*対峙する力
久住は、押し寄せる波のように群を成し大地を覆っている魔物を眺めた。
「大丈夫ですか」
「キャステルこそ」
一時間ほどまえのこと、地球の大気が大きく揺れた。
各地の空に幾つもの黒い円が出現し、そこから魔物たちが一斉に攻めて来た。予想はしていたものの、空を覆う程の魔物を見て恐怖しない者などいない。
霊術士たちは生き残りの人々を集めて一人でも多く犠牲を出さないため、力を集結し魔物たちに対抗した。
「勝てる見込みは無いかもしれない。しかし勝てないという確証も無い。心を強く持て、今こそ陽の下でその力を発揮しようではないか。国境を越えた先を私は見たい」
キャステルは静かにしかし広くそれを伝え、士気を高めよと促した。世界を裏から支えていた我らが、今こそ堂々とこの世界を守るのだと胸を張れ。
その誇りを忘れるな。ようやく一つとなった人類の未来が見たい──それは、全ての者に勇気を与える言葉になる。
そして霊術士たちは人間たちの心から恐怖を取り除くために、それを高らかに叫ぶのだ。
人類のリーダーであるキャステルの元には当然のように強い魔物たちが向かってくる。彼を中心に前衛が接近戦を行い、その後ろに間接攻撃を得意とする霊術士が構え、シールド能力のある者は同調して広範囲のシールドを張る。
そのシールドを抜けてくる魔物を久住たちが倒すという連携作業は、今のところ成功しているようだ。
キャステルの能力は魔の力を封じるもので、それは通常の封印とは違いかなり広範囲に影響を与える。彼の射程範囲に入った魔物は、ことごとく力を封じられた。
その魔物を周りの霊術士たちが倒していくという流れになっている。
「キリがねえな」
久住は荒い息を整えながら流れる汗を拭う。同じくキャステルも疲れた様子で息を吐き出し、久住を一瞥し無言で頷く。そして、それでも負けられないと目を吊り上げた。
そんな、果てしなく続くかと思われた戦いに終止符を打つように現れたのは、張りつめた空気をまとい、重たい気を漂わせて甲冑に身を包んだ黒い影──魔物や魔族とは明らかに異なる存在感を漂わせ霊術士たちを睨みつける。
ただそれだけで筋肉が萎縮したように指の一本も動かせなくなった。
「立木勇介。否、魔王ガデス」
「キャステル、終わりの時が来た。大人しく地上を明け渡せ」
「まだ終わりではありません」
「おまえの統率力には感服した。だが貴様の力では私とは戦えない。それはよく判っているはずだ。まさか、この期に及んで取り巻きに頼るつもりじゃないだろうな」
霊術士たちは悔しいながらも、天と地ほどの力の差を噛みしめていた。何の力もなかった人間が、魔王の資質を身につけていたというだけで全てを凌駕する存在となる。
その恐ろしさをいま、痛いほど実感した。
「まさか忘れている訳ではないでしょう? あなたと戦う相手は私ではない」
「奴が来ると思っているのか? おまえたちで拒絶しておいて勝手な話だ」
魔王の言葉に霊術士たちは沈黙した。
自分たちが愚かなのは解っている。あの状況では仕方がなかったとはいえ、仲間だと言う事が出来なかった。結果的に彼を敵という位置づけにしてしまった。
その優しさに甘え、必ず助けに来てくれると願っている自分たちをあざ笑いながらも、やはり期待している。
「勝手なのはわかっています。それでも、彼は必ずここに来ます」
「生憎とそれを待ってやるほど私はお人好しではない。貴様が死ねば全ては終わりだ。あの男は力はあっても上に立つ気は無い」
「そうですね、彼はきっと私の代わりにはなってくれないでしょう」
魔王の腕の一振りで、どれ程の仲間が倒れるだろうか。悔しいが、魔王に太刀打ち出来る者はこのなかにはいない。
「久住!? よしなさい。メイシャ、トーレス!」
キャステルは、自分の盾になろうとする霊術士たちに声を荒げる。それでも久住たちはそこから退こうとはしなかった。
「あんたがいなくなったら人間はおしまいなんだ」
「俺たちの犠牲なんか気にしてる場合じゃないだろ」
「いけません!」
そんなやり取りを薄笑いで見やる魔王の背後に、ふいに静かな気の流れが現れた。
「勇介」
聞き慣れた声に魔王の口元が微かに笑みを浮かべる。霊術士たちの顔にも安堵の表情がこぼれた。
振り返る魔王の瞳に、相変わらず上品な物腰で歩み寄るデイトリアの姿が映った。キャステルの顔が待ちわびた友を見るように緩む。
「デイトリアス」
信じてはいたが、それはこちらの勝手な都合だ。例え来なかったとしても、それを責められる者は誰一人としていない。
安堵しながらも、自分たちのしたことに素直に喜ぶ事が出来ない。そんな感情を察してか、デイトリアは何も言わずキャステルの前に立つ。
「下がれ」
キャステルはそれに指示を下すと、霊術士たちは一斉に魔王とデイトリアから距離を置いた。
「すみません。我々はあなたに頼るしか」
「謝る必要はない。こちらにも責任はある」
「デイ!」
「無事でいたか」
思わず抱きしめた久住に冷静な言葉をかける。
「私は責任を果たさなければならない」
魔王を見やりつぶやいたデイトリアに久住は眉を寄せた。
「あいつが魔王になったのは何もデイだけの責任じゃ──」
「それでもだ」
デイトリアとガデスは無言で向かい合う。
「のんびりしていたじゃないか」
肩をすくめる男にデイトリアはさして反応を見せず、黒い甲冑を一瞥した。不思議な金属音を奏でる甲冑は、見たところ人間が知っているそれとは異なる質感をしている。
「まだ真意は明かしてはくれないのか」
「言ったはずだ、人間など見限ったと。今からでも遅くはない、わたしにつけ」
笑みを浮かべ右手を差し出す。デイトリアはその手をしばらく見下ろし、そして魔王に目を移した。
「私がおまえの手を取る事を本当は望んではいまい」
「言っている意味がわからんな」
低く応え、足と胸の甲冑を外した。
「鎧は重くてかなわん。おまえと戦うのには少し軽くしないとな」
不適に口角を吊り上げて腰に携えられた剣を見せつけるように手にした。
デイトリアはそれを見やり、肩まで持ち上げたその右手に剣を出現させる。青白い魔王の剣はデイトリアを映し、薄赤い剣を持つデイトリアの瞳はただ静かにガデスを捉えていた。
「勇介」
お前の真意を現実にするためには倒さねばならん。だが、本当にそれでいいのか。
「デイトリア」
俺を倒せ、デイ……。俺は本気で闘う。手加減すれば死ぬのは君だ。今更、後悔はない。
──生ぬるい風が微かな音を立てた刹那、互いの剣がぶつかり合い、金属のこすれる音が闘いの開始を告げた。





