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追放された天空都市の主席魔導技師、崩れゆく都を捨てて地上で無双しますわ ~最後の残照を、私は買い叩かせていただきます~

作者: uta
掲載日:2026/09/19

「セレスティア・ヴェントラス。貴様の魔導理論は空論だ。我が天空都市を沈める気か」


評議会の間に、婚約者の声が朗々と響いた。


ライオネル・アエルスハイム。金髪碧眼の、見栄えだけは立派な男。


「技師長の職を剥奪し、都市から追放する。そして——お前との婚約も、この場で破棄する」


(ああ、やっぱりこうなったか)


私は静かに息を吐いた。


驚きはない。予測できていた。


私の仕事は、いつだって『予測』なのだから。


見上げれば、天空都市アエリスの評議会堂は今日も美しい。雲海の上に千年浮かび続ける都。その心臓——『浮遊核フロートコア』を、私はたった一人で守り続けてきた。


老朽化した核は、あと三年で臨界崩壊する。


だから私は提言した。市民の地上避難と、核の出力制限を。


その答えが、これだ。


「都市は永遠だ」


ライオネルが胸を張る。


「お前の陰気な数式より、私の言葉を市民は信じる。崩壊などという縁起の悪いデマで、貴族の資産を暴落させる気か」


彼の隣で、深紅の巻き髪の令嬢が扇の陰で嗤った。ヴィオレッタ・カスティール。都市の高級不動産を大量に抱える、資産防衛派の筆頭。


「崩壊するなんて数式、社交界で口にするだけで下品ですわ。陰気で華のない技師風情が」


(前世でも、上が現場の警告を握り潰すのは同じだったな)


遠い記憶が滲む。


前世の私は、現代日本のインフラ保守エンジニアだった。二十四時間体制の設備監視。誰にも感謝されない裏方仕事。劣化予測の警告を上に上げても、『コストがかかる』と黙殺され——最後は過労で倒れて、それきり。


(またサービス残業か、と言いたいところだけど——今世は、少し違う)


私は無言で立ち上がった。


喚かない。泣かない。すがらない。


ただ、懐から二つのものを取り出し、卓の上へ静かに置いた。


技師長の鍵。そして——自らの手で記した『核崩壊予測書』の写し。


「……何のつもりだ。その鍵と、その紙束は」


ライオネルが眉をひそめる。


「技師長の鍵。そして、私が記した『核崩壊予測書』の写しです」


私は淡々と告げた。怒りも憎しみもない、凪いだ声で。


「わかりました。では、後始末は皆様でどうぞ」


それが、かえって場を凍らせたらしい。


「な……喚かないのか。すがりもしないのか」


「喚いたところで、数式は一文字も変わりませんので」


ヴィオレッタの扇が、止まっていた。


私は踵を返しながら、肩越しに言い添えた。


「——ああ、一つだけ。核室の第七封印には、二度と触れないことです」


「……去り際に脅しか。愚かな女だ」


返事は待たなかった。


扉が閉まる音を背中に聞きながら、私は思う。


(さて。三年——いいえ、あなたたちの慢心なら、もっと早い)


私が救うのは、この石でできた都ではない。


人だ。


───────


地上は、久しぶりだった。


雲海を貫いて降下する魔導昇降機の窓から、緑と土の匂いが流れ込んでくる。石と魔力に閉ざされた天空都市とは、まるで違う世界。


だが感傷に浸る時間はない。


私には、やることがある。


昇降機を降りた辺境の地——そこで私を待っていたのは、二メートル近い巨躯の男だった。


浅黒い肌に古傷。逆立った鋼色の短髪。鋭い金の瞳が、値踏みするように私を見下ろす。


「空から落ちてくるのは、瓦礫か、死体か、税か」


無愛想な第一声だった。


「今日は、追放されたご令嬢ときたか。珍しい荷物だ」


(歓迎ムードゼロだな)


「セレスティア・ヴェントラスです。竜騎士団『残照騎士団』の団長、ガルデス・ドラクレア殿ですね」


「よく知っているな」


「あなたの団が、雲海に落下した天空都市の民を長年拾い続けている。それも——これが、その理由です」


私は一枚の書類を差し出した。『核崩壊予測書』。私が命を削って書いた、都市の余命の記録。


ガルデスの太い指が、それを受け取る。


彼のページをめくる手が、ふと止まった。


落下死亡者数の推移。年ごとの増加曲線。私が浮遊核の劣化から逆算して弾き出した、静かな死の予測。


「……これは」


金の瞳が揺れた。


「俺の団が、三十年拾ってきた死体の数と……ぴったり一致する」


沈黙が落ちた。


風が、彼の鞍に括りつけられた無数の木札を鳴らす。名もなき墓標。身元不明の落下者のために、彼が一つ一つ手彫りしたもの。


「お前は……ずっと、一人で計算していたのか」


大の男の声が、掠れた。


「俺が死体を数えていた三十年、お前は——生きて逃がす数を、数えていたんだな」


(ああ、こういう人か。無愛想で戦闘狂に見えて、その実、誰にも褒められず死者を拾い続けてきた男)


私は少しだけ、喉の奥が熱くなるのを感じた。前世から今まで、私の数字を『正しい』と認めてくれた人間は、ほとんどいなかったから。


「泣いていますか」


「泣いてなどいない」


即座に、彼は顔を背けた。


「別に、心配などしていない。ただ——有能な技師を、無駄死にさせるのが業腹なだけだ」


(照れ隠しが下手すぎる)


「ガルデス殿。あなたの三十年の記録が、私の予測書の裏付けになります。手を貸してください」


「何をする気だ」


私は雲海の彼方——遥か上空に浮かぶ、故郷の都を見上げた。


「都市を、救います。ただし——石ではなく、人を」


───────


辺境領主の館は、質素だが抜け目のない造りをしていた。


主のバルド・トレンフィスは、狐のように目を細めた恰幅の良い中年だった。磨き上げた禿頭を撫でながら、私の予測書を三度読み返す。


「空の都が落ちるなど、与太話にもほどがある」


「では、これはどうです。ガルデス殿」


「三十年分の落下記録だ。とくと見ろ」


ガルデスが卓に、分厚い記録を広げる。


バルドの細い目が、わずかに見開かれた。


「……予測書の曲線と、実測が一致しておる」


「あと数年で、天空都市アエリスは雲海へ沈みます。浮遊核は砕けて落下する。その破片は——地上のどんな鉱脈より純度の高い、希少魔力結晶です」


バルドの指が、机を叩き始めた。商人の計算の音だ。


「つまりお前さんは、崩壊前の今のうちに……落ちてくる魔導遺産の回収権を、格安で買い占めたい、と」


「ご明察です」


「これは……博打ではなく、確定した未来か」


彼はしばし唸り、それから豪快に笑った。


「気に入った。わしは信仰も名誉も食えん。食えるのは、正しい予測を先に買った者だけよ」


羽ペンが、契約書を走る。


(前世の私に見せてやりたい。警告を握り潰されたエンジニアが、今度は自分の予測を『資産』に変える日が来るなんて)


「だがセレスティア殿」


バルドが顔を上げた。


「回収権だけでは、お前さんは救われても、都の民は救われんぞ」


「——それは、もう手を打ってあります」


扉が開いた。


入ってきたのは、亜麻色の短髪にそばかすの少女。翠の瞳が、私を見た瞬間に潤む。


「師匠……!」


「ミル。無事だったのね」


ミル・ラティエ。私の下で学んだ技師見習い。下層区画出身の平民の娘。


「みんな、地上に降りられました。師匠が作ってくれた避難導線、ちゃんと機能しました……!」


バルドが眉を上げる。


「避難導線……?」


「追放される、ずっと前から」私は淡々と答えた。「私の警告を信じてくれた者たちだけを、密かに地上へ逃がす経路を作っていました。技師見習い、下層の職人——貴族が見向きもしない、けれど都市を実際に支えていた人々を」


ミルが涙を拭いながら、続ける。


「師匠の数式は、嘘をつきません。数字は、貴族みたいに人を裏切らないもの」


(この子の言葉には、いつも救われる)


バルドが感嘆の息を漏らした。


「なるほどのう。回収権で資金を得て、逃がした民を受け入れる。石を捨てて、人を拾う……見事な設計図だ」


私は窓の外、遥か上空の都を見上げた。


(さあ、あとは——あなたたちが、欲に負けるのを待つだけ。第七封印。それが慈悲でないことを、彼らはまだ知らない)


───────


天空都市アエリス、評議会堂。


セレスティアが去って、まだ数ヶ月。


ライオネル・アエルスハイムは、苛立っていた。


「不動産価値が下がっているだと?」


「はい。あの女が去ってから、市民の間に妙な噂が……『技師長が正しかったのではないか』と」


報告の書記官を、ライオネルは睨みつけた。


「馬鹿な。あんな陰気な数式を信じる者など——」


「あら、ライオネル様」


深紅の巻き髪を揺らして、ヴィオレッタが歩み寄った。


「簡単な話ですわ。核が『元気だ』と、皆に見せつければよろしいのよ。浮遊核の出力を上げて、都市を今まで以上に輝かせるの。そうすれば、資産価値もうなぎ登り」


「出力を、上げる……」


「核室に、まだ使われていない封印があると聞きましたわ。第七封印、でしたかしら」


ライオネルの脳裏に、あの女の去り際の言葉が蘇った。


——核室の第七封印には、二度と触れないことです。


「……あの女が、触れるなと言っていた」


「まあ」ヴィオレッタが扇の陰で嗤う。「それこそが証拠ですわ。触れられたら困る——つまり、そこに封じられているのは、彼女が独り占めしていた核の『真の力』。去り際の脅しで、私たちを遠ざけようとしたのですわ」


「……なるほど。あの女は最後まで、私たちを見下していた。ならば——その封印、私自身の手で解いてやろう」


愚かな男の目に、欲の光が灯った。


(そうして、彼らは触れた)


核室の最奥。第七封印。


それは本来、老朽化した浮遊核の負荷を『逃がす』ための、最後の安全弁だった。触れれば安全弁が解除され、核は制限なく全力稼働する。


——そして、耐えられずに砕ける。


封印が解かれた瞬間。


浮遊核が、これまでにない眩い光を放った。


「見ろ! 都市が輝いている! これが真の力だ!」


ライオネルが歓声を上げた、その直後。


光が、赤く濁った。


地鳴りが、千年の都を揺らした。


「な——なんだ、これは。光が、赤く……」


警報が鳴り響く。核室の魔力計が、見たこともない数値を刻み——臨界。


セレスティアの予測書に記された、たった一行。


『第七封印解除時——崩壊までの猶予、七日』


───────


崩壊は、予告どおりに始まった。


いや——予告よりも、美しく、無慈悲に。


地上から見上げる雲海の上で、千年浮かび続けた都が、ゆっくりと傾いでいく。


「師匠……! 都が、傾いていきます……!」


ミルが息を呑む。


私は、静かにそれを見つめていた。


(七日。避難導線を使えば、逃げる意思のある者は全員逃げ切れる時間)


私が第七封印に『触れるな』と告げたのは、慈悲ではなかった。


貴族たちが必ず欲に負けて触れる、と読み切っていた。


そして触れれば、崩壊は『予告どおり』のタイミングで早まる。


——避難を最優先にしつつ、逃げ遅れる無辜の民を最小にし、なおかつ加害者だけが逃げ場を失う。


そのギリギリの一点を、私は設計していた。


因果の罠。数式で編んだ、静かな断罪。


「ガルデス殿」


「ああ」


巨躯の竜騎士が、竜の手綱を握る。


「残照騎士団、全機出動。落ちてくる民を、一人残らず拾え」


「——三十年で、初めてだ」彼の金の瞳が濡れていた。「拾うのが、死体じゃなく……生きた人間なのは」


竜たちが、雲海へ舞い上がっていく。


避難導線から脱出した市民たちが、次々と受け止められていく。技師見習い、下層の職人、私の数字を信じた者たち。


その頃——傾いた都市から、一人の男が落ちていく。


ライオネル・アエルスハイム。


避難導線の存在も知らず、資産価値の維持に固執し、逃げ遅れた男。


落下しながら、彼はようやく——本当にようやく、気づいたのだという。


後にガルデスの団員が拾い、辛うじて息のあった彼が呟いた言葉。


「セレスティア……お前は、本当に……都市を、救おうとしていたのか」


(失ってから、気づく後悔。だが、遅い)


そして、ヴィオレッタ・カスティール。


彼女は最後まで、屋敷の権利証書を胸に抱えて逃げ惑ったという。避難導線の存在すら知らず、石の価値にすがりついたまま。


「何もかも……あの女が正しかったなんて、認めませんわ……!」


その往生際の悪い叫びは、雲海に呑まれて消えた。


(人を選んだ私と、石を選んだあなた。その差が、これです。石に執着した者は、石とともに沈む)


私は空を見上げた。


崩れゆく都市の残照が、雲海を赤く染めていた。


───────


崩壊の後。


落下してきた浮遊核の破片は、契約どおり、私たちの手で回収された。


希少魔力結晶。かつて千年の都を浮かべた力の残骸は、今——地上の新時代を動かすエネルギー源に変わる。


「師匠! 見てください、この結晶の純度……!」


ミルが、輝く破片を掲げて駆けてくる。


「師匠が三年、たった一人で守り続けたものが……今度は、みんなの未来になるんですね」


彼女の翠の瞳から、涙がこぼれた。


(この子の涙は、いつも私の代わりに流れる)


私は破片を回収する市民たちを見渡した。


避難導線で生き延びた者たち。天空都市では貴族に見下されていた、下層の職人や技師見習い。


彼らが今、この地上で——新しい何かの担い手になろうとしている。


「『墜ちた星の技師ギルド』。そう名付けましょう。石の都は沈んだ。でも、人が興す都には、名前が要る」


バルド・トレンフィスが、恰幅の良い体を揺らして笑った。


「見事なものだ。追放された令嬢が、地上に新たな都を興すとはな。わしの後ろ盾、たっぷり使うといい——利益は折半で頼むぞ」


(最後まで抜け目がない。でも、嫌いじゃない)


夕暮れ。


私は一人、丘の上に立って、雲海を見つめていた。


都市が消えた空。ただ、残照だけが赤く尾を引いている。


「未練はないのか」


背後から、低い声。ガルデスだ。


「お前の故郷だ」


私は、残照を見つめたまま答えた。


「永遠だと驕った都は、沈みました」


風が、私の銀灰色の髪を揺らす。


「——でも、人は残る。私が救うのは、石ではなく、人ですから」


しばしの沈黙。


それから、ガルデスがぼそりと言った。


「……お前は、変わった女だな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「別に、褒めてなど——」


「はいはい」


(照れ隠しは、もう聞き飽きました)


彼は決まり悪そうに鼻を鳴らし、それでも、私の隣を立ち去らなかった。


同じ人を救ってきた者同士。


三十年、死体を数え続けた男と、生きて逃がす数を数え続けた女。


言葉は、いらなかった。


——その時だった。


「師匠——!」


ミルが、血相を変えて丘を駆け上がってきた。


手には、回収した魔力結晶と接続した、簡易の探査魔導具。その針が、ありえない振れ方をしている。


「これ……変なんです。落ちてきた核の破片の底から……脈動が、検知されて」


「脈動?」


私は探査魔導具を覗き込んだ。


規則正しい、鼓動のようなリズム。


私の背筋を、冷たいものが走った。


(この波形は——浮遊核のもの。でも、アエリスの核は、砕けて死んだはず)


ならば、この鼓動は。


「まさか」


前世の記憶が、警鐘を鳴らす。


——冗長設計。


重要なインフラには、必ず予備がある。故障に備えた、二重の心臓。


「アエリスの核は……一つではなかった。千年前、都市を設計した者たちは——冗長化していた。第二の浮遊核を、どこかに」


ミルが息を呑む。


「じゃあ……もう一つ、天空都市があるってことですか?」


「あるいは、これから浮かぶ都市の、核が」


探査魔導具の針が、なおも脈打つ。


遥か遠く。雲海の、さらに向こう。


まだ稼働する『第二核』が、地上の私たちに呼びかけるように、鼓動を続けている。


「師匠……どうするんですか」


ミルが、不安と期待の入り混じった瞳で私を見上げた。


ガルデスが、無言で竜の手綱を握り直す。彼の鞍には、もう新しい墓標は括られていない。


バルドの声が、風に乗って聞こえた気がした。


——正しい予測を、先に買った者だけが、食える。


私は、静かに笑った。


(前世で握り潰された警告。今世で証明された予測。次の都市が沈む前に。今度は、最初から救ってみせる)


「決まっています」


私は、亜麻色の髪の少女に告げた。


「もう一度、数えるだけです。——今度は、逃がすためではなく」


残照が、ゆっくりと夜に溶けていく。


その闇の奥で、第二核の鼓動だけが、確かに、脈打ち続けていた。


墜ちた星の技師ギルド、始動。


物語は、まだ終わらない。

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