力がありすぎなほど可愛い。
怜奈の振り付けにあわせて、脳内で脳がとろけるほどの甘い声が響く。じっと見ていると、怜奈の浴衣がヒロインのフリフリドレスに見えてきそうだ。
「あれ、楽しいの?」
そんなに冷静な顔で聞かれると、答えに困るな。
「たぶん、紗希ぐらいになると、なりきることが快感なんだろうけど…なぁ」
コスプレイヤーとかに対して、なんで服着たり真似するのが楽しいの? と問うようなものだ。
当人じゃないと、あれの楽しみの本質までは、分からないと思う。
「真似することが、あれの目的なの?」
「中二病ダイエットは、『マンガとかアニメを楽しみながら体を動かして健康維持』が、コンセプトらしい」
修行のシーンを真似したり、ありえない必殺技の練習をしてみたり、上級者になれば、自分で技を考えて、それを会得するための訓練までやるんだから、思ったよりも奥が深い。
紗希の必殺技会得のコーチ役で付き合った俺が言うんだから、間違いない。
「わたしには、ちょっと高尚過ぎるかな」
可哀想なものを見るような目で綾乃がステージを見てから、箸を再び動かし始める。
一生懸命に笑顔を振りまく怜奈を見ると、なんだか哀しくも、申し訳なくもなるが…なるべく視線を外そうと努力したものの、俺は最後まで悩ましい姿の怜奈オンステージに目が釘付けだった。
数分して、ようやく継承の儀を終えた二人が席に着く。
一子相伝を伝授したような、晴れやかな笑顔の紗希がまぶしい。
「これで、体重維持…か」
ぽつりと呟いた怜奈の言葉に、黙り続けていた直人が口を開いた。
「やれやれ。体重なんて、そんな無意味なことで悩んでいる人間がまだいるなんて、笑えるどころか呆れるね」
「無意味って、それ、どういうこと?」
今日は、地雷を持ちまわして遊ぶ日なのか?
微笑を歪めている怜奈の目は、まったく笑ってない。
そんな怜奈に臆することなく、眼鏡を指で押し上げる直人が楽しそうに微笑む。この笑みは、持論展開の予兆だな。
「では、聞かせてもらうが…体重を比べて、一体何の意味がある?」
怜奈が返事をする余裕さえなく、もう微笑の余裕も残さずに目を吊り上げる。その反応に、おおげさにため息をついてから、直人は言葉を続けた。
「分かりにくいようなら、例を変えるか。なあ、大輔。プロポーション抜群な100kgの女と、外見デブで体重30kgの女、どっちがいい?」
「それ、比較する意味あるのか?」
存在しえない空想上の生物を比較しても、意味がない。
「そう、あいつのあの返事が、具体的な答えをしてるだろう?」
俺の返事がなぜか都合のいいように解釈されているようで、直人は得意げに続ける。
「質量を数値化したものに価値なんてない、体重なんてものはいくらあっても関係ないんだ。思い知ったか? 自分の浅はかさ、そして、いかに体重が無意味か、いかにスリーサイズが大切か。体重は外見に表れなければ意味がない、たとえ数トンだろうが美女は美女、賞賛されるべき相手なんだ。体重計に価値はない。それなら、毎日スリーサイズを測るべきだ」
「はぁ…」
議論するのが馬鹿らしくなったのか、怜奈が呆れてため息をつく。
独自の理論を展開させたら、そこで論破完了、あいつは人の反応に耳を傾けない。聞いていて一理あると思ったら、その時点で負ける…というか、引き込まれる。
「で、やっぱり男の目として、女の体型って気になるもんなの?」
この手の話には敏感な璃奈が、話の後を継ぐ。
「ないことはないだろうな」
「やっぱ、王道のぼんきゅっぼんがいい?」
「んー、悪いとは思わないけど、絶対にそれじゃなきゃダメだとは思わないな」
雑誌の表紙になるような体型が、女の魅力の全てだとは思わない。
なんていうか、美術の教科書でも見ているようで、現実味がない。
「じゃあ、きゅっきゅっきゅっがいい?」
「…なんだそれ?」
「胸がぺたっとしてて、腰も細くて、おしりも小さくて、全体的に小さめな女の子」
「ああ、そういう華奢な子は、男と違う女の子らしさが強いから、いいんじゃないか? 舞衣とか散々言われてると思うけど、守ってあげたくなるような気持ちになると思う」
なんだかんだいって、頼りにされたりして、喜んでもらえると嬉しいから、荷物が重くて持てないのを持ってあげて、笑顔で感謝されたりするのは、純粋に嬉しい。
ただ、冷静に考えると褒め言葉じゃない気がして、心配になって舞衣のほうを見る。
「も、もったいないです。あ、ありがとうございます」
声を張り上げた舞衣は顔を真っ赤にしている。私には、もったいないお言葉…とか、そういう感じのことなんだろうな。
「んー、じゃあ、きゅっぼんきゅっは?」
「? お腹だけ出てるのか?」
「具体的にいうと、幼稚園ぐらいの幼児体型…かな」
「それは、いくらなんでも一部の趣味に特化し過ぎだろ」
あれだと、俺にとっては恋愛対象というより愛玩対象だ。
「えっちーおとなしいね? こういうのうるさいと思ったのに」
「俺に理想を語らせたら、そんな曖昧な言葉じゃ終わらないぜ? 数値に訳しきれないほどのレベルもあるんだからな。いいか、まずは黄金比というものが根底にあってだな…」
理解しているか分からないような数式を引用しながら、得意げに直人が語りだす。曲線の一つ一つに宿る意味と、その魅力について熱く語るあいつは、本当に嬉しそうだ。
どっかの分野を極めた教授に近いな、あれは。
「まったく、なんであの熱意を他に応用できないのかしら」
呆れるようにして、怜奈と綾乃がこっちへと避難してくる。
紗希・舞衣・璃奈の低学年組は、直人先生の講義を面白半分で拝聴するようだ。
「で、そんなことよりさ」
直人の熱い語りなんて聞こえないと言わんばかりに、綾乃があっちに背を向ける。
そして、綾乃の視線は、俺じゃなく怜奈のほうに向いた。
「怜奈の好みって、どんなの? 理想高そうだよね、怜奈の場合」
無邪気な笑顔の綾乃に対して、怜奈がツンと表情を硬くする。
「好みなんて、べつにないわ」
「身長高いほうがいいとか、筋肉質のほうがいいとか、頭いいほうがいいとか、優しい方がいいとか、なんにもないの?」
「ないの」
ありがちな例にも何の反応も見せないで、怜奈は首を横に振る。
ちょっと期待してただけに、その反応は俺としても寂しい。
怜奈の反応を気にしたふうでもなく、綾乃がいつもの笑顔で今度は俺に問いかけてくる。
「じゃあ、大輔の好みって、どんなの?」
ちらっと視線を怜奈に向けると、怜奈があわてて視線を逸らす。
怜奈の横顔を見てから綾乃に視線を戻し、頬杖をついて、しばし考えて…。
「怜奈…だな」
結局、その答えしか出てこなかった。
「なっ…」
視線を逸らしてた怜奈が、勢いよく振り返る。
唇がわずかに動かいているけど、声になっていない。
「あれだけばっさり怜奈が言った後なのに、気にしないんだね」
「質問は、俺の好みだけが基準でいいんだろ? 相手の意見とか、恋人どうこうじゃなく」
「もちろん」
「だったら、やっぱり怜奈だな」
俺が断言すると、怜奈がやってられないと言わんばかりにため息をつく。べつに、そういう反応しなくてもいいだろうに。
「他の…たとえば、テレビに出てくるような人とかでは?」
「んー」
またまた、しばし考えて。
「いないな。アイドルとかポスターで笑ってる女の子とかと比べても、怜奈より魅力的に見える人はいない」
「もう、いいから黙りなさいっ!!」
細い指が俺の唇を抑え、無理やり口をふさがれる。怜奈にされるがままになってると、綾乃が呆れたようにため息をついた。
「璃奈ちゃんの言うとおり、ホントに楽しそうね。特に怜奈が」
「た、楽しんでなんかないわよ! これで、何を楽しめっていうのよっ!」
顔を真っ赤にして怒っているけど、俺の口をふさいだままの体勢だとイマイチ迫力がない。
そんな俺たちを、綾乃は頬杖をついて見つめて。
「いいじゃない。それだけじゃれ合っておいて、何をいまさら。男子はおろか、女子にさえ触られたくない怜奈が、自分から触ってる相手なんて、初めて見たよ。大輔がどれだけ特別か、言うまでもないんじゃない?」
「…ッ」
怜奈が、慌てて俺の口から手を離す。
「私は、触られたくないだけ。人に触る分には平気なのっ!」
「でも、ほっぺたまで真っ赤だよ?」
ばっと頬を隠すように、両手が怜奈の顔に添えられる。
「はい、間接キスのできあがりっ」
綾乃が指をぴんと立てて、にこっと笑顔になる。
まるで、魔法でも使ったかのような得意顔だ。
「なっ…」
手をわたわたと動かしてから、指先までぴんと伸ばすことで可決されたらしい。
そんな、ばい菌みたいに自分の口から一番遠ざけなくても…。
「璃奈ちゃんの真似してみたけど…あの子の気持ち、ちょっとだけ分かるかも」
「私をからかうのが、そんなに楽しいってこと?」
「ないしょ。説明しても、怜奈は分からないと思うしね」
「なによそれ?」
怜奈がどんなに目を尖らせても、綾乃は意味ありげな笑みを浮かべるだけで答えない。
「まあ、そんな話はさておいて…」
「大輔は、怜奈のどこに魅力を感じるの? 外見だと」
怜奈に視線を向けると、また露骨に目をそらされて。
それどころか、背を向けるように全部隠されて。
でも、そのおかげで肩のあたりに流れた髪が綺麗に広がる。
「やっぱり、髪だな」
「あー、怜奈の髪って女の私から見てもいいな…って思うもんね」
「ああ、綺麗な髪だと思う」
見てるだけで、あの髪をゆっくりと撫でたいという衝動に突き動かされる。でも、昔っから怜奈のほうが立場は上で、頭を撫でられることはあっても、撫でることはほとんどなかった。
「おにいちゃん、長い髪が好きだもんね」
いつの間にか紗希、舞衣、璃奈も周りに座っている。
遠くで、直人がうまそうに何か飲んでいるところを見ると、満足いく講義ができたみたいだ。
「そうなの?」
「私が、何の根拠もなく髪を伸ばしてると思われるとお思いですか? やれること全部、おにいちゃんの好みにあわせてるんだから」
自分の髪を撫で付けて、紗希が自慢げに笑う。
伸ばしてるところをずっと見てきたけど、紗希の髪もたしかに俺の好みだ。それに、他と違って頭とか髪を撫でるのに遠慮がいらないのも、俺としては嬉しいところだ。
「そうなんだ」
「…で、他に好きなものは?」
「他に…」
考え込もうとした俺のことを、紗希がすぐに止めに入る。
「ダメダメ、そんな質問の選び方じゃ、情報は上手に引き出せないですよ。漠然はダメ。答えるほうが戸惑うだけで効率悪いし、自分の欲しい情報を引き出せないから。よっぽどの語りたがりじゃないなら、聞くほうが気を使ってあげないとね」
指をビッと立てて、紗希がもっともらしいことを言う。
「それって、実体験を元にした話?」
「もちろん、おにいちゃんとの実体験を元にしてます。おにいちゃんの情報を一番正確に把握してるのは私ですから、これは絶対です。だって、毎日のチェックはもちろん、半年に一回は完全解析の徹底把握してるんだから」
「そんなにたくさん聞いてるの?」
「もう、攻略本でいうと解体新書ができるくらい」
そういえば、半年に一回、雑誌の付録やろうよっていわれて、アンケートをやってたけど、もしかして、あれのこと…か?
「質問は常に二択が基本、飽きさせない程度に選択肢を入れ替えて、情報っていうのは拾っていくの。二択も、こういうときはYESかNOより、どっちがより好きかのほうがいいかもね、聞きだしたいのが相手の一番好きなものなら、それで判別できるから」
どこで聞きかじってきたのか気になるような論理展開だけど、いやに説得力がある。今後、参考にさせてもらおう。
「じゃ、質問方法が分かったところで、とっきーに尋問タイムで。 おねえちゃんにも聞こえるように、大きな声でお答えください」
怜奈を横目に、璃奈が意地悪く笑う。
「余計なお世話よ」
「はいはい」
「じゃ、質問その1」
みんなの質問に答えながら、たまに、怜奈のほうへと目を向ける。
そっぽを向いて絶対にこっちを向かないのに、その場から離れない怜奈のことが、嬉しかった。




