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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
幕間③

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第60話 テスト前の昼下がり


「先生ー! テストの答えおーしえてー!!」


 俺の部屋の玄関先でそう叫ぶ狗谷木いぬやぎの顔を一目見てにっこり笑ってやると、俺は否応なく扉を閉めた──。



 ***


 今日はテスト前最後の日曜日。生徒たちもいよいよやばいと各々が勉強に励む中、まあ妖怪にはそう関係もないかと諦めていたのだが……昼を過ぎた今現在、狗谷木と鬼村は俺の部屋で教科書とノートを広げて呻き声を上げている。


「ねー先生ー、オレ答えだけ教えてもらいに来たんだけどー!」

「誰が教えるかよ馬鹿野郎。妖怪も自力で解け! テスト勉強をしろ!」

「ええ~、めんどくせぇ~。ってかテストで赤点回避しないと部活出れないんだって! 夏休みの最初二週間くらい補習!」

「当たり前だろ、勉強できねー奴は補習だよ」


 ──浅ましくもテストの解答なんてものを手に入れようとした狗谷木を当初は追い返したものの、うるさく玄関扉を叩き続ける為俺は仕方なくこいつを入れた。解答なんてもんはやれないがわかんねーところの質問には答えてやる、ただし俺の担当だけな、と言って。何がわからないかもわからない狗谷木には酷なのかもしれないが、俺はかなり優しいと思う。というか、こういうのは学校でやってくれよ。他の生徒はわざわざ昼休みに俺や他の先生方のところまで来るんだぞ。

 そして、今は何故か鬼村まで部屋に来ている。狗谷木が「一緒に桃間先生に勉強教えてもらお!」などと声を掛けたからだ。最初は誰かと電話をしていたようだったが、すぐに部屋へやってきた。友達と電話してたんならそのまま喋ってりゃいいものを。


「ねー美鬼ちゃん数学わかる~?」

「だめ、全然わかんない」

「お前ら……」


 こいつらの成績が壊滅的なのは知っている。いや、狗谷木の成績に関しては俺の担当している化学しか知らないが……まあ、予想はできていた。だが鬼村は本気でどうしようもないことを俺は知ってるからな。


「おい、鬼村は理解できてねぇのかやる気がねぇのかどっちなんだ」

「どっちも~」

「お前……」


 頭を抱えた。どうしたらこいつらをまあまあ点を取らせてちゃんと単位を与えることができるのか。と、いうか……。


「……お前らって、卒業までうちの高校にいるのか?」


 ふと浮かんできた疑問。それを投げかけると、鬼村と狗谷木は顔を見合わせた。


「美鬼ちゃんいつまで学校通うん?」

「えー、センセーがあたしをお嫁さんにしてくれるまで?」

「オレ的には嫌すぎるんだけど~、それってあと何年かかんの?」

「さあ?」


 その会話を聞き、俺はため息が出た。


「高校ってのは普通三年間で卒業するんだよ。お前らは二年生だから、あと一年と八ケ月くらい。まあ留年すりゃ少しは伸びるが……」

「なーなー、留年って何?」


 狗谷木の質問に「成績悪すぎたら来年もう一回二年生やるってことだよ」と教えてやる。狗谷木は「部活できる期間伸びるってこと!?」と何故かはしゃいでいた。大馬鹿ものめ。


「ねーセンセーが言ってたとこ全部わかんないんだけど~。てかテストって何? こっからここまで?」


 鬼村が教科書のページ数を指差したので「そうだよ」と俺は言ってやる。明日からテスト期間が始まるってのに今更テスト範囲を聞くなよ。


「はあー、んじゃセンセーの化学だけでもテストまでに全部覚えるかぁ~。教科書全部読んでおけば何とかなる系?」

「赤点は回避できるだろうな」

「えー、てか赤点って一個でも取ったら夏休み学校行く感じ?」

「そうだよ。科目ごとに補習あんだからよ」

「………」


 鬼村は嫌に真剣な表情をしたかと思うと、はっとしたように顔色を明るくさせた。


「ってことはさ! 逆に化学だけ赤点取れば夏休みセンセーと一緒にいられるってこと!?」

「馬鹿もん! そーゆーことじゃねぇんだよ!!」


 ぎりぎりと歯を食いしばる。

 その後は俺が何を言っても聞く耳を持たずに鬼村は化学以外の勉強をし始めた。勉強すること自体はいいんだけどよ……。狗谷木はというと、鬼村ほど身が入らずに教科書を眺めてはくるくるとペンを指先で回してみたり、だらだらとその辺に寝転がったりしている。


 テスト前の日曜に何故生徒が教師の家にやってきて好き勝手しているのかはなはだ疑問ではあるが──俺はそれを視界の端に収めながらも滅多にしない部屋の掃除をしたり買い漁った授業関係の資料を整理したりした。


 ──夕方頃になると、狗谷木は「もう疲れた帰る~」と教科書やノートを鞄にしまい始めた。静かに教科書のページを捲っていた鬼村も、気が付いたように片付け始める。そして狗谷木の後ろをついて玄関へと向かっていった。


「お前らー、ちゃんとテスト頑張れよー」


 俺がそいつらの背中にそう声をかけてやると、狗谷木は「へーい」と返事をした。だが鬼村はこちらを振り返って何も言わずにVサインするのみ。ほんとにわかってんのか?


「先生またねー!」


 狗谷木の声が響き渡ると、バタン、と扉が閉まった。

しばらく扉の向こうから声が聞こえていたものの、静かになって俺はやれやれと部屋へ戻ろうとする──が、突然背後で玄関扉が開いた。


「!?」


 そういや鍵を掛け忘れた、と思いつつも振り返るとそこにいたのは鬼村。わかっちゃいたが。


「な、なんだよ?」

「センセ! あたし、やっぱ化学も勉強するから!」

「は?」

「だからさ、赤点全部取らなかったら、あたしと海行ってくれる!?」


 ──海?

 わけがわからずに目を細める。何のことやら。


「海って……夏休みにか? 何か用事でもあんのかよ」

「すっごく大事な用事!」

「大事な用事?」


 首を傾げる。海の妖怪に会わなきゃいけないとかそういうのか? 海、海といえば……人魚とか、海坊主とか? 海坊主って実際どんなんだ。


「まあ、お前が勉強頑張るんなら一日くらい付き合ってやるのも難しくはねーけど……」

「ほんと!?」


 急にテンションが上がった鬼村に、俺は少し引いてしまう。なんだってんだよ。

 鬼村は何故だかにこにこと上機嫌で「ふふっ」と声を上げると、扉を閉めつつその隙間から俺に手を振った。


「あたし、可愛い水着買っとくから♪ 絶対ぜぇーったい、約束守ってよね?」


 ──バタン、と玄関扉がまた閉まる。

 俺はぽかんとしたままそこに立っていた。


「……水着?」


 海に『泳ぎに行く』という概念がすっぽ抜けていた俺は──鬼村の水着姿を思わず想像してしまい慌ててかき消した。


 ──俺はもう十年目を優に超える高校教師だ。

 生徒が勉学に励むのは大変喜ばしいし、赤点を危惧している奴がそれを回避できるのならば一緒になって喜んでやるのも悪くない。

 悪くない、がー……


「一個ぐらい赤点取ってもいいんだぞ……」


 教師にあるまじき発言をぼそりと呟き、今まさに壁の向こうで教科書と睨めっこをしているのであろう鬼村を応援したらいいのか邪魔をすればいいのかわからなくなったのだった──。

第三章完結です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

これよりしばしお休みをいただきまして、第四章開始は3/27(金)~となります。

※次回より『鬼さんコチラ、桃なる方へ!』の更新は毎週金土の18:00に変更します。


第四章もどうぞよろしくお願いします。

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