フォロワーさんと付き合ってみた その1
※これはツイッターのフォロワーさんとのらぶらぶな姿を妄想したものであり、本人さんとは一切関係がありません。そして大した内容でもないので過度な期待はなしで、お茶請けの菓子とでも思っていてください。妄想ですから。
付き合いたいフォロワーさんとの妄想 その1 ~甘楽×ふれあ~
どうやら外では雨が降り注いでいるようで、一向にやむ気配もない。それがどうしたといわれれば特にどうしようと思うことではないのだが、事実、室内にいた青年は布団の中で寝転がりながらも働きに行った同棲相手のことを心配せずにはいられなかった。今朝の早い時間には微塵も雨粒など見られなかったがうとうとしているうちに天気が変わってしまったのだろう。壁にかけた古風な発条仕掛けの鳩時計が、あと15度ほど長針をずらせば8時を示す時間。ブンッと耳障りな音と共に映った目覚ましテレビには、占いの結果が出ている。彼の牡羊座は10位というなんとも形容しがたい位置に放り棄てられており、ラッキーアイテムがゆで卵と明示されていてもまるでラッキーになれそうもなかった。そもそも幸運とはどういう定義で幸運と呼べるのか、彼には皆目見当もつかない。だからこそ青年は首を傾げながらのっそり起き上がった。
ちなみに、彼女の星座は知らない。
「……まぁ、やっぱり。付き合ってたら、迎えに行くものだもんね。よし」
適当にそして乱雑に、そこらへんに置いてあった藍色のジーンズとやけに幼いペイント柄のシャツを着て、ついでに空色のパーカーを羽織ってから玄関を蹴飛ばす。ぱき、と少し嫌な音が鳴ったのは気のせいだろう。長い傘を一本と折りたたみ傘を一本ずつ、鍵をかけたら手に歩き出す。瞬間流れてきたのは、久しぶりの雨の匂い。早春のそれは東京の空気を幾らか自然のものに近づけているようで、それでも人工臭さは抜けきらない。中途半端に中途半端を重ねた、再現された天然。
裸足に靴を履いてきたのもあってかぽかぽとやや情けない音をあげながら、傘をさしてすれ違う出勤サラリーマンを片目に青年は道を歩いた。灰色の空からは途切れることなく粒が下りてきて自動車がアスファルトを駆けるサァーッという音と示し合わせるかのように傘を叩く。濡れてしまうのを嫌がる彼女には申し訳ないが、今日のは最近の中でもやや大降りのようだった。帰ったときのためにご機嫌取りとしてプリンを買っていこうと考える。
考えながら、歩みは進んでいく。
「そういえば……もう結構経つのかな」
ちょうど告白した日に建設中だったマンションが完成しているのを見上げて、信号待ちの暇を潰した。彼らの住む都内でも有数の高さと高級さを誇る優良物件である。家賃はとても払えたものではないため、住むのは夢のまた夢だろう。
中央公園で初めて手を繋いで帰ってきたときより人の出入りが多くなったこのマンションにいつか住みたいと思いながら、青年は自宅でできるプログラミングの仕事をしている。もっともそれを実現するには未だ時間がかかりそうで、彼はふっと小さく息を吐いた。白い靄が現れて、すぐに消えていく。
寒い、と、少しだけ思う。
信号を渡り左に曲がってから、大通りをまっすぐ進んだ。音楽をかけることもなく、無言のまま、ただひたすらに、愚直でいて清々しいほどに、足を交互に前へ出しては進んでいく。草木の香りはとっくに慣れたものとなっていた。靴にやや染みてくる水には少し気分を損ねたが、彼はなるべく気にしないようにしながら運動を続ける。否、気にしても意味がない。ここまで来てしまった以上、後には引けない。後には引けないし、後には引かない。引く気も今は、勿論ない。
次の交差点で右に曲がると、目的地はすぐ傍に見つかった。
「……おぉ」
「やっほ、来てくれると思ってたよ」
「ああ、うん。行ってあげるつもりだったから、ね」
「そう?布団で寝転がってたかったんじゃないの?」
「否定はしないけど、肯定はできないかなぁ」
「そう。……いい子だね」
「うん、君の前ではね」
くつくつと笑いながら、彼女はコンビニの軒下から空を見上げた。久しぶりの曇天に少し感心しているのか、しきりに「よく降るねぇ」などと呟いている。青年は、一度は帰ろうと試したらしき彼女の濡れたブラウスに少し目をやってから、視線をついっとわざとらしく逸らした。
いや、別段意味があったわけではないのだ。今の行動には。
たとえ仮に雨水によってブラウスが肌に密着した結果、その下に纏っている黒い何かがぼんやりと見えたからと言って、それは何がしかの意味も効果も彼には持ち合わせていないはずなのだ。彼は彼自身を英国よりも誉高い紳士としており、紳士であればその程度、女性の服の下に重ねられる防寒具などというものに何の情も抱かないのは、絶対的かつ明確な事実だと認識しているのであるから。
ゆえに、鼻がむず痒くなってきたのも、おそらく寒さからくる何かなのだろう。
「ふれあん、今日はかなり降ってるね」
「どうやらぼくの雨乞いが功を成したようだ」
「お前のせいかよ!」
「嘘だよ。きっと甘楽くんの透けブラを見たかった誰かの雨乞いのせいだよ」
「やっぱお前じゃんか!」
「違うよ、心外だなぁ……ほら、ぼくだって濡れたくはないけど、傘を持ってきたんだよ」
「ありがたいけど、鼻から赤い汁垂れてて説得力5のゴミですね」
「ナッパの雨乞いの可能性も」
「それは無い」
じゃれ合いながらも手渡した大きな傘の代わりに、ふれあと呼ばれた男は持参した折りたたみ傘を開く。ぎちぎちと不吉で歪な悪魔の音が聞こえたと同時に、それは骨から開いて、布を分離して飛ばしていった。ばきばきと強烈に不快で不気味に愉快なコーラスを流し、骨も二か三本分離し落ちていくというほどの寂、いや、錆びを見せた。必然的に、折りたたみ傘だったそれは今や金属の装飾がついた立派な廃棄品、厨二御用達の愛剣・オンリーボーンアンブレラ(攻撃力5)へと変わったのだ。
「……」
「……あ、なに。もしかして、傘を飛ばす装置でも持ってきちゃった?」
「そんなものに何の価値があるかわからないし、そもそもぼくは改造技術なんて持ち合わせてないんだけど」
「ははは!そりゃそうだね!」
「うぅ……甘楽くん」
「なぁに、ふれあん」
「……傘に入れてください」
くつくつ。
耐えるような笑いを重ねられた男は、しょんぼりしながらも彼女を見た。
「いいよ、ほら。……おいで?」
「……はい」
ぴっとりと寄り添って、二人で雨の中を歩き出す。
触れている左肩に甘楽は上機嫌になり、擦れている右肩にふれあは少し照れて俯きながら、それでも歩いていく。
相合傘なんて久しぶりで、彼は恥ずかしがった。でも、彼女の隣にくっついているという事実は決して嫌ではなく、否定するのもばからしいほどにプラスの感情を胸の内に起こさせる。嬉しくて嬉しくて、顔が思わず熱くなって、それを隠すために俯いて。見つかってしまったら、またこの相方はにやにや笑ってちょっかいを出してくるのは分かっているのだ。
分かっている。そう、分かっているのだ。
バカップルにうってつけのシチュエーションであり、本来ならそんなことはあまり望まないし望めない。
―――簡単に、ヒトは素直にはなれないのだ。
「ん、ふれあんもリンゴのマネがうまくなったねぇ」
「!!」
ばれていた。
もはや見てもいないのに、容易に見透かされていた。
「ば、ばかめ!これはだな!足元に罠がないかどうか見ているだけだ!」
「おぉう、そうなのか」
「そうだ!メガネを忘れてきたから見えなくて、少し力んで顔が赤くなっているだけなのだ!」
「へぇー。そっかぁー。ふぅーん」
「だから……その……」
「うん」
「ごめんなさいめちゃくちゃ嬉しいです!!」
「ははっ」
諦めて、否応なしに、致し方なく顔を戻した。未だに熱い、というか、先より熱い。
雨はまだ降り続いており寒さは全く変わらなかった。触れた右肩だけがやけに温かく、隣にいる存在に少しだけ不満を持ちながら、横顔を見た。
「……私も、ちょっとこれ、嬉しいんだわ」
―――リンゴのマネをしていて、ほんのちょっと、驚いた。
「お、……、おぉう」
「柄じゃねーね、このシチュエーションはね」
「あ、そう?じゃあ濡れて帰る?」
「えっ!いや、ふれあん迎えに来てくれたんでしょ?」
「風邪をひいた彼女をねっとりと看病するのも男の夢です」
「普通に傍にいてよ!!」
「うん」
「!?」
「傍にいるよ」
「お、……、おぉう」
「はっはっはー」
やり返した気分がとても良いのは、きっと雨が小降りになってきたせいもあるんだろう。
遠くに晴れ間が垣間見えるが、虹なんてかからない。
でも、そこで見た景色は、何とはなしに綺麗だった。
「お風呂一緒に入る?」
「えっ遠慮しときます!!」
「嘘だよーん!やーい思春期ー!」
「……吹っ飛べ」
こういうシチュエーションが実は割と好きだったり。楽しく書けました。BGMがずっとトゥルティンアンテナだったのはどうしてなんだろう…。
執筆時間:約1時間30分