*その強さ
黒くすすけた体がゆっくりと傾いていく。
「ネイル!?」
倒れた男はぴくりとも動かず、魔物の三人は目の前の光景に信じられない面持ちだった。
「おまえは何者だ。ネイルをこうも易々と倒すなど──っ!?」
デイトリアはファリスの問いかけにゆっくりと頭をもたげ、美しい笑みを浮かべる。その、妖しく冷たい表情に引き込まれそうになる。それぞれは頭を振り、その意識から逃れた。
「ちょっと、これってヤバいんじゃないの? 人間だと思って甘く見過ぎていたわ」
「くっ……。少々遊びが過ぎたらしいね」
「デイトリアス、またいつかお目にかかろう」
悔しさをにじませながら低くつぶやいて姿を消し去る。
「はあ~」
元の部屋に戻った事を確認した勇介は緊張から解き放たれて溜息を漏らす。しかしふと、眉を寄せるデイトリアを見やって同じく眉間にしわを刻んだ。
「あ~、服はそのままなんだね」
青年の苦笑いにデイトリアは肩をすくめて自室に向かう。あれはあれで似合っていると思うけど、やはりこの時代にはおかしな格好だ。
着替えを済ませて戻ってきたデイトリアは、勇介の前のソファに腰掛けて冷めた紅茶に口をつける。
「今まで戦っていたのに平然としてるなんて凄いな」
「慣れただけだ。あまり良い事とも思えんがね」
「あ、ごめん」
戦うことに馴れているなんて、やっぱり良い訳じゃないよな。それだけ、敵がいたってことだし。
「あやまる事ではない」
険のない物言いで応えて壁の掛け時計に目をやる。時刻はすでに深夜だった。
「寝た方がいい。おやすみ」
「うん、おやすみ」
デイトリアの背中を見送り、一人になった静かな部屋で冷めた紅茶を傾ける。
四魔将というからには、それなりに強いはずだろう。しかし、デイトリアはいとも簡単にその一人を倒してしまった。
頼もしくはあるけどその反面、いまこうして普通に接していられることが不思議でならない。俺なんかと気軽に同居してていいのだろうか。
あの強さは一体、何なんだろう。エルミもあんなに強いんだろうか?
次の日──
「私がそんなに強いわけないでしょ」
「そうなの?」
様子を見に訪れたエルミにさっそく尋ねてみた。
「当たり前よ、デイは特別。私なんか足下にも及ばないわ」
なんだか本人の前では聞き難かったので、風呂に入っているのを見計らって彼女に訊いてみた訳だが……。
「私はデイがうらやましい」
「え?」
顔を伏せ、か細くつぶやいたエルミを見つめる。
「人間だった彼が強大な力を手に入れて、あの人の近くにいる。私はどんなにかデイが妬ましかったろう」
「エルミ……」
彼女は人間じゃない。なのに、こんなにも人間らしい。人間でなくても誰かを愛する心はあるんだ。抱きしめたいくらいに弱くて儚くて、綺麗だ。
「逆の立場であったとしても、奴がおまえを認めるとは思えんがね」
淡々とした声に勇介の心が突き刺さった。
「デイ!」
なんてことを──
「ええ、わかっているわ。いつでもあの人に会える。それだけで私には充分なの」
「その方が辛いとは思わんか」
切なく語る彼女に、やはり色のない言葉が投げられた。
「そうかもしれないわね」
怒るでも、悲しむでもない声色の視線はただ宙を見つめている。何度も繰り返されたやり取りなのだろうか、それは決まり事のように淡々と進められてふと途切れる。
互いに抑揚もなく、どこかしら冷めた会話に勇介は眉を寄せた。
エルミが帰ったあと、デイトリアはいつものようにコーヒーを片手にソファでくつろいでいた。勇介はその姿を視界全体で捉える。
俺から見れば十分に強いと思う彼女から「彼は特別」と聞いて、今まで以上にデイトリアとの距離が遠くなった気がした。
近づきたいと思えば思うほど、親しくなったと感じれば感じるほどに遠く、遠く。遠のいていく──それが何故か勇介には悔しくて、寂しかった。





