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影のような心

作者: 銃詩

『影のような心』


うだるような暑さが全身を纏い、思わず小さなため息が出る。

木々の隙間から眩しい日差しが突き刺さり、不快な思いを隠しきれない。

鋭く、とがったような印象を受けるその光の眩しさにそっと目を細めた。


鋭い視線のような日差しを持った太陽が一番輝く季節、そんな夏が昔から大嫌いだった。

足元から伸びている黒い影を睨みつけてため息を吐く。

僕は今日も、この世界に存在しているのだと言われているようで、薄く吐き気がする。


全身を包むうだるような暑さにいらいらとして奥歯をぎりり、と強く噛んで耐える。

あぁ、眩しい。

眩し過ぎてぎゅっと目をつむることでやっと安心を得る。

だけど、そうやって目をつむったまま一生生きていけるわけでもないのでも仕方がない、と小さく諦めて目を開ける。

世界はとても輝いていて、美しくて、そして残酷だ。


その残酷さが一番輝く季節、それが夏だと僕は思っている。


そして先ほども言った通り、そんな夏が僕は大嫌いだった。

全身を包む暑さは耐えられるが、何よりもこの日差しの強さにうんざりとする。


いつまでも木陰で涼んでいたいけれど、ここから動かずに生を終えることも出来ないので、仕方ない、と諦めてそっとその場所から離れる。

ふ、と後ろを振り返るとはっきりとした、黒い僕の影が地面に焼きついている。

僕がこの世界に存在しているという、確かな証。


影というものはとてもやっかいで、光が強ければ強いほどその存在が強く強調される。

大きな影に隠れてしまえば、その形はその中に紛れてしまい本当に存在していたのかどうかすら危うくなるくせに、一つの個体となって離れてしまえばはっきりとその存在を主張してくるのだから、どうしようもない。


そして、夏と言う季節は、その影の色が一番濃くなる季節だ。

地面に焼きついた黒が僕の心までも真黒に染め上げていくというのに、周囲の人間はその日差しを存分に吸収しきらきらと輝いていく。

間違い探しは簡単だ。

周囲と違うものに指をさして これが違う と言ってしまえばゲームは成立する。

夏と言う季節の中で黒く染まりゆく僕と白く輝きを増していく人々。


あたりを見渡せばそこかしこに輝きが溢れていて眩しさに目を細める。

世界はこんなにも輝いていて美しい。


だけど僕はそんな輝きよりも、自分の影の方が気になるのだから仕方がない。


昔から僕はとても自己中心的で、世界は常に自分を軸に回っていた。

世界の中心はいつも自分だと思い込んでいたのだ。

だけど、今はとてもそうは思えない。


夏、という季節になると今も思い出すあの罪悪感がいつまでたっても忘れられない。


少し、昔話になるけれど聞いてもらえたらとても嬉しい。

この話を聞けばどうして僕がこんなにも自分の影に対して執着しているのかきっと君にも理解してもらえるだろう。


あれは僕がまだ幼い、幼少時代の頃だった。

あの頃の僕は世界に溢れる輝きの一つ一つに興味を惹かれ、常に口角は上を向いている、笑顔溢れる子供だったと記憶している。

あのときまでは。


ある日のことだった。

いつものように近所の公園に行った時、僕より少しだけ年が上で、背の高い人たちが、一人の人を囲っていた。

その人は丸まってうずくまっているのに、周囲の人たちはその人を指差し、時には殴り、時にはその身体を蹴りつけて遊んでいた。

そう、遠目からみてもわかるその無邪気な笑顔は僕の友達が玩具を使って楽しそうに人形遊びをしている表情と何も変わらなかったのだ。


ただ違っていたのは、その玩具が人形か、人間か、その一点だけだった。

僕は、初めて見るその光景に思わず立ちすくみ、そして近寄ることもできないままじ、っとその光景を見つめていた。


全身を、じっとりとした、うだるような暑さが包んでいたことを今でも覚えている。

そして僕は数時間にわたりその光景を見ていた。


何をするでもなく、ただ見ていた。

そしてその周囲の人たちはそのうちその玩具に飽きたのか、うずくまった人を置いて去ってしまった。

それでも僕はその場から動けずに、ずっとずっとそこに立っていた。

時間がたつのも忘れて立っていたせいか、いつの間にか日が暮れていたらしい。

何かが僕の中で弾けるような、そんな感覚が小さく全身を駆け巡るように走ったことをぼんやりと覚えている。

気がつくと、まるで吸い寄せられるように僕は無意識的にその人へと近づいていた。


先ほどまで彼らが遊んでいた玩具の元へと。


日によって伸びてしまっていた僕の影は、僕よりも先にその人の元へと辿り着いた。

そして、気配を感じたのかその人は、うずくまったままぎこちなくその手をこちら側へ伸ばしてきた。

そしてその手が丁度、僕の影へとかかる。


うずくまったまま顔を上げず、手だけをこちら側へ動かしてきたその人の手は、何かを必死に探しているようだった。

その姿はまるで、何かにすがっているようだった。

震える指先が丁度、僕の影の手の先と重なる。

その指先は確かに、誰かに助けてもらいたい、という明確な意思を持っていたと言うのに僕の影の手の先とその指先が重なったその瞬間、思わず僕は逃げ出してしまったのだ。


目をつむれば今でもはっきりと思いだせる、夕日によって地面へとはっきりと映し出された僕の影。

その色は残酷な程に真黒だった。


それから僕は、異様に己の影が怖くなった。

あの頃の僕が惹かれていた、世界に溢れる輝き全てが視線を帯びているように感じられ、光を見るたび咄嗟に足がすくんだ。

そうして成長していくうちに、自分を中心として世界が回る感覚よりも、何か大きなものの影に隠れ、存在がおぼろげになる事で得られる安心感の方が大切になってしまっていた。


だけど、夏はそれを許さない。

何かに隠れることでこの世界から存在を希薄にしようと試みる僕に対してあらゆる方向から邪魔をしてくる。

鋭い視線の様な日差しを持つ太陽が輝くこの季節は、あらゆる場面で僕の影を色濃く地面へと映しだし、僕がこの世界に存在することを証明する。


この季節になると多くの人々が太陽の日差しに心を躍らせ、その光を吸収して輝かしくなっていくのに、僕はとてもそうはなれない。

人々のように全身を日の日差しに浴びせたら最後、ぎらぎらと輝くこの夏の日差しは僕にとって鋭過ぎて、吸収するどころか全身串刺しになってしまうだろう。


遠くでみているだけならば美しいそれも、触れてしまえば僕にとっては毒にしかならない。

その証拠に、あたりを見渡せばそこかしこに輝きが溢れていて思わず、眩しさに目を細めてしまう。

世界はこんなにも輝いていて美しい。


だけど僕はそんな輝きよりも、自分の影の方が気になるのだから仕方がない。

日差しを吸収し、益々鋭くなる周囲の輝きとは正反対に、僕は己の影の黒さを吸収し、その心を真黒に染め上げて行く。

この影のように真黒な心の持ち主であるという事実を、鋭い夏は忘れさせないのだ。


以下はあとがきです。



















ここまで読んでいただきありがとうございました。

初めまして、銃詩と申します。


中途半端すぎた未完作品が書き終えられて良かったです。

この作品は『鋭い夏』というお題を見て、『夏と言えば日差し』、『日差しと言えば影』、『鋭いといえば視線』という安易な発想を混ぜて生まれたものです。


即興で未完になってしまった作品がまだ複数あるので少しずつこちらで書いていきたいと思っています。

それでは、また次回。

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