*交える剣
どちらも一歩も引かず、交わす剣からは火花が散る。力強い魔王の剣をデイトリアは流れるように受け止めるがしかし、地面から伝わる衝撃でそのやり取りの激しさは充分に語られていた。
大きく振り回す魔王とは異なり、剣を自在に持ち替えるデイトリアの動きは予測がつけにくく、時には爪を使った攻撃を仕掛ける。
そんなしなやかな動きに、そこにいる者は見とれてさえいた。
相手が大振りであるのだから細かな動きのデイトリアなら攻撃は当たるだろうという考えは甘く、気流をまとっている魔王にダメージを与えるには至っていない。
豪快な剣を受け止めるデイトリアの剣はビリビリと腕にその衝撃を伝えた。
「デイ、それは本気か?」
表情を変えず応えない瞳に片目を眇める。こちらが力を強めればデイトリアも同じだけの力を増してくる、まだ余裕がありそうな態度に勇介はやや苛ついた。
難なく攻撃を受け止め、交わすデイトリアを見下ろす。
「人間は愚かだな。なのに大きな力を持っている。その力は神にさえ近づこうとしている。そんな力があるのに、どうして殺し合う。人間は悪しき存在なのか。君には、その答えが解っているんだろう?」
その問いかけにデイトリアは一旦、剣を下げて距離を置く。
「おまえはその答えが知りたいのか」
「できれば」
「私に言える事は何もない。私が決める事でも、これから決まるものでもない。生きていく中で自然に成り立つ事柄だ。続いていく生命の輪の中で、答えは永遠に出る事はないだろう。その時々で存在意義が変わる」
答えは、滅びたのちの流れでしか計り得ない。
「成長して心が変わるように──か? では何故、人間だけがそう成り得る。他の生物にはそれが無い。なのに何故、人間だけが善悪を付けられない存在なんだ」
「その感情は豊かだが、未だ人類は成熟しきってはいない」
善悪は人が判断しうるものだ。それが全てのものに当てはまるものでもなければ、人の尺で判断して良いものでもない。
善悪の境界は常に揺らぎ、各々でさえ異なるものをいかに断定できようか。
「そんな理由では俺は納得できない」
この先に人間が何を破壊し、滅ぼすのか。君には解っているんだろう。
再び剣を構え、交える金属音が空に響いた。
──それは大理石だろうか、白く冷たい石造りの廊下に靴音が響く。神殿を思わせる大きな建造物には人の気配がまるでなく、その人物の歩く音だけが長く響き渡る。
影はふいに立ち止まり、艶のある白い布を手荒に払うと部屋に滑り込む。
「こんな所まで何の用だ」
男はぶっきらぼうに発して赤いソファに腰掛けるエルミを軽く睨みつけた。
ここは闇の世界と呼ばれる空間──空は時折、美しく色を変え星々のまたたきは雲のごとく、草木一本生えていない荒涼とした荒れ地には、数多くの神殿が建ち並んでいる。特別な神族の善神である闇の神とその使者たちが住む世界だ。
エルミは男の顔を見て喜んだが、すぐに表情を曇らせ顔を伏せた。
「私は以前、あなた会いたさに魔王を殺してくれと頼んだことがあったわね」
「あん? ああ、あのことか。それがどうした」
「どうしてあのとき、私の言葉に従ってくれたの?」
愁いを帯びた瞳を見上げ、男はそれにやや険しい表情を浮かべた。
稟とした顔立ちは二十代後半か三十代に入ったばかりにも思える。しかし、正確な年齢までは解らない。
腰よりもやや長い黒髪に青い瞳、百九十センチほどの身長に正装をした男の耳は尖っていた。人種すらも把握出来ず、人とは異なる強く不可思議な存在感をまとっていた。
「それを聞いてどうするつもりだ」
「あなたと出会ったのは偶然だけれど、私に芽生えた感情は真実よ。あなたにはそんな感情は無いかもしれない。けれど、私は苦しいほどにあなたを愛している」
あなた以外の者に想われてたところで、なんの意味も無い。
「何が言いたい」
男は若干、苛つき気味に壁にもたれかかる。神殿の入り口には二本の剣が交わる紋章が刻まれており、男の住む建物ではあるがここにいる事はほとんどない。
「それがこんな結果になるなんて、私はどうすれば──」
「俺が知るか」
手で顔を覆うエルミに冷たく発し、彼女の向かいのソファに腰掛けた。冷ややかな言葉を吐きかけながら、そのまま立ち去らない所が彼らしい優しさだ。
「闇の王アレキサンダー。あなたの上位にあたるデイトリアに私は──」
「奴のことは放っておけ、どうせ気にしとらん。でなきゃ人間界なんぞで暮らせるか」
鼻を鳴らして言い放つアレキサンダーにエルミは苦く笑みを浮かべた。
「あなたには絶対神を守る側近としての役割があって、彼の役割は人間界にあるのですもの」
「それもそうか、奴がここにいては意味が無いな」
思い出したように肩をすくめる。彼は主人以外にはいささか言葉遣いが荒い。
「一介の魔物でしかなかった私があなたの加護を受けた。これほど名誉な事は無いわ、でも……」
声を詰まらせ体を震わせているエルミに半ば呆れたように溜息を吐き出す。
「一体何があった、話してみろ」
厄介ごとには出来る限り関わりたくない性分だが仕方がない。
「私──っ」
話を促したアレキサンダーにエルミは堰を切ったように口を開いた。





