桃色の反逆者
こんにちは、赤依です。
告白という一大イベントを迎えてから数日、明日香は問い詰められていた。裁判官の態度はやけに大きく、対応に困っていた。
告白という一大イベントを終えてから数日、渡は識者に話を聞いていた。識者の言葉は渡の考えを固めるには実に有効であった。
……そんなお話です。
では、後書きにて。
夏も終盤に差し掛かっていた。
あの肌を突き刺すような熱線も、今では気にならないくらいに落ち着いた。長期の夏季休暇を利用した帰省団体により高速道路はどこも溢れ、ニュースで話題になる頃にはそれぞれが自分の仕事を思い出すことになる。
「被告人、上浦明日香」
「……はい」
そろそろ配属先の研究室を決定する時期であるが、暑さで忘れたかのように明日香たちは平常運転だった。ここ、ファストフード店も夏の終盤には空席を簡単に見つけることができる。
「君は『桃色反逆罪』の罪に問われている。弁明は?」
「……桃? 何、その罪は?」
桃色反逆罪。それは仲の良い女性たちが交わす盟約だと、夕は明日香に言って聞かせた。明日香への糾弾は続く。実来は優しい笑顔で歩み寄った。
「まぁ、名称なんてどうでもいいんだよ、どうでも。ただ最近、明日香は変わったな~……と、思ってさ。花帆だって、白い布を前歯が抜けるんじゃないかってくらいに噛んでたよ」
「誇張表現は止しなさい」
「……?」
簡単にまとめると、『アンタ、彼氏できたでしょ?』と詰め寄られている。夕はこれを茶化して『桃色反逆罪』と言ってるのである。
「……裁判長、質問があります」
「なんだ、被告人」
変な人と思われないように、明日香は自身の顔の高さまで挙手した。夕は顎を天に向け、偉そうな態度だけをとっている。
「どうして私に彼氏が出来たと……なぜそう考えたのですか?」
「忘れたとは言わせない!」
夕の顎が急降下する。明日香は後ずさったが、車輪が回っただけで床との摩擦音は聞こえなかった。
「明日香、この前私たちとメールで連絡取ったこと覚えてる? 竹下さんのこと、なんて書いてた?」
「メール? 竹下さんは竹下さんでしょ」
そう言って、明日香は送信ボックスを漁った。最新のメールから一通ずつ過去へ遡り、夕たちとのやりとりを思い出す。
「…………あ」
やってしまった。一通だけ、『渡さん』と書いたメールを見つけてしまった。
「弁明を聞こう」
夕裁判長の態度はデカかった。
「……ありません」
「「「おめでとう、明日香!!」」」
そこから数分間、明日香は周囲の視線を耐えるのに精一杯だった。夕は有罪となった明日香の肩を大きく叩き、花帆はどこか遠くを見つめ、実来は笑顔で明日香を祝った。皆、ここが公衆だとは忘れていた。
『おい、渡。聞こえてるか?』
「え?」
『なんだよ、聞いてなかったのか?』
「悪い、なんだっけ?」
行広は、夏季休暇の最後に出かける計画を持ち掛けるため、まずは渡へと連絡を入れた。行広は何気ないコミュニケーションの一環として明日香との仲を聞いたが、名前を聞いた瞬間に赤面した。最も、電話で視覚を伝えることは不可能だ。
『だから……。どうなんだよ、車いすの子との仲は』
「どうって……、別に」
恋人になりましたと言うだけなら簡単だ。しかし、気恥ずかしさが邪魔をして上手く言葉にできない。
『好きなんだろ? お前から聞く限りじゃぁ、告白、成功しそうなんだけどなぁ』
「いや、その必要はもう……」
『え、なに、もう告白したの?』
行広は渡と違い女性をコロコロと変える。そんな行広を羨ましく思ったこともあり、自分に彼女ができたら自慢してやろうとまで考えていた。だが、渡は嬉々として言えなかった。心のどこかで、言ってはならないと自制している部分がある。その理由は自ら知っていた。
「まぁ……な」
『ほ~、やるじゃん。それで、結果は?』
「……成功」
『良かったじゃんか。大切にしろよ~、これから大変だぞ~?』
そう、まさにそこである。決して後先を考えなかった訳ではないが、明日香は車いすが必須である。明日香自身も、この事は気にしている。たとえ彼氏である渡からも、明日香はきっと言われたくはないだろう、と。
「お、おう。頑張るよ」
『……嬉しそうじゃないな』
「いや、嬉しいよ」
『まさか告白しておいて……』
「そんなんじゃない! ……ただ、どうしたらいいのか分からなくて」
渡の語尾は沈んでいく。対して行広は常に明るい。
『まずは慣れるんだ。渡、お前を見てると空回りして失敗しそうだから言っとくが、焦るな。会え、そして良く話せ。渡や明日香さん……だっけ? 二人がどんな想像してるか知らないけど、お前のゆっくりとした努力で、いくらでも幸せになれる……そんな気がする。話しにくいなら、また海にでも行って雰囲気を作ればいいじゃん』
「行広……」
『なんだ?』
「いや、なんでもない。アドバイスありがとう」
『気にすんなよ』
「あのさ、前から気になってたんだけど……。どうして行広は彼女作らないの?」
『……余計なお世話だ、バーーーカ!』
電話を切られた渡は、スマートフォンに微笑んだ。
「……頑張るぞ」
文面も思いついていないのに、自然と新規メールを作成する画面まで選択していた。行広のアドバイスにもあったが、まずは明日香と話すことが重要だと、渡は考えた。
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<Time> 20XX/08/29 22:30:23
<From> 竹下渡
<To> 上浦明日香
<Subject> 明後日の予定
<Text> 0.1 Kbyte
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明後日の都合を教えてくれる?
少し話があるんだ。
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事の重大さに比べて薄い文面ではあるが、誘う段階から文字を長く連ねる必要はない。そう今は、とにかく明日香と考えをまとめることに集中するべきなのだ。
「あれ? 行広に海で告白したって言ったかな?」
首を少し傾げながら、渡は送信ボタンをタップした。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の更新で十五部目を迎えました。そろそろ着地点を考えないといけない頃だと考えています。下手をすると、次回更新分が最終話となる…………かもしれません。飛び上がってから着地点を探すミサイルとか怖くて飛ばせませんね。それでも、飛ばしたからには落として見せます。頑張って、きれいに。
では、次回まで。