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01

改題前は、めるらぶっ! になります。

既読の方は、ご注意くださいー。

『ごめんなさい』


相手に対する謝罪の言葉。

自分の間違いを告げ、相手に詫びるための言葉。

そして、同意できないときの反対意見や、その一段階前。

つまり、『拒絶』の言葉。


『ごめんなさい』


聞こえてないと思われたのか、さっきよりも小さな声で、同じ言葉が突き刺さる。

終わった…のか?

これで、俺の初恋は、終わりなのか?

なんで? どうして? と聞きたかった。

原因を、理由を、教えてほしかった。

そんなことを考えるより前に、泣きたかったし、叫びたかった。

でも、どれもできなかった。

だって、そんな魅力のない人間が振り向いてもらえるわけがない。

振り返ってくれたとしても、それは同情からで愛情じゃない。

俺が欲しいのは、同情じゃない。

だから、思考の停止しかけた頭を無理やり動かして、言葉を探す。

でも、そんな都合のいいものは見つからなくて…気が付いたら、口が動いていた。


『両想いになるために、好きになったんじゃない』

『片思いでも満足なほど、俺はお前が好きなんだ』

『だから、好きなままでいさせてくれますか?』


なぜか敬語になってしまいながら、必死にそれだけを言い切る。

ぼやけた視界の中で、相手の頭が僅かに縦に動いたように見えた。

だから、俺はそれを返事と思い込んで背を向ける。

その場にいるには、もう限界だった。


高校一年の入学式の日の放課後。

卒業式に告白はよく聞く話だけど、なぜ入学式に告白なのか。

だって、卒業式の告白は、もう二度と会えないことを前提にしたもので、それでは幸せになれないと思ったから。



ッダダダダダッダダダダダ



夢をぶち壊してくれたのは、耳障りなノイズ。

「ちょっ…」

声とともに音が消えて、しんと静まり返る。

薄目を開けると、暗いリビングで自己主張するようにどでかい液晶が光っていた。

結局、あいつは徹ゲーか。

開いてあるメニュー画面は、俺が寝落ちする前よりレベルが三つ上なのに、各種ステータスがほとんど変わってない。

終盤を過ぎると、もうレベルとか経験値が意味をなさなくなるな。

冷え切ったフローリングには、あいつのお気に入りのクッションと膝掛けで作られた小さな島。

そこから、途切れ途切れにボタンを連打する音が聞こえる。

あいつの手元で、小さな液晶が光るのがちらりと見えた。

さっきの音は、メールの着信か。

フリースを羽織ったあいつの背中は猫背を超えてホントの猫みたいに丸まって、膝掛けの中に上手に身体を入れてる。

あれ? いつも肩からかけてある毛布は…。

周りを見る前に、自分の上に掛かっている茶色の毛布に気づく。

あいつ、俺にかけてくれたんだ。


「よし…と」

メールの返信が終わったのか、音を立てないように携帯を膝の上に置くと、あいつはいつもの癖で壁掛け時計に振り返る。

「そろそろ…かな」

セーブの後でメニュー画面を閉じずに、紗希がフローリングの床に乗り出す。

床に膝を立てて本体へと近づき、名残惜しそうに電源ボタンを人差し指で押した。

ふっと小さな音を立てて、鮮やかな色彩の液晶が真っ黒に染まる。

音を立てないように俺が寝てる二人掛けのソファまで来ると、ゆっくりと身体を沈めて、毛布の中に潜り込んでくる。

少しもぞもぞと動いた後、いい場所が見つかったのか、ようやく静かになった。

「反転生活はべつにいいし、優しい妹なのは嬉しいが…ちゃんとあったかくしてないと風邪ひくぞ、紗希」

「いいの、おにいちゃんがあっためてくれるから」

返事をするより前に、紗希の華奢な身体が俺に圧し掛かってくる。

ぴったりとくっついた身体は思いのほか冷たくて、小刻みに震えていた。

どうりで、いつもみたいに最初から寄り添ってこないわけだ。

これだけ冷たかったら、すぐに目が覚める。

「ほら、ぎゅってして」

寄り添ってるだけでは満足しないのか、紗希が甘えるように笑う。

首筋のあたりに冷えた頬を当ててから、胸のあたりでごろごろと甘える紗希の身体を、毛布と腕で包み込んでやる。

冷えた身体が少し温まったのか、ほうっと眠そうに息をついた。

「ごめん、さっきので起こしちゃった?」

「気にするな。おかげで助かったよ」

ずっと好きだった幼なじみに告白し、断られてもう一年が過ぎる。

今でもそのときの言葉は耳に残っていて、鮮明に声まで聞こえるぐらいだ。

忘れたいとは思わないが、夢の中に勝手に出てくるのはなんとかしてほしい。

思い出なんて、思い出したいときに、自分で思い出す。

俺は、今でもあのときの俺の勝手な誓いを、忘れたわけじゃないんだから。

「おにいちゃん?」

「なんでもない」

「早く寝ないと、起きる時間になるぞ?」

「そっか、もう…か」

「おかげで、気分のいい二度寝が味わえそうだ」

「うん」

疲れた目を軽くこすった後に、紗希がくてっと全身の力を抜いて目を閉じる。

長く柔らかい髪を撫でてやると、ひなたぼっこのネコみたいに満足そうな笑顔になる。

数分ごとに意識を飛ばしながら、ソファの上で毛布にずっと包まっていた。



予定の時間より五分前、紗希を起こさないようにソファから起き上がる。

俺がいなくなって寒いのか、紗希は毛布に包まって丸くなった。

毛布の隙間からは、気持ち良さそうな顔でくーくーと寝息を立てている。

体が冷えてて、しかも、徹夜明け…か。

なら、スープみたいに身体の暖まるもののほうが、良さそうだな。

寝室から取り出してきた毛布を紗希にかけて、俺は台所へと向かった。



「起きれるか?」

毛布ごしの肩に手を置いて、軽くゆすってやる。

「んー」

甘えるような声で、俺の揺さぶっている手に紗希の手が重なる。

動かす手を止めると、ほっぺたを手の甲にあてるようにして、また寝息を立て始めた。

「朝飯の用意、できたぞ」

ほっぺたを指の腹で、ぷにぷに押す。

それがくすぐったいのか、毛布に隠れるように顔をうずめた。

「おにいちゃんのネクタイとってきといてよ。そしたら…起きるからさ」

むにゃむにゃとはっきりしない寝ぼけた声。

それにしても、今日が何の日かも忘れるくらい寝ぼけてるな。

「今日は合宿だから、ネクタイいらないだろ?」

「…ぅん?」

毛布に包まったままの紗希をソファに座らせて、ヨーグルトを入れた皿を目の前に置く。

しばらくぼーっとしていた紗希は、ようやく寝ぼけ顔のままでスプーンをはむっとくわえた。

「起きたか?」

「うーん、まだー」

ヨーグルトを手にしたままで、紗希がソファに倒れこむ。

さっきまで起きてただけあって、かなりの重症だな。

「やっぱり、おにいちゃんのネクタイ持ってきてよ。儀式しないと眠いまんまなんだもん」

「この一年で、寝ぼけてもできるぐらいになっただろ」

「気分の問題なの」

気分というよりは、あとちょっとの時間稼ぎにしか見えないけど。

「あれは、おにいちゃんとの日課で、私の起動スイッチなんだから」

そう言われると断る理由も見つからなくて、しょうがないからネクタイを取りに自室へと向かう。

最初は、俺でネクタイの練習して、ついでに目を覚ますとか言っていた。

だけど、この物覚えのいい妹は、一週間足らずで寝ぼけながらやってのけるようになった。

ま、そんなになっても今までやってくれてるのは、紗希の優しさなんだろうけど。

眠気が取れないからやらない…と言われなかったのは、ちょっと嬉しかったりする。


「ほら」

「んー」

小さくふるふると顔を振り、目を軽くこすってから制服付属のネクタイを受け取る。

しゃがみこんだ俺の首に手を回すと、数秒もせずに、綺麗な形のネクタイがぶらさがった。

「起きたか?」

「うん、もう大丈夫」

ちょっと無理が見えるけど、いつものように楽しそうに笑って、紗希がヨーグルトを食べ始める。

『私にとっての起動スイッチだから』は、冗談じゃなくて、紗希にとっての特別な暗示があるのかもしれないな。

「ふぅ…」

今の服に似合わないネクタイを外して、俺も紗希の隣に座る。まだ寒いのか、すぐに俺のほうへと紗希が身体を寄せてきた。

「んー、やっぱり冬のほうがいいね。寝るときに暗いほうが、得した気分だもん」

まだ暗い窓の外を見ながら、紗希がしみじみとそんなことをつぶやく。冬には何度となく聞く、定番の台詞だ。

「遊ぶのはいいけど、身体壊すなよ?」

「てきとーに休んでるから、だいじょうぶ」

 さっきまでの疲れた顔や眠そうな顔が嘘のように、紗希が笑顔を弾けさせる。

こんなにいい笑顔をされるから、夜更かしも止めるに止められない。

「だって、合宿のために早起き、早起きするぐらいなら徹ゲー、当然の流れでしょ?」

始発にあわせるなら、寝るより起きてたほうが楽。

言う人は多いけど、俺は一時間でも寝たほうがマシな派閥だから、その気持ちは分からない。

「さすがに、土日で合宿は無理があったかもな」

「でも、土日も遊ばないともったいないよ」

本当は冬休みに行く予定だったが、全員の都合があわなくてあえなくキャンセル。

しょうがないから、各自でまったりと休みは遊び倒したのに、部費の確保とさらなる拡大のために、土日で合宿という強行軍が可決された。

ま、合宿といっても旅行で、運動系の部みたいに何かをやり遂げるわけじゃないから、その分だけマシか。

「あんまり無茶して学校でへたばってると、またいらない通報が入るからな」

徹ゲー、授業中に回復、徹ゲーをループして蓄積した先生のお怒りは、両親ともに仕事で毎晩不在のおかげで俺までに止めた。

基本が放任のあの両親は、授業に対してよりも娘の体調を心配して本気で叫びそうだからな。

「ね、おにいちゃんのヨーグルト、今日は何味?」

都合の悪いことには返事しないで、無理やり話題を変えてくる。たしかに、こんなときにお説教を長々してもしょうがないな。

「おまえのをブルーベリーにしたから、俺のはリンゴだ」

「一口ちょーだい?」

あーんと可愛らしく開いた口に、スプーンに載せたヨーグルトを運ぶ。

紗希はご満悦で、お返しに俺にも一口くれる。

二人だけでも、にぎやかな朝食。

四人揃ってればもっとにぎやかなのかもしれないが、両親の仕事上ありえない。

目が覚めて朝飯が出来ていたことも、帰ってきて晩飯が出来ていたことも、ほとんどない。

「どしたの?」

スープの入った熱いマグカップを両手で持って、紗希が首を傾げる。

「なんでもない」

「いつも迷惑かけてごめんな、紗希…っていう心の声が聞こえたよ?」

「おにいちゃんが、『いつも迷惑をかけてすまないな』なら…『それは、言わない約束だよ、おにいちゃん』でいいかな?」

ほうっておけば、いつまでも横にいて、ずっと話してくれる妹。

ころころと話と表情を変えてくれるおかげで、本当に寂しさと退屈からは無縁だ。

「異能力者にしては、ちょっと精度が足りないな。紗希に言うなら、『ごめんなさい』より『ありがとう』だ」

「私からもね…ありがとう、おにいちゃん」

満面の笑みを咲かせ、美味しそうにマグカップに口をつける。

この笑顔が見られるから、朝飯を作るぐらいの手間は惜しくない。

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