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SCHUTZENGEL ~守護天使~  作者: 河野 る宇
◆第七章~魔王と人間
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*裏切りの血

「やはり失敗したか。四魔将といえどデイには敵わない」

 目を眇めて立木勇介ガデスはつぶやいた。そして静かにそれを見つめている側近のルーインを一瞥する。

「俺は愚かだと思うか」

「いいや」

 無表情に応えたルーインに薄い笑みを浮かべた。そうして、眼前に広がる玉差の間を見渡す。

 薄暗い空間だが、数百という数の魔物が集められるだけの広さがあり、施されている装飾などは豪華で高級感を漂わせている。

 魔王はゆっくりと瞼を閉じ、思考を巡らせた。

「君は他の魔物たちとどこか違う」

 ゆうるりと紡がれた言葉にルーインは魔王を一瞥し宙を見つめる。側近であるルーインは代々の魔王に仕えてきた。

 魔物たちが、いつから人間界をほしがるようになったのか定かではない。ルーインが側近を務める頃にはそれは魔物たちの悲願となっていた。

 そうしたなかで、長らく人間を見続けてきた魔王の側近はその心中にふと抱かせていた。

「オレはずっと疑問に思っていた。何故人間はこうも強いのだろうと」

 ひ弱で臆病な存在にもかかわらず、未だに人間界は我々の手に落ちない。幾度となくチャンスはあったはずだ。なのに、それらはことごとく人間に味方する。

「それで人間について勉強を?」

「こうも勝てないのでは、勝てない理由があるはずだと」

 振り上げた爪のひとかきで死ぬような人間がどうして我らに対抗出来るのか。その結論を導くには、魔物と人間ではあまりにも概念が違いすぎるのかもしれない。

「そうか」

 勇介は口元を緩ませて再び瞼を閉じる。

「それが君と他の魔物たちとの違いか」

 目を開き、ぼんやりと天井を見つめた。

「ありがとう、君が側近でよかった」

 口の中でつぶやくと立ち上がり、大きく手を振った。

「出るぞ! 準備しろ」



 ──デイトリアを捕らえ損ねた失敗から戻ってきたファリスにギルは睨みを利かせた。

「どうする気? こんな失態のまま魔王の前に会いに行けないよ」

「ギル……。こうなればまとまって奴と戦うしかない。各々でやりあっても勝てな──」

 ファリスは思いもしない痛みに言葉を切り、目の前のギルとそこから伸びる腕を見やった。

「ガっ!? ──ア、っ何故」

「うん、確かにあいつと戦うには、まとまらないといけないね」

 深々と突き刺した腕をファリスから引き抜き、どす黒い血に染まった腕を見ながら無表情に言い放つ。マリレーヌは冷ややかにその光景を見つめていた。

「僕とマリレーヌでやるよ。君はちょっと口うるさくて前から気に入らなかった」

「ば、ばかな。こんな時に魔物の本性を出してどうする。貴様は間違って──」

 ファリスは言い終えることなく赤い絨毯の敷かれた床に崩れ落ち、目を見開いたまま事切れた。マリレーヌはかつての仲間だった魔物の死体をガラスのような目で見下ろす。

「行くぞ」

 何事もなかったように発した少年の背中を追い、一度だけファリスの死体に振り返った。

「あなたは人間について知りすぎたのよ。もしかしたら、人間に近くなっていたのかもしれないわね」

 だから、ギルの動きにも対応出来なかった。あなた、面白かったけれどさよなら──靴音だけがファリスの死を惜しむように冷たい廊下に響いた。



 ──キャステルは荒廃した街を見渡す。

「皮肉なものだ」

「え?」

 隣にいた久住は彼のつぶやきを聞き返し、伏せた視線に返事を待った。

「人間はようやく、初めて一つとなったのだ。影の世界があることを隠していた我々が愚かだったのだろうかと思わずにはいられない」

 恐怖をかき立てる世界がある事を知らずにいる事は、力なき者たちを守るものだと信じていた。しかし、その恐怖が存在する事は人類を一つにまとめるものだったのかもしれない。

「キャステル」

 顔をしかめる組織の代表にどう返せばいいのか解らない。久住にはお呼びもしない経験をキャステルはしてきたのだろう。それだけの存在感をまとっている。

「その答えを、もしかするとデイトリアスは知っているのかもしれないな」

「さあ、どうだろう。俺にはわからない」

「彼は全てを背負って我々の前から姿を消した。彼の行動を誰も非難はできない。私はね、我々の歴史に記されている百年前の人物は彼だと思っていたのだよ」

「デイが!?」

 百年前、突如現れた人物が魔王を倒し風のように去っていった。その人物に関する情報はほとんど伝えられていない。突然の事だったために、その姿をしっかり捉えた者はいないそうだ。

「そのことを彼に尋ねたが、彼はあっさりと否定したよ。おそらく嘘ではあるまい。私の思い過ごしだったようだ。それはそれで残念なのだよ。彼が百年前の人物であったなら、この戦いはすでに終わっていただろうに」

「そうなのかな」

 キャステルの言葉に久住は違和感を覚えた。

「どういう意味ですか?」

「思うんだけど、このままデイが魔王を倒しても、また百年後に同じことが起こるんじゃないかな。それじゃあただのその場しのぎにしかすぎないし、百年前の人物がもしデイだったら、きっと今は違った未来になってた。そんな気がする」

 視界の広くなった眼前を見つめる久住の横顔を見やり、キャステルも同じく遠方を見渡す。

「そうか、彼ならそんな終わらせ方はしないと言うんだな? そうかもしれないな」

 どんなにか考えても答えなど見つからない。それでも答えを探さずにはいられない。信じてきた道に揺るぎは無いけれど、それが正しかったのかどうかはこれからの結果次第なのかもしれない。

 求めるものは賞賛か? 否、より良く力を使いこなせた己の満足感に他ならない。自己満足でも構わないのだ、持って生まれた呪われた能力を己の信じる道に使えるのなら。

 魔物たちが支配する世界ならば、力を持つ者は仲間として認められるかもしれない。だけれどもそれは違う。そんな事で己の存在を変える事など出来はしないのだ。

「勝たなければいけませんね」

「ああ」

 この瓦礫を元に戻せるその日まで諦める訳にはいかない。

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