*介入
静かになった人々を確認し立ち去ろうとしたデイトリアだったが、様子を窺っていたキャステルたちがおもむろに歩み寄る。互いに見合い、しばらく沈黙が続いた。
「デイトリアス、君の力はよく解った。魔王に引き渡すのはこちらにとても不利だということも──」
続けようとした言葉は突然の轟音に遮られ上空に目をやると、黒く塗られたヘリコプターが位置を保ったままそこにいた。
開かれたヘリのドアからライフルを向けた人の影が視界に入り、キャステルは眉を寄せる。どう見ても一般のヘリではない。
何が起こっているのかと戸惑うキャステルたちの前に装甲車が勢いよく止まり、中から兵士と思われる武装をした男たちが数十人ほど駆けだしてライフルやショットガンを構えた。
その銃口のほとんどはデイトリアに向けられている。
「これはどういうことだ」
この展開を把握していなかったキャステルは眉を寄せ、何者なのかと思考を巡らせた。そうして、兵士やヘリに付けられている見覚えのある国旗に目が留まる。
「その男は我が国の監視下に置く。余計な手出しは無用だ」
指揮官らしい男がゆっくりした足取りで歩み寄り、居丈高に発した。堀の深い顔立ちにその瞳は見下した視線でキャステルたちに睨みを利かせる。
無政府状態といってもいい現状では、他国の勢力が乗り込んできていてもおかしくはない。独裁的な軍事国家のみが未だ国としての体裁を保っているのは皮肉な話だ。
とはいえ、魔物たちが本格的に侵攻を始めればひとたまりもないだろう。
「なんだおまえら?」
「よしなさい」
身を乗り出す久住をキャステルが制止する。
そんな青年に男は鼻で笑った。焦げ茶色の短髪にオリーブ色の瞳は力を誇示するように細く開き、その表情からは相手に対する敬意の一片すらも垣間見る事は出来ない。
三十代後半と思われるその男はデイトリアの前に立ち、頭一つ分ほどの身長差から威圧的に見下ろす。
「君のことはずっと監視していた。なるほど、確かに魔王が欲する程の力を持っているようだ。見た目も実に興味深い」
言い放ち、デイトリアを下から上までじっくりと舐め回すように見やった。当然、久住はそんな視線に怒りを覚える。
「てめっ──」
「久住!」
「キャステル、でも!」
殴り飛ばしたい気持ちを制止され拳を振るわせる。ここで闘いになったとしても自分たちに問題はないが相手が武器を持っている以上、流れ弾が一般人に当たる可能性がある。
デイトリアは二人のやり取りを眺めて男を一瞥したあと、キャステルに視線を合わせた。
「後は頼む」
「行くのですか」
「ここに留まる事を人々は許してはくれまい」
「私は君を信じていますよ」
「お、俺も!」
そんな二人に笑みを見せてデイトリアはきびすを返す。
「聞こえているんだろう! 貴様は我々の──」
「お前の国の戯れ言につき合ってやるほど私は暇ではない」
デイトリアは肩を掴んできた男に赤い瞳を鋭く向けた。
「なんだと!? 貴様、抵抗する気か!」
語気を荒げる男に反応するように兵士たちは一斉に銃を構える。しかし、デイトリアはそれにさしたる反応も示さずその場で姿を消した。
「……よくも」
相手にもされなかった男は悔しげに奥歯を噛みしめる。このまま手ぶらで帰る訳にはいかない。
「君たちの代表と話がしたい」
デイトリアに馬鹿にされた形の男は、どうにもおさまらず発したキャステルを睨み付けた。
「何を馬鹿な、我が国は──」
「この期に及んでまだ手を結ばないつもりですか!?」
一喝されて、そこにいた全ての者は萎縮した。
「国同士が争い合っている場合じゃないこともわからないのか」
「我々の国には強力な兵器がある。手を結ぶ必要など無い」
「武器が最強だとは思わないことだ。ここにいる君たち全員が束になっても我らには敵わないことを覚えておくといい」
それを聞いた兵士たちはどよめき立つ。
兵士の数は優に五十人。かたやキャステルたちは十人余り。それで敵わないと言われれば面食らうのは当然だろう。
しかしながら、兵士たちは何故かそれを馬鹿にはできなかった。今までにない存在感の大きさが真実なのだと知らしめている。
それは同時に彼への敬意の念をも生み出し、キャステルに向けられていた銃口が一つ、また一つと下げられていく。
「もう一度言う、国の代表に会わせなさい」
言い聞かせるように低く発した言葉に男は喉を詰まらせた。





