第9話 出してみよっか!
日曜日は俺にとって唯一の回復日だ。
アラームはかけず、昼過ぎまで惰眠を貪る。午後二時過ぎに一度体を起こして歯を磨き、適当にテレビを見ながらパンを食べる。そして連絡が来ていないか一応スマホを確認し、また寝る。
その後夕方に起き、冷蔵庫の中のものをチェックして買い物に行けば夕飯になりそうなものを適当に見繕い、家に帰ってきて、食べ、シャワーに入り、翌日からの仕事をチェックし、寝る。
この日があるから俺は月曜から土曜までみっちり仕事ができるってもんだ。そう、だから今日は昼まで寝ている──はずだった。
「センセ、デートしよ♡」
午前十時、古いアパートのあのキンとする呼鈴が鳴った。
一度は無視したものの、二度、三度、四度……俺が出てくるまで鳴り続けるであろうその音に苛立ち俺は玄関のドアを開けた。
そこにいたのは私服姿の鬼村だった。
わかってはいたが。
「嫌だね」
「ええ~せっかく気合入れたのに~、見て見て可愛くない?」
鬼村はそう言うとその場でくるりと回った。服装を見せたいんだろう。
何Lサイズだっていうくらいでかいパーカーを着て下に穿いている服は見えずワンピースのようになっており、いつも高い位置で一つに結んでいる長い髪は珍しく二つに分けて結われ、そして野球チームのロゴの入ったキャップを被っている。あといつもの派手な付け爪が今日はさらにゴテゴテしていた。
「その爪で生活できんの?」
「は? できるし。このネイルめっちゃ可愛くない? 昨日の夜やったんだ~」
そう言って見せてくる。長い爪の上に小さなキラキラとした石がいくつも載っている。どうやったらそういう爪になるのかは俺には永遠にわからんが、まあ器用だなとは思う。
「自分でできんの? すごいな」
「でしょ? めっちゃ上手くない?」
「ああ上手い上手い。じゃ、俺は寝るから」
「あー! ちょっとやだやだ! あたしとデートしよってば~!」
閉めようとしたドアを鬼村の手が掴む。思い切り力を入れて引っ張るも、ドアは一向に動かなかった。
「ぐ、ぎ、ぎっ……このっ、俺のっ、惰眠を邪魔するなっっ!!」
「やーだよー、お休みなんだから遊びたいじゃん」
「一人で遊べ!」
「つまんなーい」
「じゃあ友達いんだろ! 誘え!」
「センセーがいい」
「俺は良くない!」
必死な抵抗も空しく、ドアを閉めることは叶わなかった。俺は息を荒げ、そこにしゃがみ込む。
「くそっ……この、鬼っ……」
「ねーねーセンセ、あたし街の方に行ってみたいな~。おいしーケーキとか食べたり~、可愛い服見たりして♪」
「ひとりで行けよ……」
「デートだからさらに楽しいんじゃん♪」
「俺は楽しくねぇよ」
「ほんとに~??」
玄関のドアを開けたまま鬼村もしゃがみ、俺の顔を覗き込んで来た。俺はまだ眠い目を細めて睨み返す。
「でもさーセンセ、ほんとに今日お出かけしなくていいの?」
「なんでだよ」
「ほらほら、センセーいっつもスリッパ履いてんじゃん。上靴買わなきゃじゃないの? 河原も言ってたよ?」
「先生を付けなさい」
「河原センセー」
「お前、河原先生と話すことあんの? あの人二年の担当じゃないだろ」
河原先生は一年と三年担当の古典教師だ。二年と関わる機会はほとんどない。
「前にセンセーに準備室追い出された時に~河原が話しかけてきたよ。『桃間先生のどこが好きなの?』とか『桃間先生のこといろいろ教えてあげる』って言われたから、購買の焼きそばパンとメロンパン買わせて話聞いてあげた」
「話してもらう代わりにお前がパン買ったって話じゃなくて!?」
「え? なんであたしがそいつに買ってやらなきゃいけないの?」
「いや、そうだよな……買わなくていい……」
つーか、河原先生もパンで女子高生の時間を買収してんじゃねぇ。馬鹿なのか。
「センセーは仕事ばっかで、すっごくだらしなくって、未だに新しい上靴買いに行ってなくて、彼女いなくて寂しい人生送ってるって教えてくれた♪ あとお酒めちゃ弱だって♪」
「あの人生徒に言いふらすとかほんと最悪だな……」
「でも今彼女はあたしがいるじゃんね~」
「お前は彼女じゃねぇよ」
「んふふふー」
俺が膝に顔を埋めて項垂れていると、鬼村は楽しそうな声を上げていた。何が楽しいんだか。
「センセーに彼女いなくてよかった~」
「はあ? 嫌味かよ」
「だって勃起不全とか言ってたけど、それでも彼女いたらあたし全然勝ち目とかないじゃーん。相手を殺さない限り進展望めなくない?」
「発想が物騒なんだよ」
「でもそんなことしてセンセーに嫌われたくないしぃ、それに恋人に嫉妬して力でぶんどるって全然綺麗じゃないし」
「綺麗?」
「やっぱ正攻法でいくべきじゃん?」
「なんだよ正攻法って」
俺が顔を上げると、鬼村は膝を抱えてにんまりと笑っていた。
「あたしがちょー魅力的になって、センセーを惚れさせれば解決じゃん♡」
でしょー? と、小首をかしげて見せる。
俺は眉間に皺を寄せたままため息を吐いた。
「……玄関、入ってろ」
「えー?」
「外にいると、誰に見られるかわからん」
「うん?」
「着替えてくっからここにいろ」
よっこいせ、と立ち上がり中へと入っていく。背後で玄関扉の閉まる音がして、見れば鬼村はそこに立っていた。立たせたままは悪いだろうか、と一瞬思ったが、相手は俺よりも体力のある鬼だ。別にいいだろと放っておくことにした。
「センセーどれくらいかかるー?」
「十五分くらい」
「早すぎなーい?」
「男の準備なんてそんなもんでできるっつの」
「へー」
俺は歯を磨きながら鏡に映った自分の酷い顔を見つめた。長いこと目の下のクマは治っていない。さすがに出かけるならひげは剃るか。あー眼鏡向こうだ。
というかあいつと出かけて学校の誰かにバレたら普通に俺の人生終わるだろ。
と、思ったが。
正直ここ最近の『命を狙われてる』って状況の方が俺の教師生活よりも気にする点じゃね? と思うともう何もかもどうでもいい気もしてきた。
口に溜まった泡を吐く。
「……俺の人生、あいつのせいでめちゃくちゃだな」
***
俺の住んでいるアパートの裏手には空き地がある。入居当初、そのうち何か建つか駐車場にでもなるんだろうなーと思っていたが、未だに空き地のままだ。
その空き地に今、俺と鬼村はいる。
「それじゃセンセ、全部出してみよっか!」
「なあ、これもし他のひとに見られたら騒ぎになったりしないか?」
「だいじょぶだいじょぶ! 人間都合の良いものしか信じないから! すごーいこれが流行りのプロジェクションマッピング~? とか思うって!」
「もうそれ当たり前に使われ過ぎて流行りってほど流行ってるわけじゃねぇと思う」
俺は鬼村の指示に従い、煙草に火を点け煙を吐き出した。声に出さなくても召喚べることはこないだ襲われた時にわかった為、俺は頭で形をイメージしつつ犬・猿・雉を出す。
吐き出した煙が三つに分かれ、その場で形作っていく。無事に現れた三匹のお供に俺はほっとした。
『わー! ご主人! 今日は元気そうだね!』
犬は出てくるなり俺の周りをぐるぐる走り回り始めた。
「ああ、元気元気。こないだはごめんな、薄くて」
『気にしてないよー!』
ハッハッ、と息をする犬の頭を俺はわしわしと撫でてやった。
「その子たちが新しい子? 猿はこないだ出したって言ってたっけ?」
「ああ、犬みたいに喋るのかはわかんねーけど……」
犬とは違い、大人しくそこに留まっている猿と雉を見た。
猿は少し俯きがちに手先を弄っていて、雉は自分の羽を観察しているようだった。
「猿は、こないだ頑張ってくれてありがとな。最後は消されちまったけど……痛くなかったか?」
俺がしゃがんで問いかけると、猿はぱちぱちと瞬きをして俺を見上げた。
『……いいえ! わたし、とっても久しぶりに桃くんに呼んでもらって嬉しくて、張り切りすぎちゃった……ひ、引いてない!?』
「え? いや、全然引いてないけど……」
『ほんと!? よかったぁ~』
猿は両頬を押さえるように手を当て、何やらニコニコしている。
ってか今、桃くんって呼んだか?
桃太郎のことそうやって呼んでたのか。
「あとは、雉か。えーと……初めまして。さっそくで悪いんだけど、雉は何ができるんだ?」
向きを変えて俺が問いかけると、雉は首を動かしてじぃっと俺を見た。その見透かすような目に俺はたじろいでしまう。
……もしかして、俺が本当の主人じゃないってバレてる……?
「えーと、その、俺はだなぁ」
『桃様』
「へ? 桃様……?」
『アタクシ、この時をどれだけ待ち望んだことか。あの日貴方様と鬼の討伐を誓い、鬼ヶ島へと攻め行った時からこれは定められた運命だと思っておりました。さあ、鬼はもう脅威ではありません。今日は何と戦い、その地を治められるのですか? アタクシはどこまでもついて行きますゆえ! 偵察はこのキジに全てお任せください!』
「いやー……今日は別に戦う予定はないしできれば戦いたくないんだけど……」
なかなか濃い性格の奴が出てきたな。とはいえこいつは偵察ができるのか。敵が出ないか監視しといてもらうってのができるなら、俺にとってはかなり使い勝手が良さそうだけど……。
俺が次に何を言うか戸惑っていると、隣で見ていた鬼村が満面の笑みで話し始めた。
「へー、みんな全然性格違っておもしろ~。あたしはみき、鬼だけどよろしくね」
『『『!!??』』』
三匹は衝撃を受けたように固まり、鬼村を見ている。そりゃそうか、桃太郎は鬼退治に行ったってのに、ここで何事もなく鬼と一緒にいれば誰だってたまげるに決まってる。俺は苦笑いをしながら鬼村と三匹を見ていた。
『も、桃様、どういうことですの、この女……鬼と!』
『鬼はわたしたちみんなで倒したんじゃなかったの!?』
『あれ! このおねーちゃん前にも見たかも! ご主人のお友達!?』
「あたしはセンセーのお嫁さん候補で~す」
鬼村は顔の横でピースをしてさも当たり前のように俺の体へぴったり寄り添ってくる。
「いや違うっての!」
「んもーセンセーってば恥ずかしがっちゃって」
「だから違う!! つーかお嫁さんってなんだ! お前は子作りがしたいだけだろ!?」
「やだー、体目当てみたいな言い方やめてよ~」
「お前が言ったんだよ!!」
ひっついてくる鬼村を押し返そうとするも、やはりこいつの力には敵わない。俺は半分諦めてため息を吐いた。
「にしてもセンセーやったじゃん! この鳥さんは空から見ててくれるってことでしょ!?」
「まあ、そうだな。でもよくよく考えたら俺からはあっち側の世界が見えねえんだから、こいつらも敵と対峙するまでは何もできないんじゃ……」
「大丈夫っしょ! この子たちはもう肉体がないし今ここにいるのも煙が媒介になってるからで、魂だけの存在ならあっちとこっちどっちも視えるよ」
「そういうもんなのか?」
「ね、できるよね~」
鬼が確認するように聞くと、三匹は顔を見合わせて戸惑ったように口を開いた。
『あの……桃様はもしかして、
桃太郎様じゃないのですか?』
雉の問いに、今度は俺と鬼村が顔を見合わせた。




