*掛け合い
「なあ」
「ん?」
「さっき四魔将とかいってたけど──」
「普通はそちらを先に聞くものだ」
今更な質問に眉を寄せる。
「う、ごめん」
だって性別の方が気になったんだから仕方ないじゃないかと苦笑いを返した。
「四魔将とは魔王に仕える四人の魔族の将軍の事だ」
デイトリアはそんな勇介を一瞥し、仕事をこなしながら答える。
「ひねりの無い呼び名だ」
「あはは」
そんな所にひねりとかいるのかな。しれっと発したデイトリアに苦笑いを浮かべる。彼は時々、無表情にそんな事を言い放つ。
勇介はどうにもデイは性格が掴めないなと頭をかく事がしばしばだ。
「これからどうなっていくんだ?」
勇介の言葉にデイトリアはキーボードを打つ手を止める。視線は宙を見つめ、瞳の奥に険しさを表した。
「目的は勇介だ。前回の攻撃で私に注意が向けられていれば良いのだが」
勇介はその言葉を聞き逃さなかった。
「ちょっとまてよ。じゃあこないだのは、わざとあんな戦い方をしたっていうのか?」
声を荒らげた勇介にデイトリアは驚いた様子でやや目を丸くした。
「最も確実な方法を取っただけだ」
「でも自分を盾にするなんて!」
そのとき、勇介はエルミの言葉を思い出した。
──あの人はきっとユウのために己の身を盾にすらしてくれるから──
それはこういう意味なのか!?
「誰でも同じ事をする。十年の間を守り抜くというのは並大抵の事ではない」
今の仕事も抱えている仕事が終わればやめるつもりでマンションも引き払うと聞いた勇介は首をかしげた。
「え? なんで」
確かに、魔物がいつ襲ってくるか解らない状態だけど、デイトリアの仕事なら続けてもいいんじゃないかと思うのにどうしてだろうか。
「年を取らないという疑問が相手に持ち上がる前に身を引く事が重要なのだ」
「それって──」
二十五か二十六歳くらいだと思っていたけど違うのか? デイは一体、何歳なんだ? いや、それよりもデイはそれを続けて来たのか?
人間をずっと守り続けているのに、それを誰にも知られずにいて、そして黙って仲良くなった人たちの前から消えていってしまうのか?
「それでデイは平気なの? すっぱりと断ち切れるものなのか?」
その問いかけに、デイトリアの赤い瞳が少し陰ったように見えた。勇介にはそう見えただけかもしれないが、変わらない表情にその目だけが少しの憂いを帯びているように感じられた。
「知り合ったという記憶が消える事はない。相手が忘れ去り、死を迎えたとしても──」
私の記憶は消える事はない。私の存在など確固たるものでなくても構わないのだよ。
「でも──っ」
応えようとした刹那、デイトリアの顔が険しくなっている事に気がついて声を詰まらせた。
その途端、部屋にただならぬ気配が漂い、見覚えのある姿がデイトリアの背後に現れて勇介は息を呑んだ。
「……ルーイン」
ゾッとする笑みを浮かべて立っている。
「覚えていてくれたか、我らが王よ」
覚えたくなくても消し去る事のできない冷たい瞳は、見ているだけで冷や汗が流れた。
「そいつが今の護り手か。ふ……ん。なかなか隙の無い奴だな」
「ルーインか。代理があまり魔界を抜け出すものではない」
上半身だけをひねり男を見上げる。さすがの余裕とも言いたいが、余裕をかましているだけかもしれない。
「ちょっと新しい護り手を見たかったのさ。なるほどね、確かに美しい。皆が騒ぐ訳だ」
見定めるような視線がデイトリアを見下ろした。深淵に沈む緑の瞳には殺意が見て取れる。
二人の間には激しい精神のやり取りがあるのかもしれないが、勇介がそれ知る術はない。
「噂になっているのか」
「もう大人気」
薄笑いで肩をすくめる。
よくもまあこの二人は白々しい言葉を交わせるもんだと勇介は怯えながらも呆れていた。
「四魔将がおまえさんを捕まえて囲いたいって言うくらいさぁ、人間にしては美人びじん」
「えっ!?」
囲いたいという言葉にも驚いた勇介だが、魔物たちがデイトリアは人間だと思っている事にも驚いた。
「四魔将も俗物だな」
白々しさがあからさまな二人の会話に勇介は開いた口がふさがらなかった。
どっちもどっちだよ、ほんと……。





