*浴びる声
「約束の場所には監視を配置しているな」
デイトリアが消えたあと、数秒ほど目を丸くしていたキャステルはおもむろに発した。
「え、ああ。もちろん」と佐伯。
「彼らに伝えよ、事の次第をつぶさに見よと。久住」
「はい」
「君はデイトリアスのことをどこまで知っている。私に何か隠していることは解っている。答えなさい」
にこやかだが、厳しい視線が久住を見やる。
「それは──」
やはりキャステルには隠し事などできなかった。心の中を見透かされて小さくなる。
「話したからと言って彼が君を責めることはしないはずだ」
「それは、そうですが」
いざ問われて久住は躊躇った。本当にそれが良いのか、この先に良いものをもたらす事実なのか。
キャステルを信じてはいても、それを聞いた他の人間はどうするのか……。しかし、話さなければならない。
──破壊された街の一角。かつてはビルだったであろう砕けたコンクリートの残骸がそのなごりを残している。
恐怖で声もなく寄り添い合っている人々の中心に二人の魔物は立っていた。そして、その人々を囲むように大勢の魔物たちがぐるりと取り巻いている。
「来ると思う?」
マリレーヌは眉を寄せてファリスに尋ねた。
「なんだ、信じてないのかい?」
「当たり前よ。誰だって自分が一番可愛いのに、わざわざ他人のために来る訳が無いわ」
「君はもう少し人間について学んだ方がいいよ」
「あら、失礼ねぇ。こんな弱い生き物のことなんて学んだって仕方ないじゃないの。人間だって特殊な趣味でない限り蟻のことを学ばないのと同じよ」
踏みつぶせばすぐに死んでしまうじゃない。
「なるほど、じゃあ私はその特殊な趣味なんだね」
呆れるように肩をすくめたマリレーヌにさして怒りを示さず、ファリスは口の端をやや吊り上げた。
「そうね、それにデイちゃんは人間じゃないしさぁ」
「だけれど、その意思はとても人間に似ているんだよ。だからきっと来るさ」
その時──二人の予想に反し、デイトリアが眼前に突如、姿を現した。
「ちょっと!? どういうことよ!?」
人質にされている人々も突然の出現にどよめく。
「やはり来ましたね。さて、この状況にあなたはどんな結果を出しますか?」
ファリスは気を取り直して問いかけた。
「魔物らしいやり方をしたと褒めてほしいのか。あまり私をなめるな」
静かな口調だが、そこがまた恐ろしさを感じずにはいられない。前回の魔法を見ているマリレーヌは険しくデイトリアを見つめた。
「赤い瞳。それが本来のあなたですか」
「凄く綺麗……。まるで血にようだわ」
初めて目にした赤い瞳にファリスは驚きに目を見開き、マリレーヌは狂喜の入り交じった声を上げた。
「では、はっきりと彼らの前で答えていただきましょうか。我が魔王の下僕になるのか、彼らを見捨てこのまま戦い続けるのかを」
我が勝利は揺るぎないのだとファリスは胸を張りデイトリアに問いかける。人々は、彼の口からつむがれる言葉を生唾を呑み込んで待った。
しかし、赤い瞳をまぶたに隠しデイトリアはただ沈黙していた。数秒のことだがそれはとても長く感じられ、しばらくして目がゆうるりと開かれる。
「愚かな」
「ほう? では、彼らの命はあなたにとってはゴミだったという訳ですか?」
魔物の言葉に引き気味の叫びがあちこちから上がる。死を覚悟してへたり込む者、泣き叫ぶ者、ただ呆然としている者と、それぞれに死の秒読みに絶望した。
「私に加減する思慮は望むな」
デイトリアがつぶやいたその刹那、地面が大きく唸りを上げる。
「!? なに!?」
「一体何が!?」
「世界を創りし四つの精霊、デイトリアの名においてその力を示せ」
デイトリアの声が響くと突風が吹き荒れて魔物たちが切り裂かれていく。さらに、手元で起こした小さな火花から大きな炎が瞬く間に広がり魔物たちを焼き尽し、近くにあった小川からは水柱が沸き立ち鋭い刃物のように襲いかかった。
引き裂かれ、焼かれていく魔物たちの悲鳴と共に、眼前で巻き起こる惨状に人々も叫びを上げた。
「なによこれ!?」
「くそ!」
ファリスはあわてて近くにいた人間を捕まえようとしたが、その手はせり上がった土くれに遮られた。人間たちをドーナツ状に土の壁が遮断したのだ。
「貴様! 四大元素を操るとは一体何者だ!?」
あっという間に形勢が逆転し、ファリスはデイトリアに向かって声を張り上げた。
「次に同じ手を使えばただではすまさん」
その問いには答えず、鋭く赤い瞳を向ける。刺すような視線は奥底の恐怖までをも駆り立てるのかファリスのこめみから冷や汗が垂れる。
「ちょっと、だめじゃん。どうすんのよ」
マリレーヌに背中をこづかれる。
「ひとまず退きましょう」
ファリスは悔しげに奥歯を噛み、小さくつぶやいた。ここまでの相手とは予想していなかった自分の完全な敗北だ。
「ええっ!? もう~」
マリレーヌは仕方なく残った魔物を引き連れてファリスと消え去る。あっという間の出来事に人々は呆然とするもしかし、
「ひぃ!?」
「きゃあっ!?」
せり上がっていた土が元に戻り、デイトリアの姿を見て恐怖の叫びを上げた。
「大事ないか」
青い瞳で静かに発する。だが、先ほどの様子が記憶に新しく、そんな落ち着いた姿も彼らには恐怖でしかない。
「俺たちを見捨てたくせに」
どこからか小さく聞こえた言葉が人々の心にじわりと染みこむ。
「あ、あんたのせいで、俺たちがこんな目に遭うんだ。いい迷惑だよ」
「そうよね……」
「俺たちはお前のためにこんな目に遭うのか」
それが皮切りとなり、一斉に罵声が飛び交う。言葉の刃を一身に浴びるデイトリアはじっと静かに佇んでいた。
ひとしきりわめいて疲れた人々は、何の反応も示さない彼に怪訝な顔を浮かべる。沈黙していたデイトリアが一瞥していくと、人々はびくりと体を強ばらせていく。
「屈する事が全てではない」
その存在感に息を呑み、言葉は失われていく。





