感情は波だから
こんにちは、赤依 苺です。
告白シーン:「おまたせ」
追記(2014年2月25日):1,200PVアクセス、400ユニークを超えました。これからも続けていきます。
数えきれない程の信号機を二人は見てきた。明日香がバイクの乗り心地に少し慣れた頃になると、周囲の景色は数十分前の記憶とは重ならなくなった。
無意識にサイドミラーを確認しても、この照り付けでは反射した光に阻まれて渡の顔を確認することはできない。
視界に緑が増えてくると、渡のバイクは速度を少し緩めるようになった。強く打ち付けていた風も、ヘルメットの隙間から潮の香りを届けてくれる。明日香はサイドミラーから視線を外し、海の存在を確かめるように周囲を見渡した。すると、緑の中に白く眩しい光が見えた。まだまだ到着する距離ではないため、葉の隙間から様々な形となって明日香の視覚を刺激する。時折、渡も海が見えたのか、最小限の首の動きで明日香と同じ方向をちらりと見るのであった。
いつしか太陽は真上に昇り、影という影が、まるで砂に埋もれたかのように消え去った。
「最後にこの景色を見たのは、何年前だろう……」
ヘルメットと外気温、そしてこの潮風によって崩れた髪を整えることを忘れ、明日香は目の前の海に釘付けになる。
「初めてじゃないんだな、海」
「うん。足が悪くなる前に、家族で一度だけ海水浴に出かけたことがあってね……。その時は私の足がまだ動いてたから、『しょっぱい! しょっぱい!』って言いながらバタ足とか、浅い所で水しぶきを上げながら走り回ってたかな」
「…………懐かしい?」
「…………寂しい、かな」
無意識だったのだろう。明日香は自らの足へと伸ばそうとした手を勢いよく引っ込めた。不自然な動作に渡は明日香を見たが、弱く握られた拳にどれだけ大きな悔しさが込められているかは、渡には推し測れなかった。
「まだまだ明るい。気が済むまでここに居よう、移動手段だってあるしな」
「ありがとう…………わ、渡……」
「お、おう……」
本当は恥ずかしさのあまり、今すぐにでもバイクを降りて走りだしたい気分の渡だが、頭のどこかでこの恥ずかしさを噛みしめていたいという気持ちもあった。
「もう少し近くに行くか? ……あ、あ~…………」
「……私の名前は?」
小さな笑みが互いから零れる。
「……明日香」
『明日香』。渡にとって、メールの末尾に礼儀正しく記されたその名前は、特別となっていた。決して忘れることはない、特別な名前である。
「明日香」
「え、何?」
「き、聞いてほしいことがある……んだ」
緊張で喉が絞まる感覚。意識は全て明日香へと集中し、真夏の日差しも、静かに打ち寄せる波音も、渡は感じることができなかった。
「実は私も、渡に言いたいことがあったんだ……」
「え? そ、そうなの? じゃぁ、先に聞くよ。どうしたの?」
バイクが揺れる。首を回せば交わる視線を、明日香は身体を渡へと向けてから見つめた。
「あのね…………、今日は海に連れてきてくれてありがとう。こんな身体になってから、どこか遠い場所に出かけることは諦めてたけど、渡が連れてきてくれた。こんな面倒臭いヤツなんかのために、バイクまで運転してくれた。……もう、十分だよ」
レザーシート上の明日香の拳が震える。
「渡が言いたいこと、なんとなく分かる。だから、言わないで。明日でもだめ。明後日もだめ。この足は絶対に渡を不幸にするから……」
「付き合ってくれ!」
世の中にはタイミングというものがある。逃せば二度と手に入らない、チャンスというものだ。しかし、人はチャンスを生かせず沈む場合が多々ある。あるいは、チャンスを生かすことを考えず、思考回路にただただ従う者もいる。
「付き合ってくれっ!! これは本気だ!」
「…………私の話を聞いてた? 私は足が悪いから、渡が思うような一緒に手を繋いで歩くとか! 今日みたいに遠くに出かけるとか! 普通のことが出来ないのっ!!」
「あぁ、知ってるよ。だから今日はバイクを回したんだ。オレがどれだけ明日香と一緒に海まで来れたことが嬉しかったか、考えてないだろ!」
「こんな女、連れまわしたって面倒臭いだけじゃない! 何考えてるの!?」
「お前のことしか考えてねぇよ!! 嫌ならオレを突き飛ばせ! そうしたら、何もかも忘れて無事に明日香を家まで届けたら今日は終わりだ!!」
「もう…………もうっ!」
今、地面は都会のアスファルトとは代わって砂一色。たとえ突き飛ばされてバイクから落ちても、怪我をする方がどうかしている状況。身体の一部に力が入らない故に、明日香は腕を死ぬ気で渡へ押し付けた。渡の姿勢は崩れないが、明日香から聞こえてくる悔しそうな声に、どこか涙が混ざりはじめた。
「なんでよ……なんでなのよ! なんで……」
「………………」
明日香の肘は曲がり、上半身が静かに渡へ倒れてきた。聞こえてくるのは、いつしか涙だけとなっていた。
埋もれていた影が姿を再び現した頃、明日香も渡も、波音を感じるようになっていた。
「嫌いなわけ……ないじゃん」
「別の表現で聞きたいな」
お互いに海を見ながらレザーシートに座り、この炎天下の中で渡の手だけが焼かれていく。
「……好き……です」
「オレもだ」
「……まさか、こんな関係になるとはね。私、自分のことなのに驚いちゃった」
「オレもだ」
「渡の運転になっちゃうけど、また色々な場所に出かけたいね。そう、思わない?」
「オレもだ」
「…………緊張してる?」
「…………はい」
潮風が二人を撫でた。明日香が髪を気にし始めたことに気づいた渡は、ヘルメットの準備を始めた。
「明日香、そろそろ帰るか?」
「あと五分」
そこから五分間、二人の影によって砂浜にはアーチが刻まれたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
どうでしたでしょうか? 告白シーンという、自身の中での未体験ゾーンを書きました。こちらも経験したことのない女性からの告白を一身に受ける渡くんに、火の点いた導火線を渡そうと思いました。読まれた方が恥ずかしくなってくれたならば、こちらとしては書いた甲斐があります。
では、次回更新にて。