*謎かけ
会議を終え、車に乗り込む組織の代表者たちを見送りながらキャステルはデイトリアに振り返る。
「とりあえず君の元には久住を置いておきます。後でもう一人よこしますのでよろしくお願いします」
「良いのか。奴は──」
「ええ、もちろんですよ。彼はあなたに好意を抱いているがその分、あなたにはやりにくい相手でしょう?」
その好意を利用して御しやすくする事も可能かもしれないが久住は不器用で純粋だ。
「あしらい難い相手ではある」
「君が魔王に誘惑される理由が解るよ」
眉を寄せ久住を見やるデイトリアに笑みをこぼして普段の口調で応えた。
「どういう意味だ」
「君はとても美人だから」
さらに眉間のしわを深くしたデイトリアから逃げるように車の後部座席に乗ると、手を軽く揚げて車は遠ざかる。
「よくも言う」
小さくなっていく車に呆れたように溜息を漏らすと、見知った車が隣に横付けされる。
「デイ、早く乗って乗って」
窓から出てきた久住の顔は満面の笑みを浮かべて幸せそうだ。これからデイトリアと寝食を共にすると思うだけで天にも昇る気持ちなのだろう。
「途中にあるスーパーに寄ってくれ」
「スーパー? なんで?」
「食べないつもりか?」
「ああ、弁当でも買うの?」
「それでは栄養が偏ってしまう」
「えっ!? それって俺に作ってくれるのっ!?」
「おまえのために作るのではない」
「でも俺の分も作ってくれるんだろ? やった!」
久住は嬉しくて仕方がないのか、肩を弾ませ鼻歌まで流し始めた。デイトリアはそれを一瞥し窓の外に視線を移す。
──久住は食事を終えてソファに腰掛け、デイトリアの入れたコーヒーを傾ける。
「ずっとここにいるつもりなのか?」
問いかけられたデイトリアは手にしているコーヒーをしばらく見下ろし、カップをテーブルに乗せた。
「行く宛も無し」
「じゃあさ、俺んちに来いよ」
「遠慮しておく」
「そ、そう」
あまりにもの即答で生ぬるい笑みを浮かべた。しかしすぐ、デイトリアの手料理を思い出し口元がゆるむ。
手間のかかる料理ではないと言われたが久住にとっては恋い焦がれた相手の手料理なのだ、目玉焼きですら至福のひとときだろう。あんな料理毎日作って欲しいなぁ、などと顔のニヤつきが抑えられない。
「そんな奴をわたしの家に入れないで欲しいね」
突然、現れた影に久住の表情は硬くなる。
「勇介か」
さしたる感情もなく背後の気配に応えた。
「ガデスだよ、デイ」
「え!? こいつが?」
以前に会った立木勇介とはまるきり違う雰囲気に目を丸くした。それと同時に、背筋にヒヤリと冷たいものが走る。
明らかに幻影であるのに、そこからでさえ伝わる強大なパワーに息を呑む。こいつはこんなに優雅だっただろうか。
「君たちの話し合いはまとまったかい?」
「なんだと?」
「いきなり攻撃を仕掛けちゃ不公平だろう? 猶予を与えてやったんじゃないか」
「てめぇ何様のつもりだ!? 俺たちを見下して偉そうにしてんじゃねえよ」
やたらと気に障る物言いに久住の顔が怒りで歪んだ。
「久住、挑発に乗るな」
デイトリアはやや厳しい口調で制止した。幻影相手に怒ったところで意味がない。
「でも──!」
「デイの言うとおりだ」
「てめぇ、前はただの人間だったくせにお偉くなったもんだな」
小馬鹿にした態度に悔しさをにじませながら精一杯の皮肉を込める。
「以前のわたしとは違うんだよ」
「私には変わらないように見えるがね」
それにガデスはピクリと片眉を上げ、しかしすぐ平静を取り戻した。気を取り直すように深く呼吸して久住に視線を合わせる。
「久住、キャステルに伝えろ。あと数日だけ待ってやる。デイトリアを素直に渡せばもう少し延ばしてやるともな」
「なに?」
久住は言葉の違和感に眉間にしわを刻んだ。
「デイ、君の秘密──このままだと人間たちに知られてしまうよ」
魔王は静かに威圧を与える。しかしデイトリアは振り向くこともなくコーヒーを口に含んだ。
「そうやっていつまでダンマリを決め込むつもりだい? まあいい、伝えておけよ久住」
幻影は消え張り詰めた空気から静かな落ち着いた部屋に戻る。 だが、穏やかじゃないのは久住だ。
自分の知らないデイトリアスの秘密を勇介が知っていて、それを二人は共有しているような形になっている状態に苛つく。
しかしデイトリアに目を向けると、先ほどのやり取りがまるで嘘だったかのようにのんびりとカップを傾けていた。
デイの秘密ってなんなんだ? 久住は問いかける事も出来ず、ただその様子を見つめていた。





