*四人の魔物
夜、風呂上がりの二人はリビングでのんびりアイスティを傾けていた。デイトリアは本人の自覚はなくとも相変わらずの色気を漂わせている。つくづく女性でない事が残念でならない。
そのとき突然、空気が重くなった。ただならぬ気配が部屋に充満し、それは徐々に勇介の目の前──デイトリアの背後──で形を成していく。
「ほう……? これが噂に聞くデイトリアスか」
まるで心臓をえぐるような低く、くぐもった声が部屋に響いた。
「うっ!?」
勇介は息を呑む。そこには、四人の魔物が立っていたのだ。それは人間ではないのだとハッキリと解るほどの異様な存在感を放ち、勇介たちを眺めていた。
「わざわざ私を見に来たのか。暇な奴らだ」
デイトリアはグラスをテーブルに戻し、座ったまま視線だけを向けた。
「なるほど、ルーインが言ってた通り口が悪いな。調教のし甲斐があるね」
先に発した男の隣にいる、やや背の低い少年ともとれる魔物はデイトリアの言葉に長い金の髪をなびかせた。
「でも、ホントにいい男。可愛がってあげたいわぁ」
四人のなかで唯一の女が口の端を吊り上げてデイトリアを見下ろす。
勇介はガクガクと膝を震わせていた。四人の魔物から漂う異様な雰囲気に体が強ばり、動くことができない。
デイトリアはそんな勇介に視線を合わせて小さくうなずいた。それだけで勇介は少し落ち着いた。勇介の安心したような表情を確認すると、デイトリアは立ち上がり四人の魔物に向き直る。
「ほうほう、これはまた。確かに殺すのは惜しい」
紫の髪をした男が口角を上げた。もちろん、デイトリアがそんな言葉で反応するはずもなく、無表情に魔物を見つめた。
「あら、お風呂上がりなのね。とっても色っぽい」
「四魔将か。私一人に四人がかりかね」
「いいや、まず顔を見ておきたかったのさ。僕の名はギル」
不適な笑みで少年のような魔物は応えた。その態度からも、四人のなかでは上位にあるのだと窺える。
続いて紫の髪の男が、「私の名はファリス。以後お見知り置きを」と丁寧に挨拶したがその奥には相手を小馬鹿にしたような態度が見受けられる。
「私はマリレーヌ。よろしくね、デイちゃん」
なんだかこいつが一番頭に来る。何故だかわからないが──勇介は軽く女を睨み付けた。
「俺はネイル。これから貴様と闘う者だ」
最後に名乗ったのは、部屋に現れて初めに発した男だった。体格が良く、仏頂面をしている。ネイルという男の言葉にデイトリアは厳しい表情を浮かべた。
ギルがマントをひるがえした途端、辺りは暗闇に包まれた次に何もない空間に変わる。
「私にこれで戦えと言うのか」
着ている服を示すように肩をすくめた。風呂上がりだったため、かなりの薄着だ。
「あら、ごめんなさい。じゃあ、これでどう?」
女が右手をサッと振ると、デイトリアの服が一瞬のうちに変わった。
「いいだろう」
中世風でもなく、どこか異世界を思わせる魔物風味の服装に小さく溜息を漏らしたが、とりあえずの納得をする。
「心配するな、殺しはしない。おまえを飼い慣らすためにな」
ネイルは腰に提げている大きな剣を抜いてその切っ先デイトリアにを向けた。余裕の表情を見せて鼻で笑う。
「そうかね」
男の言葉など意に介さず、デイトリアの瞳は鋭さを増していく。
「まさか素手で俺に挑むつりじゃないだろうな。そんなことはバカのすることだ」
甲冑がカチャカチャと音を立てる。確かに、急所の部分は金属の鎧で固められていて、素手でダメージを与えるなど無理そうだ。
それでもデイトリアは顔色を変えずに軽く両手を広げ戦闘体勢に入った。もちろん、その手には何も持っていない。
「よほど痛い目を見たいのか」
随分と舐められたものだとデイトリアをギロリと睨み、巨体とは思えない速度でデイトリアに走りよりその頭上に剣が振り下ろされる。
「──なっ!?」
ネイルは自分の目が信じられなかった。金属がこすれるような音がしたかと思うと、デイトリアがその剣を素手で受け止めていたのだ。
その姿に一同は驚きを隠せない。
「もう終わりか」
「きっ、貴様あぁー!」
余裕の笑みを見せられ、怒りにまかせて剣を振り回した。
「バカが、相手のペースに乗せられやがって」
少年はチッと舌打ちをした。
「無理も無い、今まで奴の剣を受け止めた者はいないんだ。動揺しているのはネイルだけじゃない、我々だってにわかに信じがたい」
「そうね、私たちだって真正面からネイルの剣を受けきれるかどうか疑問だわ」
三人が三人とも苦い顔をした。
「しかし、受け止めるだけではだめさ。このままいけば先にへばるのは奴の方だ。所詮は人間、体力にも限界がある」
ファリスは冷静に人間と魔物の違いを判断した。どうやらこの魔物は人間についてある程度は調べているようだ。
勇介は、三人の言葉を耳にしながら戦いを見つめていた。
「心配なさらずともあの男はあなたのモノですよ。我々はそのおこぼれを頂くだけです」
そんな青年にファリスは丁寧になおかつ、あざ笑うような態度で発する。
「なっ!? なに言ってんだ! 俺は別に──」
「あら、彼が好きなのはエルミじゃなかったかしら?」
マリレーヌは眉を寄せていぶかしげに問いかけた。それに、「そうだね」とファリスは何かを含んだ笑みを浮かべる。
しかし──彼らの予想に反して、デイトリアは疲れる様子を見せなかった。むしろ、ネイルの息が切れてきている事に三人は目を丸くした。
「そんなバカな。僕たちよりも体力があるというのか!?」
「奴は素手だ。だが、ネイルは大剣を振り回している」とファリス。
「その程度のことで先に疲れるなんてあると思う? あの男は何者なの?」
皆、一様に動揺を隠しきれない。
「……そんな、バカな」
全ての剣は受け流され、避けられ、受け止められてネイルは驚愕した。自分と相手の体格差は優に倍以上あるというのに、渾身の力を込めた剣がまるで通用しない。
焦りを見せた男にデイトリアが反撃を掛ける──左から振られた剣を左手で受け止め、その剣を握りしめた。
「っ!?」
驚くネイルに、口角を吊り上げてささやく。
「その甲冑、お前の力によって全体を護っているな。疲れ切ったおまえに今、護るだけの力はあるか」
刹那、ネイルの体がまばゆい光に包まれてバリバリという激しい雷のような音と共に魔物の叫び声が広い空間に響き渡った。





