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SCHUTZENGEL ~守護天使~  作者: 河野 る宇
◆第一章~虚空の景色
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*歩み寄り

 勇介は若干の警戒をしつつ男を見やる。もしエルミの想い人ならばライバルになるわけだ。勇介の思惑など知らずにデイトリアはカップを傾けている。

 まずは俺から牽制するかなとやや睨みを利かせた。

「えと、なんて呼べばいい?」

 わざとらしい笑顔だな。と思いながら発した。

「ん、デイでかまわんよ」

 返ってきた言葉に勇介は少しの違和感を覚える。なんていえばいいのか、偉そうとは違う。そう、ジジ臭い。

「夕飯まだなんだけど、いるかい?」

「そうだな、私が何か作ろう」

「えっ、作れるの?」

「これでも一人暮らしは長いのでね」

 そう言ってキッチンに足を向ける。冷蔵庫の中と調味料などをひと通り確認し小さく唸った。

「ビーフシチューにでもするか」

 そうして始まった男同士の料理に勇介は少しの虚しさを覚える。これがエルミだったら良かったのにと心底、思わずにはいられない。

 ビーフシチューとサラダにスープ──これまた男同士で囲む食卓に眉を寄せた。デイの手際は良く、包丁を持つ手も慣れたものだったが、これがエルミだったらなぁとやっぱり思わずにはいられない。

「……美味い」

 なんと、これが絶品のうまさだった。

「それはよかった」

「エルミも料理はうまいの?」

 つい親しく話してしまった。料理の効果というのはすごいものだ。

「エルミか」

 その問いかけにデイトリアは少し苦い顔をしたあと、とても複雑な表情を浮かべた。

「彼女は人として生活した事がなくてね。一度だけ作ってみたというやつを食べてみたのだが、どうにも感想しづらくてな」

「へ、へええ~」

 よほどの味なんだろうか、初めて解りやすい表情を見せた気がした。

 エルミの料理……食べてみたいような、食べたくないような。勇介も複雑な表情をした。



 食べ終わると、デイトリアが食器を洗ってくれると言うので勇介はそれに甘えてリビングでテレビを見ていた。

 しばらくして二人分のコーヒーを手にしたデイトリアがリビングに戻ってくる。

「ありがとう」

 勇介は素直にカップを受け取った。

 色々としてもらった手前、なんだか申し訳ない気さえした。

「正直に答えてもらいたいのだが、ルーインに会ったそうだな。奴の誘惑に少しでも揺らがなかったか」

「それは──」

 静かに問いかけられた勇介の手は必死にその震えを抑えた。向けられる赤い瞳は全てを見透かしているようで、なんとも居心地が悪った。

「そんなこと、ある訳ないだろ」

 視線を外して応える。

 本当は、あいつの言葉に酷く動揺して引き込まれそうになっていた。初めから手に入らないものが得られるとなれば、強烈に心を突き刺すに決まっている。

「そうか」

 デイトリアは問い詰める事もなく、それきり黙り込んだ。



 居心地の悪いまま眠りについた次の朝、

「おはよう」

「おはよう──ってまさか、ずっといたの?」

「そうだが」

「ここに住むとかじゃないよね?」 

 問いかけに彼はキョトンと小首をかしげた。

「私は人として生活しているのだから、私に頼むのなら同居という形になるが構わないのかとエルミには尋ねたが」

 それで構わないと返答されたと、しれっと答えた。

「ええっ!? いま初めて聞いたよ!」

 なんてことをエルミ! 勇介は絶句した。

「昨日はどこで寝たんだ!?」

「そこのソファーで」

「言ってくれれば布団出したのに」

「どこにでも寝られるのでね」

 勇介の戸惑いをよそにデイトリアは朝食の準備を進める。

 トーストにハムエッグ、コンソメスープは見た目にもかなり美味しそうだ。

 勇介は、いつ優秀な家政婦を──もとい、家政夫を雇ったんだと思うくらいデイトリアは昨日から完璧にこなしていた。

 同じ独り身のはずなのに、なんだろうこの差は。考えたって仕方がない、エルミがそう言ったんだ従うさ。

「食費は払うので心配はない」

 出勤の準備を済ませた勇介がリビングに戻ると、片付けながらデイトリアが発した。

「払うってどうやって? まさか泥棒とかするんじゃないだろうな」

「何故そうなる……。仕事くらいしている」

 素っ頓狂な声で返した勇介にデイトリアは眉間にしわを刻み、当惑した表情を浮かべた。

「ああ、そうなんだ。なんの仕事してるの?」

 そういえば、人として生活してるって言っていたなと思い出す。

「翻訳だよ」

「え、映画とかの?」

「いいや、主に書物をな。しばらくは元のマンションと行き来する事になるが、今の仕事が片付けば辞めるつもりではある」

「そうなんだ。あ、そうだ。ひと部屋空いてるから、そこをデイの部屋にしていいよ」

「すまんな」

 それから勇介は出勤まで時間があるのでノートパソコンをいじっているデイトリアを眺めながら紅茶を傾ける。

 翻訳の仕事なのだろうか時折、思案するように動きを止めて数秒ほどしてキーを打つ動作を繰り返していた。

 翻訳を仕事にしているという事は、数カ国の言葉を理解しているという事なんだろうな。それだけでも凄いと思うのに、それを仕事にしているなんてと感心する。

「どれくらいの言葉を話せるの?」

「地球の言語はほぼ解している」

 勇介に視線を向けずに答える。

「はあっ!?」

 予想もしなかった返しに声が裏返った。エルミの想い人と決まった訳でもないのに妙な敗北感を覚える。

 人間じゃないのだから、もしかするとそれくらいは普通なのかもとは考えるが、どうにも力が抜けていく。

「そろそろ出なくて良いのか」

 ソファに背中を預けて動かなくなった勇介にデイトリアは怪訝な表情を浮かべる。

「行く気なくした。今日は休む」

 言い放ち、ネクタイを緩めた。

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