*大地のあぎと
「さ~て、お返事聞かせていただけないかしら?」
久住はマリレーヌの鼻につく物言いに眉を寄せながらも、その背後にひしめく魔物に生唾を呑み込む。
どす黒い意識がまさに視界一面に広がっている。交渉は無駄だと踏んだのか数に物を言わせてきた。
「マジかよ。こんな数、どうしようも──」
つい消極的な発言にハッとして隣のデイトリアを見やる。
「己だけを守っていろ」
「なに言ってんだよ。魔物どもはデイに集中するに決まってんだろ」
「その方が都合が良い」
こんな状況にもかかわらず抑揚のない声色に久住は目を丸くした。そして、改めて魔物を見回す。
まさか、これだけの数を倒すって言うんじゃないだろうな……。どう甘く見積もっても五百匹はくだらない。
久住の能力は大勢の敵にはあまり効果的とはいえない。デイの力にしてもそうだろう。どうして俺は応援を呼ばなかったのかと今更ながらに後悔した。
こちらは二人、不利なのは明らかだ。それでも余裕のある口振りにハッタリでない事を祈る。
「デイちゃ~ん、お返事は?」
受け入れるのは当然だと考えている女の口調は実に腹立たしい。
「わざわざ来てくれて何だが従う気は無い」
「なんですって!?」
思ってもみない態度にマリレーヌはヒステリック気味な声を上げた。久住は心中でざまあみろとほくそ笑む。
このあとの惨劇を考えれば笑ってもいられないが、とにかくマリレーヌの間抜けな声を聞くことが出来たのは嬉しい。
「そう、そんなに痛いのが好きなの」
相変わらずデイトリアの飄々とした振る舞いに馬鹿なのかと思わずにはいられない。断ればどうなるかなど解り切っているはずだ。
「せっかくの綺麗な体に傷をつけたいのね」
隠していた本性をむき出しにするように、吊り上がった瞳に狂気が宿っていく。魔王の命令だと思えばこそ、傷つけないでいてあげたのにと尖った爪を見せつける。
「ゲ、なんだこいつ。女王様タイプ?」
「意外と呑気だな」
「いや、もうこうなりゃどうにでもなれって感じ?」
周り中が敵だらけで笑うしかない。間近にいる互いの声も聞き取りづらいほどに魔物たちの声や足音が大きくなっていく。
「ふふ、殺してあげる」
マリレーヌの声が合図となり、魔物たちが一斉に雄叫びを上げて迫ってきた。デイトリアは魔王が求めている事もあってまだ生きる望みがあるだろう。
しかし久住に慈悲はない。これだけの数に対抗できる訳もない自分は何匹の魔物を道連れに出来るのかと体を強ばらせた。
「動くな」
「え?」
身構える久住の横で、デイトリアは何か呪文のようなものをつぶやいた。ヘブライ語のようにも思えるが久住にはそれが何の言葉なのか見当が付かない。
[ガァッ!]
一匹目の魔物がデイトリアに爪を立てる瞬間──地面が大きく裂け、まるで巨大な怪物に飲み込まれるように大勢の魔物たちが地面に食われた。
魔物を食い尽くした大地は満足すると、何事もなかったかのように口を開けた時と同じく勢いよく裂け目が閉じる。
「うそでしょ」
マリレーヌは目の前で起こった光景を信じられず呆然とした。あれだけひしめいていた魔物が十数匹にまで減っている。
残った魔物も何が起こったのか把握出来ずに戸惑っていた。揺るぎのない優位性が一瞬にして崩れ去り、辺りは静まりかえる。
「今のって……」
初めて見るデイトリアの力に久住もしばらく放心状態で眼前を見つめた。あれだけの数の魔物はもしや幻影だったのかと思うほど、あっけなく大地に吸い込まれていった。
「二度目は通じまい」
相手がこちらの力を知らず油断していたおかげで成功したようなものだ。魔法の詠唱を悟られていたならば、これだけの数を減らせたかどうか解らない。
「どういうこと? なんであんたがこの魔法を唱えられるのよ」
デイトリアが使った魔法は地の力を使ったものだ。広範囲に影響を与えられるぶん詠唱には時間がかかる。
「人ではない事くらい解っていただろうに」
この時代において魔法はもはや人に使えるものではなくなっている。その術は継承される事もなく、数少ない紙の上にしか存在しない。
デイトリアは人にあらずと知っているはずのマリレーヌも完全にはそれを信じていなかったのかもしれない。
「覚えてらっしゃい」
相手を過小評価していた事に苛立ち混じりの舌打ちをして消えた。
「え、あの……」
久住はマリレーヌが消えた事を確認して遠ざかるデイトリアに戸惑いつつも呼び止めた。
「力を一度に解放して疲れた。少し休む」
「あ、ああ。そうだな」
見た目では疲れた様子はまるで感じられないが、宿舎に向かって遠ざかる背中を無言で見送る。
目の当たりにしたすさまじいまでの力に久住はデイトリアは本当に人ではないのだと実感した。





