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SCHUTZENGEL ~守護天使~  作者: 河野 る宇
◆第一章~虚空の景色
3/37

*出現

 勇介は静かな社内のトイレで鏡を見ながら溜息を吐く。

「参ったなぁ」

 大失敗をやらかしたと頭を抱えた。すぐ終わると思っていた書類が七時を回っても仕上がる見込みがない。

 どうしよう、もう帰ろうかと足取り重く部屋に戻る。彼女の哀しげな瞳が頭から離れない、あれから姿を現してくれないのだ。

 今もどこかで見守ってくれているのだと思うけれど、彼女の顔を見て話がしたい。何百年も想い続けている相手から、彼女の心を奪えるとは思えないけれど。

「あれ?」

 仕事場へ戻ると何故か部屋が薄暗かった。

「警備員さんが消しちゃったかな?」

 頭をかきながら蛍光灯のスイッチに足を向けたとき、背後にゾクリとする気配がして立ち止まる。

『王になれば思いのままだぞ』

 低くくぐもった声に振り返ると、そこには口の端を吊り上げてイスに腰掛ける男がいた。およそ交渉するという態度には感じられない。

 腰近くまであるオレンジの髪と深い緑の瞳、その存在感で背筋が凍る。

 なんだこいつ──勇介は、人間で言えば二十代ともとれる男にたじろぎつつも気力を振り絞り視線を合わせた。

 緊張の隠せない勇介とは違い、吊り上がった目には余裕が窺える。

「王になればお前の思いのままだ。お前の望むものが手に入る。なんでも自由だ」

 ゆっくりと立ち上がり、勇介に手を差し出した。目一杯の優しい口調で語りかけるが勇介にとっては未だ見慣れぬ姿に戸惑いしかない。

 青年の反応が無いと解ると男は尖った耳を小さく動かし口の中で舌打ちした。

「ルーイン! きさまっ」

 空間から突然に現れたエルミは声を荒げて勇介と男の間に割って入る。勇介は浮かれている場合じゃないと解っていても、彼女に会えた喜びに口元が緩んでしまう。

「久しぶりだな。相も変わらず美しい。いや、さらに磨きがかかったか」

 エルミの顔はいつになく真剣だ、ルーインと呼んだ男から目を離さない。ルーインはそんな彼女にも余裕を見せるようににやついていた。

「きさまはいま王の代理として魔界から出られないはず。どうしてここにいる」

「オレが代理と知って安心していたか。次の王の顔を拝みに来ただけさ。ついでにお前にも会いたかったしな」

 男は少しずつエルミとの間合いを詰めていく。

「ユウを魔王にはさせない。私が止めてみせる」

 その距離に警戒しつつルーインを睨みつけた。

「ハッ無駄さ、力の魅力には敵わない。何もかもが思い通りになる絶大な力! それに魅かれない奴がいると思うか?」

 互いの距離は一メートルほどになる。

「例えば」

「うっ──!?」

「エルミ!?」 

 ルーインは素早くエルミの体を抱き寄せ、その唇を奪う。ほんの数秒だったが、勇介にはひどく長い時間に思えた。

「離せ!」

 男は抵抗するエルミを抱き寄せながら勇介に語りかける。

「この女も力を手にすればお前のものだ」

 勇介はその言葉に一瞬、眉を寄せた。どうしても手に入らない事が解っている相手だ、少しくらい心が動いても仕方がない。

「なにをバカなっ!」

 エルミは声を張り上げて男の腕を振り払い飛び退いた。

「おまえには何百年も愛し続けている男がいたか、実に惜しい。同じ力を持ちながら貴様は我々の敵となる」

 つぶやくように発した男の瞳は冷酷にエルミを見据えていた。二人の間には勇介になど計り知れぬ怨恨があるようだった。

 王の代理、それだけで強いのだと解る。そうだ、考えてみれば敵であるエルミを魔物たちがうとましく思わないはずがない。

 以前、一度に大勢来られたら危ないと言っていた。今までにそんな状況になったことはなかったのだろうか?

 そんな勇介の考えをうち消すように、ルーインが沈黙を破った。

「人間よ、力を手に入れ共に全てを支配しようじゃないか。その時までおまえの座すべき場所を守っていよう。待っている」

 重苦しい気配は消え勇介は未だ微かに震える手を隠すように押さえた。



 逃げるように帰ってきた勇介は、ばつの悪そうに向かいに腰掛けているエルミを見つめた。

「その、ごめん」

「何が?」

 勇介の入れた紅茶をのんびり味わいながら聞き返す。

「俺が君の忠告に従わないで残業したばかりに」

「ああ、そのことね」 

 ゆっくりとカップをテーブルの上に戻し続けた。

「怪我もないし構わないわ。予想はしていたもの」

 しれっと発したエルミに、「え」と目を丸くする。

「まさかルーインが先陣を切るとは思わなかったけれど、まだ自分の置かれている状況を認識できないでいるのでしょう?」

「う、それは……」

 図星だ。

「自分のような人間が魔王なんてなれるわけがないなんてこと思っている?」 

「う、うう」

 ぐうの音も出ない、まさにその通りだ。自分はそこらへんにいる、何の変哲もないただの人間だよ。

 なのに、いきなり魔王になれるなんて言われたって、そりゃあ信じられる訳がないじゃないか。

「わかってるわ、幸せに生きていたのに別の世界を見せられても馴染めるはずがない」

 彼女の言葉に勇介は少し変な感じを受けた。

「幸せ? さあ、どうかな。毎日同じような生活で幸せといえばそうかもしれないけど、恋人にはフラれたし俺としてはそういう実感は湧かないな」

 その言葉にエルミはやや憂いを浮かべて、しかし柔らかに笑みを作る。

「そうね。幸福の基準はそれぞれだわ。私が言えるのは、そうして維持をし続けられる世界は素晴らしいということかしら」

「あ」

 そうか、そうとも言えるんだ。

 いつでも常に物が溢れている環境にいるせいで忘れそうになる。それが幸福という訳じゃないけど、見えていても見えていない所があるのかもしれない。

「エルミ」

「ん?」

「ありがとう」

 それにエルミも笑顔で返す。

 勇介はやはり諦めきれず、見たことの無い相手に再びライバル心を燃やした。相手にとっては、はた迷惑な話だ。

「あっ」

 ふと、勇介は何かを思い出した。

「あのさ」

「なに?」

「君はずっと一人で戦ってきたの? 向こうはすごい数なんだろ?」

「私だけで戦ってきたわけじゃないわ。仲間もいて、人間の中にだって魔物と戦っている人たちがいるのよ」

「へえ」

「その仲間のうちの一人を呼んであるわ、もうすぐ来る頃だと思うけど」

「えっ、ここに!?」

 唐突に切り出された言葉に勇介は声が裏返り、手に持っているコーヒーカップを落としそうになった。

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