*策略
日曜の午後──とはいえ、この状況で曜日を気にしている者など居はしないだろう。
「どこに行くんだ?」
久住は玄関ドアを開いてどこかに出かけようとしているデイトリアに声をかけた。
「少し出る」
デイトリアは久住を一瞥し、いつもの声色で応えてドアを閉める。珍しい、気分転換だろうかと思いつつ、外は魔物たちが破壊しまくったあとでむしろ気分は滅入るんじゃないかなと多少心配になる。
そのとき、電話が早く出ろとでも急かすように鳴り響く。
「あーもう、はい、はい。久住です。えっ!? そんな──」
──デイトリアは暖かい日差しを浴び、大陽の強い光に目を眇めた。いくら魔物や魔王の力が強くとも、大陽自体をどうにか出来るほどではない。
故に、魔物たちは人間から魔王を選出する事がどれたげ重要なのかをよく知っている。最大の弱点を克服するか、地球の大気を変化させる他に方法はなく、太陽を無くす事はこの星の存続を危ぶむものとなる。
しかし、眠くなるような陽気を打ち消す景色にデイトリアはやや眉を寄せた。壊れた噴水と遊具を前にしたベンチに腰を落とす。
視界に広がる公園は、人間が造ったものは全て憎いとでも言うように破壊しつくされている。
かろうじて残っているものと言えば、霊術士たちが貼った結界によって守られている建物くらいだ。もちろん、その数は知れている。
小さく溜息を吐いて立ち上がると、公園のさらに奥に歩みを進める。一見すれば何かの重機か爆発物でも使用したのかと思われる残骸だが、よくよく見ればそのどれも違っている事が窺えた。
刃物で綺麗に切断したようなコンクリートや金属が混じっているのはかなりの違和感を覚える。
しばらく歩くと背後に気配を感じて振り返る。すると、何もない空間からどさりと何かが落ちた。
「エルミか」
確認してすぐ、彼女の息が荒く体のあちこちに無数の傷がある事に気付き足早に駆け寄った。
しかし、エルミは気に懸ける言葉をかけようとしたデイトリアの腕を強く掴み苦い表情を浮かべる。
「デイ、まずいことになったわ。奴ら、人間たちを──」
「何?」
「デイ!」
聞き返した刹那、久住が名を呼んで駆け寄る。
「どうした」
「あ、あのさ、なんかキャステルが──って誰? この人」
「キャステル……。キャステル・オーギュストね。彼がデイを呼んだのね?」
「え、なんでわかるの?」
エルミはそれを確認すると痛む体で立ち上がる。
「私も行くわ」
──以前、訪れたビルの地下。
事は深刻なようだった。皆が一様にデイトリアを睨んでいる。
「その様子では、まだ君の所には奴は現れていないようですね」
キャステルは重々しく眼前のデイトリアに口を開く。
「一体どうしたんですか?」
いつになく真剣な面持ちのキャステルと張りつめた空気に久住は耐えきれず質問した。キャステルはそれに答えるでもなくエルミに視線を移す。
「エルミ、お久しぶりです。共に影から世界を支えていた仲間が突然、我々の前から姿を消したのには驚きましたが、まさか魔物の王のことを我々ではなく、彼のみに話していたとは心外でしたよ」
「ごめんなさい」
「そのことについては言及しません。あなた方二人の間には、我々の知らない関係があるのでしょう」
「あ、あの、彼女は一体」
めげずに質問を続ける久住にようやくキャステルは口を開く気になったようだ。質問するのは当然だろう、久住にとっては解らないことだらけなのだから。
「久住、人間ではない者たちも共に裏から世界を支えていると以前に話した事があるでしょう。その一人が彼女なのだが、彼女は人ならざる者たちのリーダー的存在なのだよ。まとまりのなかった彼らも、彼女のおかげで統率のとれた組織へと変貌を遂げた」
簡単に説明したあと、再びデイトリアに視線を移す。
「さて、デイトリアス。あなたはこの責任を取れるのでしょうか?」
「どういう意味だ」
「先日、ファリスが私のもとに使いをよこしました。なんと言ったと思うね?」
キャステルはひと呼吸おくと目を険しくさせた。
「一週間以内にデイトリアを引き渡さなければ手元にいる人間千人の命を奪うとの事だ」
「千人だって!?」
久住は驚いて思わず声を上げた。大混乱を極めている現在、生き残っている人間の数や名前を把握する術はない。
ファリスの部下である魔物たちは少しずつ、少しずつ気取られないように人間を拉致し千人に到達した頃、キャステルに交渉を持ちかけた。
「それに気付いた時には、もう手遅れだったの。ごめんなさい」
千人という数はもちろん少なくはない。数百人では足りないと踏んだファリスの思惑は絶大な効力を発揮しているようだ。それが事実なら放置しておけるような数ではない。
「取引場所は」
「デイトリアス、行くつもりなのか? しかし──」
静かに問いかけたデイトリアの瞳にキャステルは目を丸くした。常に冷静なキャステルでさえそれを聞いた時にはさすがに声を荒げたというのに、たったいま耳にしたデイトリアの平静さに眉を寄せる。
「どうするつもりだ。まさか奴らの言葉を真に受けて大人しく捕まるっていうんじゃないだろうな? そんなことをさせるとでも思っているのか」
佐伯は半ば怒鳴るようにデイトリアにくってかかった。
「狙いは私なのだ。行かねばなるまい」
「何をばかなこと言っ──」
胸ぐらを掴もうとした佐伯の手が止まる。
「赤い目? おまえ、人間じゃ……?」
初めて見た赤い瞳にキャステルたちは息を呑んだ。その色は冷たい血のようでいて、奥底に輝きを宿す宝石のようでもあり、美しいとさえ感じた。
「キャステル」
早く答えろとでも言う風に名を呼び、じっと見つめる。それは、何故だか心を揺さぶられる。全てを見抜いているのだと言われているようで居心地が悪い。
「ここから西に二百キロメートル先の丘で待っていると言っていました」
さすがのキャステルもその瞳からは逃げられず、仕方なく答えてしまった。デイトリアは確認すると何も言わずにその場からかき消えた。





