*境界線の歪み
上品な壁紙に囲まれた部屋に重厚な造りの円卓が中央にどっしりと据えられている。美しい彫刻が施されたそれは、重要な事柄の時にのみ使用されるものだろう。それだけの重みが丸いテーブルから伝わってくる。
その円卓に見合うだけの椅子がぐるりと据え置かれ、そこに数人が腰掛けていた。
長い髭の老人、がっしりとした短髪の男、白髪混じりの中年男性に大柄な女性と、彼らの存在感は常人よりも強く感じる。
「君の言っていることは事実なのだね?」
その中でも一際存在感を放つ男が静かにしかし、低くデイトリアに問いかけた。
年の頃は三十代前後といったところだろうか、腰まで届くほどの長い髪は金色と茶色のまだらになっており、細く落ち着いた瞳は鮮やかな緑色をしている。物静かな印象を与える動きはとても上品だ。
「護りきれなかったのは私の責任だが、今はそれを議論している場合ではない」
入り口を背にして円卓の前に立つデイトリアは淡々と述べた。
「その原因を作ったのはあんたなのに、責任を追及するなとはムシのいい話じゃないか? えぇ? デイトリアスさんよ」
体格の良い男が睨みを利かせた。
「じゃあ、あんたなら護りきれたっていうのかよ。デイなんかより弱いくせして!」
デイトリアの隣にいた久住が男にくってかかった。全ての関係者がデイトリアの強さを知っている訳じゃない、中にはこの男のように噂だけでやっかむ者もいる。
「なんだとてめぇっ!」
「なんだよっ!」
「やめろ」
つかみ合いの喧嘩を始めた二人を制止する。
「でもっデイ!」
「確かに原因を作ったのは私だ。それについて言い訳をするつもりはない。責任を取れというのなら取ってやる。それはいつでも出来る事だろう」
「う──っ」
男は揺るがない青い瞳に思わず狼狽えた。
「彼の言うとおりだ。佐伯、落ち着きたまえ」
長髪の男は静かに発して佐伯と呼んだ男をなだめた。腰を落ち着けた佐伯を確認するとデイトリアに向き直る。
「デイトリアス、君は今までどこの組織にも属さず単独で行動してきた。だが今は全ての人間が一つになり、これから訪れるであろう難関に立ち向かわねばならない。あらゆる組織は君の獲得にやっきになっていた。そういった意味では君がこの中心にいる事は、我々がまとまるうえで大変重要であると考えている。他の組織との話し合いは君を入れて行いたい。構わないかな?」
「可能な範囲で協力しよう」
デイトリアの言葉に男は上品な笑みを浮かべた。
「良い返事がいただけてなによりだ。ではさっそく組織の代表者たちを集めて会議を開く段取りをとりましょう。他の者も意義は無いな」
その言葉に、腰掛けていた一同は頷いた。
「日程が決まり次第ご連絡します。出来る限り早急に行うようにするのでお待ちいただきたい」
久住が所属している組織はかなり大きく、世界最大といってもいい。
組織の代表者であるこの男はキャステル・オーギュストといい、類い希にみる強い能力の持ち主だと云われている。日本支部に在籍はしているがヨーロッパの人間だ。
そうして、これから起こるであろう戦いに向け人間界は動き出した。
──その城は、暗く重たい空を背に悠然とそびえていた。そこに輝きなどはまるでなく、心を沈ませるどんよりした風が吹き抜けている。
おおよそ人が訪れる事はないであろう魔界のその中心に魔王の城はある。
恐怖を掻き立てる石像がエントランスに建ち並び、内部の空間は息苦しいほどの威圧感を放っていた。
シャンデリアは鋭く、訪れた者をことごとく殺めるために今にも降り注ぎそうなほど互いに高い音を鳴らしていた。
深紅の絨毯が敷かれた通路に飾られている絵画は芸術的だが狂喜を漂わせ、最奥にある王の間には長らく主を待ちわびていた玉座が満足そうにその男を座らせていた。
ルーインと魔将たちはひざまづき、玉座に腰を落とす男に敬意を払う。
「魔王よ、これからなんとお呼びすればよいのか」
ルーインが静かに問いかける。男は銀色に輝く鎧と、深紅のマントを羽織り目を細めた。
その男──立木 勇介──の容姿は人間界にいた時とは明らかに違っていた。目尻は険しく、手に入れた力のすさまじさに存在感は際立ったものとなっていた。魔というものが持つ美しさも兼ね備えているようだ。
「ガデス」
「魔王ガデス。我らを導きたまえ」
低く発するとルーインがそれに応え、そこにいた全ての魔物たちは深々と頭を下げた。





