*誤認
暗闇で声が聞こえる──
「おまえの愛しい相手は誰だ?」
その声は、低く深淵からじわりじわりと這い寄るように精神を蝕んでいく。足は暗闇に張り付いているのか、少しも動く事はなく言いしれぬ重たい闇の中に目を凝らす。
さらに声は、
「手に入れたいだろう? 力を手にすれば、そいつはおまえのものになる」
声は次第に大きくなり、言い切った刹那に腕を掴まれる。
「うわあっ!?」
心臓が飛び出るかと思うくらいに驚いて飛び起きた。
「……夢か」
ほっと胸をなで下ろすが、寝間着は汗でぐっしょりと濡れていた。心の最奥、自分でも踏み入れられない領域に入り込まれる恐怖が体から体温を奪う。
勇介は酷く痛む頭を抱え体を起こし部屋を出る。
デイトリアの「おはよう」という声に勇介はホッとして「おはよう」と返事を返した。しかし、疲れたように頭を抱えている勇介にデイトリアは怪訝な表情を浮かべる。
「どうした」
「ん、ああ。ちょっとね」
「あまり無理はするな」
そんなひと言がなんだか嬉しい。ここのところ会社に行っても仕事に集中出来ていないのは、やはり現状に対する危機感のせいもあるのだろう。
勇介は夢を思い出しペンダントを強く握りしめた。そこに玄関の呼び鈴が鳴る。
「はい」
勇介が扉を開けると、男が仏頂面で立っていた。色素のがやや薄い髪に背丈は勇介と同じ百八十センチほどか。
「あの?」
二十代前半といった男は勇介を軽く睨みつけると、ぐいと押しのけて中に入っていった。
「おい、待てよ!」
睨みを利かせただけで室内に入ろうとする男に声を荒らげる。
「どうした」
「デイ!」
男はデイトリアの姿を確認すると駆け寄って驚く彼の両肩を掴んだ。
「何故来た」
「なんで突然いなくなったりするんだ! オレがどれだけ探したと思ってる。今まで一緒に戦って来た仲間だろうっ!? この男のせいなのか? 新しい恋人って訳か」
一気にまくし立てて勇介を睨みつけた。デイトリアは眉を寄せ男を見上げると、肩を掴んでいる男の手をゆっくりと外す。
「何を誤解している。新しい恋人とはどういう意味だ」
「誤解? この状況を見て何が誤解なんだよ」
男の威勢に呆然と立ちつくしていた勇介だが、確かに見ようによっては同棲しているようにも見えなくもない。
しかし、どう考えてもこの男は普通じゃない。同性同士にそういう誤解をするものだろうか。
男はしれっとしているデイトリアに苛立ったのか、彼の腕を強く掴んで引き寄せた。
「オレという恋人がありながら!」
「えっ!?」
とんでもない発言に勇介は思わず小さく声を上げ慌てて口を塞ぐ。
この男はデイトリアに性別が無い事を知っていての発言なのだろうか。そうとも思えないが、そう思いたい。
デイトリアは男の言葉に眉間のしわを深くした。
「認めた覚えは無い」
デイトリアはその手を振り解こうとするが、男はがっちりと掴まえていて容易にはほどくことができない。
諦めたように短く溜息を吐くと、ゆっくり男の足下に視線を落とした。
「貴様」
その目には怒りが宿っている。さすがの男もこれには少々たじろいだ。
「靴くらい脱げんのか。掃除がどれだけ大変だと思っている」
ああ、そっちに意識が向くのね……。勇介はデイトリアの思考回路に苦笑いを浮かべた。
「掃除って──それじゃまるでこの家の掃除してるみたいじゃないか!」
いや、掃除してくれてるよ。
「もしかして家事一切をやってるんじゃないだろうな!」
気がついたらしてくれてるんだよね。
ついつい心の中で男の言葉に反応してしまうが、勇介は「一緒に戦ってきた仲間」という言葉を聞き逃さなかった。
どうやらこの男は魔物と戦って来た仲間らしい。しかし、その仲間が勇介の事を知らないのはどうしてだろう。
デイトリアは仕方がないというように溜息を吐いた。
「仕方ない説明してやる。それとも先に朝飯を食べるかね」
男はギロリとデイトリアを睨み付けた。デイトリアは「やれやれ」と肩をすくめて湯を沸かし始める。





