*悪夢
魔物たちはデイトリアの強さを認識したのか、あれから姿を現さない。諦めた訳ではないだろうが、なんだか不気味でさえある。
そして、勇介が気付いた事が一つある。もしかすると、彼は食べなくてもいいんじゃないだろうか。食事でおかわりをしたのを見た事がなく、必ず勇介よりも量が少ない。気付いた事が不思議なほどに自然に振る舞っていた。
勇介はそれを彼に尋ねる事を躊躇った。その疑問が真実なら、ますますデイトリアが遠い存在に思えてしまう。
そう思える事が、どうしてそんなに怖いのかは解らない。かつては勇介と同じ、人間の心と肉体を持っていたはずのデイトリアを、もとより人じゃないエルミよりも遠く感じてしまう。
きっと、それを口にした所でデイトリアはいつもの静かな口調で「だからどうだというのだ」と答えるに違いない。この苛立ちはなんだろう。
勇介は気づかずにその苛立ちを彼にぶつけていたらしい。目の前のソファに腰掛けているデイトリアが眉を寄せた。
「何を怒っている」
「別になにも」
食事を終えてコーヒーを傾けつつ、ぶっきらぼうに返す。
「エルミの事で怒っているのか」
なんだ、気にしてたのか。勇介はそれに少し安心した。遠く感じていた距離が一気に縮まる。
「仕方なかろう、優しく返した処で進展など望めないのだ。奴の性格もよく知っている」
「いや、もういいんだ」
吹っ切れたような表情を見せた勇介に眉間のしわを深く刻んだ。
そして、勇介の夢は再び悪夢となる──
「おまえの欲しいものはなんだ。力を手に入れればその願いは叶うぞ」
暗闇からの不気味な声は、低く勇介を誘惑する。
「そんなもの嘘だ!」
勇介は声から逃げようと必死に足を動かした。どこまで走っても広がるのは暗闇ばかり。不安が勇介の心を支配していく。
「おまえの望み通りの世界に変えられる」
しかし、その声は勇介の耳元で聞こえて暗闇から腕が伸びる。その青白い腕は逃げる勇介の腕をしっかりと掴んだ。それに驚いて振り返り、腕の主に目を見開く。
「ファリス!?」
「そうです、私ですよ我が主。私は夢の中に入り込む力を持っているのです」
勇介を掴んでいた手を離し、優雅に口を開いた。相変わらずの慇懃無礼な態度が鼻につく。
「もっとも、デイトリアスがあなたを護っているおかげで何もできませんが」
それを聞いて安心した勇介を鼻で笑った。
「あなたは彼に対してとてもショックだったでしょう? 何せ我々を怯ませたのですから。あれでは人間ではなく化け物だ。あんな力の持ち主、人間であるはずがない」
「それは」
人間だったのは昔の話で……。
「ほう? では今は人間ではないのですね? なるほど、我々はまんまと騙されていた訳か」
「え!?」
言葉にはしなかったはずなのに考えた事が知られている。
「ここは私の夢の中、人間の思考は私には筒抜けです」
緩んだ口元に勇介は嫌悪感を覚える。
「おや、怒ってらっしゃるのですか? 魔王になったあなたなら、私を見下すこともできたでしょうがね。あのデイトリアスだって、魔王になればすぐにでもあなたのものになるでしょうに」
「なんなんだよ前からおまえ! 俺はデイなんて何とも思ってないんだよ。俺が好きなのはエルミなんだよ。、大体デイは──」
「どうしました? 彼が男だからと言いかけて何故止めるのです? まあ、性別なんて気にするのは人間くらいのものですがね。我々は気に入れば何だって関係ありませんから」
その言葉が、勇介の考えを再びファリスに読ませる結果になってしまった。
「ほうほう、性別が無い? それは好都合ではありませんか。男ではないのですから、何を気兼ねする必要があるのです?」
「うるさい……。うるさいうるさいっ!!」
──朝の目覚めは最悪だった。





