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SCHUTZENGEL ~守護天使~  作者: 河野 る宇
◆第七章~魔王と人間
33/37

*絶大なる隔たり

 ──静かに瞑想をしていたキャステルの元に魔王の幻影が現れる。威圧的な影に臆することもなく瞼を上げ、それをしっかりと見据えた。

「お初にお目にかかるな、魔界の王よ」

<おまえが人間界のリーダーと見たが、相違ないか>

「さあ、どうでしょうね。全ての情報が私の下に寄せられてはいますが」

 キャステルの物言いに鼻で笑う。

<食えない奴だな、まあいい。そろそろ総攻撃をしかけさせてもらう>

「あなた自ら出撃なさいますか。デイトリアスは諦めたのですか?」

 その言葉に魔王の眉がやや反応を見せた。

<人間界が落ちれば我が元に来ざるを得ない>

「彼は一人でも戦いますよ。それはあなたが一番よく知っているのでは?」

 感情を探るようにゆっくりと紡いだ。魔王は無表情に男を見つめているが、その瞳の奥底に少しの怒りが見て取れた。

 それは煽られたことよりも、キャステルがデイトリアのことをよく知るように発したからだろう。

<感情を持つ者は成長し、変化するものだ。この私のように>

「そうでしょうか。彼はすでにそこに行き着いた者かも知れませんよ」

 互いに視線を合わせ、しばらく沈黙が続いた。魔王は短く溜息を吐き出すと、落ち着いている男をじとりと見下ろす。

<自問自答している気分だ。終わらない会話は虚しい>

「そうですね、あなたの意向はわかりました。我々も準備をします」

 目を伏せたあと、消えかけている幻影に再び視線を向ける。

「今の会話が自問自答だと思ったのなら、まだあなたの心は──」

 魔王の幻影はそれには応えず、キャステルを一瞥すると速やかにかき消えた。



 ──人間界は決戦に備え、動きを慌ただしくする。人類は、皆が結びつかなくては勝利はあり得ないと本能的にそれを感じていた。

 そんな中でも、デイトリアスの活躍がにわかに広がりを見せていた。キャステルの元には正確な情報が伝わっているものの人々の耳には色んな尾ひれが付けられ、すでにどんな人物なのか想像がつかなくなっている。

「デイが神様だってさ」

 寄せられる情報に久住が苦笑いを浮かべると、キャステルもそれに笑みで返した。

 突然、人々の前に現れ魔物をことごとく蹴散らし何も言わずに去っていく。あらゆる動きが美しく、それに神聖な印象を受けてもおかしくはない。

「仕方ありません。すがれるものが欲しいのでしょう」

 今の人間界に絶望し、新しい宗教を興して彼を神格化している集団がいくつか出来ていた。終わりのない不安と恐怖に、いくばくかの希望を見い出すそうとする──それがデイトリアスという存在に向けられている。

「こっちは逆だな」

 テーブルに置かれた書類を手にして久住は眉を寄せる。

「何かを傷つけて行進することこそが、人である証を捨てているのだと気がつかない」

 キャステルは憂いに深い溜息をこぼす。

 彼を魔物の仲間だと騒ぎ立て、討伐しようと呼びかける暴動が各地で起きていた。確固たる敵を作ることによっても、抱く不安や恐怖は軽減される。

 しかし、どちらにも立ち向かう力は存在しないし生まれる事もない。示されない道の先に、伸ばした腕は虚しく暗闇をかく。

もちろん、能力ちからを持つ者たちはそうではない事を知っているため、その集団を煽ることも扇動することも、参加することもない。

 そのため、集団はただのデモにしかならず、魔物を引き寄せるという皮肉な結果にもなっていた。

 能力者の数は能力をもたない者に比べれば格段に少なく、この現状ではとても全てを護りきれはしない。

「はあ……。いい加減にしてほしいね」

「誰も責めることは出来ません。天災や人災などとは比べようもない状況なのですから」

 溜息混じりにつぶやいた久住に静かに発したキャステルの言葉は、いずこかにも届くこと無くその振動を終わらせた。



 ──デイトリアは高い岩山の出っ張りから壮大な森林を眺めていた。肌寒い風が彼の髪をゆるやかになびかせる。

 この世界を支配するにあたり、邪魔な人類を排除する目的である魔物にとって、自然というものにはさしたる興味はないのだろう。

「勇介が出るのか」

 最後まで分かり合えなかったな。ぼそりとつぶやき、岩肌を覆い尽くす雪を見つめて眉を寄せる。

 魔王は以前に渡したペンダントで総攻撃の旨をデイトリアに伝えてきた。

 それでも従う事は出来ないとかつての青年にそう返すと、その声は少し憂いを帯びていたようにも感じられたがそのまま気配は消えてしまった。

 背後にそびえ立つ山々は緑を見下ろして悠然とそこに有り、雪の白さはデイトリアの姿を鮮明に浮き立たせる。

「ぬ……」

 上方で地鳴りが聞こえ振り返ると、轟音と共に雪崩が押し寄せて来るのが見えた。周囲の雪をさらに巻き込み、凄まじい威力で迫ってくる。

 デイトリアは目を細め無表情にそれを見つめていた。

 白い怪物が全てを飲み込むように岩肌を這いずり、満足すると再び静寂が辺りを支配する。

「なんだ、以外と弱いじゃないか」

「油断しないで、ギル」

 魔将の二人は雪崩の跡を見回し、動くものが無いか確認する。わずかに生えていた木々もことごとくなぎ倒され、マリレーヌとギル以外動くものはないようにも思われた。

「二人がかりかね?」

 背後からの声に、ギルは舌打ちしながら振り返る。

「なんだ、飛べるのかよ。何でも有りだなおまえ」

「そうでも無いんだがね」

 妙な否定の仕方が、さらにギルの怒りを買ったようだ。口角を吊り上げてデイトリアを鋭く睨みつけた。

「おまえを飼うのはやめだ。殺す!」

「だめよギル! 挑発に乗っては──!」

 ギルの耳には女の声は届かず、現した剣をデイトリアめがけて振り回した。デイトリアはそれを紙一重で避けていく。

「ファリスはどうした、気配がないな。喧嘩でもしたか」

 それは全てを悟った物言いだ。弁解も言い訳もする気は無いが、見透かされている事が否応もなく腹立たしかった。

 ギルは心の奥底で感じていたのかもしれない。

 デイトリアには手を出すな。それは勝ち目の無い戦いだ。と──人ではない者が持つ感覚がその危険を伝えていたが、ギルはそれを認めたくなかった。

 狂ったように攻撃を仕掛け、その剣に少しずつデイトリアの血がにじむ。ギルは徐々に傷ついていくデイトリアを満足げに見やり立ち止まった。

「クク」

 喉の奥から絞り出すように笑みをこぼし、己が優勢である事を誇示するために剣に付いた血を舐め取る。

 そのとき、マリレーヌはデイトリアの表情に眉を寄せた。

「──?」

 笑った。何故? あれだけ傷を負いながら、どうして笑ったの?

「グアゥッ!?」

「ギル!?」

 悲痛な叫びに振り向くとギルが毒でも飲んだように首を押さえ、手放した剣は重力に従い軽い音を立てて雪に沈んだ。

「ギル!」

 驚いて近づく女よりも早くギルは岩山へと落ちていく。

「おあぁぁっ! がふっ、げぇっ」

 ギルは雪の上をのたうち回り、声にならない叫びを上げる。魔物に人間の毒は効かない、ギルが攻撃を受け傷ついた様子もなかった。

「どういうこと? なんなのよこれは!?」

 異様なまでの苦しみにマリレーヌは恐怖を覚えた。

「あなた、何をしたの?」

「私の血は極度に凝縮されたエネルギーだ。人ではない者がわずかでも口にすればそうなる」

「なんですって?」

 無表情に語られた言葉にマリレーヌは目を見開く。

 未だ苦しみに悶える少年の体が徐々に膨らみ始めた。血管から血が噴き出し、痙攣が止まらない。

「己の許容を超えたエネルギーを取り込めば、受けきれないエネルギーで体が膨れあがる」

 そうして最後には──

「きゃあっ!?」

 爆発音と共に風船が割れるように真っ黒な塊が破裂した。飛び散った黒いモノが雪の中に染みこみ、じわりと消えていく。

 マリレーヌは目の前で起こった出来事に愕然として体を震わせた。

「うそよ……。ほんの少し舐めただけでギルの許容量を超えるですって? あり得ないわ。私たちは四魔将なのよ。あなた、なんなの──?」

 デイトリアはその問いかけには答えずに、ただ冷たく赤い瞳をマリレーヌに向ける。

 温もりの無い宝石そのままに無表情な彼の視線は、魔物である女にさえも絶望を与えていた。

「裁きの時が来た」

 すらりと伸びた形の良い右腕をしなやかに肩まで上げ、ささやくように紡いだ。この時になって、彼女はようやくデイトリアが何者なのかをはっきりと理解した。

 塵に還れ──よく通る声が耳をくすぐる。女は恐怖を顔に貼り付けて、なすすべもなく灰のように崩れて風に散っていった。

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