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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第三章 街の妖怪たち

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第59話 化け狐と妖力


「なんで、俺からお前が出てくるんだよ──!?」


 握り締められた鬼の手の中で俺は叫んだ。

 突如俺の口から吐き出された何かが鬼村の姿へと変わり、そこに立っている。わけがわからない。混乱する頭は痛みによってさらに思考を途切れさせた。


 鬼村のようなモノが、俺を見上げた。表情はよくわからない。というよりも、上手く形になっていないんだ。ただ、口元がにこりと笑ったのだけはわかった。


 鬼村が真横に右手を伸ばすと、手の先から先ほどの真っ赤な液体のようなものが飛び出て──大きな金棒となった。それを握ると鬼村は少し腰を落とし……力を入れて踏ん張るようにすると真上へと跳んだ。


「!!」


 鬼の顔の真正面まで跳び上がり、赤く黒ずんだ金棒が、あのでかい鬼の横っ面に激突した。鬼の顔はひしゃげ、そのおかげで手の力が緩んだ。


「っ、うわあああああっ!?」


 高い位置から急に落とされ、地面にぶつかる恐ろしさに目をぎゅっと瞑る──が、落ちて骨折なんてことにはならなかった。誰かに抱えられている感覚に驚き目を開けると、そこには鬼村のようなモノがいた。


「なっ……!」


 うっすらと形のわかる顔。例えるならば、まだ掘り始めたばかりの彫刻のようなものだ。目元は朧気で、口元だけが感情を読み取れる部位。その口が少しだけ笑っている。


「お前、なんでそんな姿……って……!!」


 はっとする。

 そうだ、そうだった。

 この鬼村のようなモノは、本当にまるで鬼村かのごとくそっくりなのだが、それゆえに困った点がある。


 服を着ていない。


 全身真っ赤のゴム製フィギュアのような出で立ちではあるが、身体の凹凸や曲線は本物そっくりなんだ。慌てて目を逸らす。断じて俺はこいつの裸なんて見ちゃいない!!──などと思っていると、地面に下ろされた。そいつは俺に背を向け、また馬鹿でかい金棒を片手に敵の鬼へと突っ込んでいく。


「鬼村!!」


 心配など必要ないかもしれないが、つい呼んでしまった。案の定あいつは俺の言葉に耳を貸さず、驚異的なジャンプ力でまた高く高く跳び上がると金棒を大きく振り上げ──あっという間に鬼を真っ二つに叩き切ってしまった。


 圧倒的力の差。

 俺がちまちま攻撃していたんじゃ話にならない。

 これが、鬼。


 力をぶつけられた方の敵の鬼は轟音と共に体を地に横たえ、そして動かなくなった。戦いが終わったことを悟ったのか、鬼村のようなモノがくるりと向きを変えてこちらへと歩いてくる。俺は顔を背け、ついでに目もぎゅっと瞑っておく。


「お、おおおお前! 倒してくれたのはありがたいけど! その恰好どうにかしろ!!」


 と言うものの、何か着れるようなものなんてあいつが持っていないことに気づき俺は慌てて自分の着ているジャージを脱いだ。


「これ! 着てろ!!」


 見てはいないが鬼村がいるであろう方向にジャージを突きつける。こちらへ近づいてくる足音が聞こえ、そして、俺の前で立ち止まった。だがなかなかジャージを受け取ってはくれない。どうしたものかと、俺はうっすらと目を開けた。鬼村の足が見えた。目の前にいる。かと思うと、滑らかな両手が俺の顔を掴んだ。


「!?」


 問答無用で顔を合わせられ、俺は困惑する。

 目の前の

 顔の朧気な鬼村に、パニックになりかけた。


 鬼村のようなそいつは俺の口元を親指の腹で撫でると──




 ──俺の唇の間に指を差し入れ、無理矢理大きく口を開かせた。



 突然のことに困惑し、声も出ない。だがそれからすぐ起きた出来事に俺は目を見開いた。


 鬼村のようなモノが急にどろりと形を崩し始めたんだ。


「!?」


 そして()()()()()()()は、突如俺の口の中へと飛び込んでくる。


「あがっ、お、うぇっ……!」


 まるで濁流のように俺の中へと吸い込まれていくものに妙な既視感を覚えた。

 俺、この感覚知ってるぞ……?



 ──ひと一人分の質量はあったであろうソレは、あっという間に俺の中へ全て収まった。

 急に力が抜けて、俺はどすんとその場に尻もちをつく。


「はあ……はあ……今の、なんだったんだ……」


 荒い呼吸を整えようと深呼吸をしていると、「センセー!」と声が聞こえてきた。振り返るとこちらへ走り寄ってくる鬼村が見える。あと隣にいるのは……狗谷木か?


「センセ! だいじょぶだった!?」


 鬼村が俺の横に膝をつく。今度はちゃんと表情のわかる鬼村が現れて俺はほっとした。


「大丈夫だった……けど、急にお前みたいのが出てきてあの鬼を真っ二つにして──」


 と、鬼が倒れているであろう方角を指差した。だが目を向けてみると、そこにはもう大きな体はなかった。いたのは……狐が数匹。


「……!? あれも化け狐だったのか!?」

「そーだよ。あたしらの方にも鬼に変化した化け狐が来て襲ってきてさぁ……でも化け狐ってそもそも集団で行動しないの。ねえ! 何企んでんのか知らないけど出てきたらいーじゃん! いつまでも姿見せないのとかむちゃくちゃダサいんだけど!」


 鬼村が何もない方向へ大声を上げる。

 辺りはしんとしていたが……ふと、甲高い笑い声が聞こえてきた。


「──随分と威勢のいいお嬢ちゃんやねぇ。本物の鬼さん相手に鬼の真似事させるんは、少し酷やったかもしれんわぁ。堪忍な、可愛い坊やたち」


 優し気な声がしたかと思うと、それに呼応するように倒れていた狐たちがむくりと起き上がってどこかへ走り去っていく。姿はあっという間に見えなくなった。


「あんたが化け狐を使ってセンセーを襲ってんの? てか姿見せろっつったじゃん!」

「うちとちごうて随分可愛らしい言葉遣いやなぁ。ところでその人間さんはあんたの恋人なん? えらい大事に守っとるようやけど、そんなんしとったら後で困るんと違う? ──まあええかぁ」


 くすくすと笑い声が空に響き渡る。生温い風が勢いよく吹いた。


「鬼さんに天狗の坊やまでいたら()()()()流石に敵わんわぁ。御挨拶はまた改めて、にしとこか。ほな、またお会いしまひょ」


 風が笑うかのようにつむじ風を起こすと、声は聞こえなくなった。鬼村は空を睨みつけるようにすると、すぐに諦めて肩を竦めた。


「うわぁ先生ぼろぼろじゃん、どうしたのー?」


 近くまで来た狗谷木が俺を見下ろしてにやにやと笑った。こいつ、俺を心配してきたわけじゃなさそうだな。

 俺に向かって伸ばしてくれた狗谷木の手を取り、身体の痛みに呻きながらも立ちあがる。


「くそ、なんでもねぇよ。というかお前らは大丈夫だったのか?」

「だいじょーぶに決まってんじゃんか~。オレと美鬼ちゃんだよ? めちゃつよコンビじゃーん」

「へいへい、軽口叩けるんなら安心だよ」


 パンパン、と服の土埃を払う。握っていたままだったジャージを羽織ると、まだ座ったままの鬼村を見た。


「おい、どうした?」

「……うーん」

「鬼村?」


 俺の声に反応もせず、鬼村は何かを考えるように空を見ていた。


「美鬼ちゃん帰ろうよ~。オレお腹減ったー」

「……そうだな、俺も腹は減った」

「え、先生このあとメシ奢ってくれる感じ!? やったー!」

「んなわけねーだろ!」


 俺達が帰りたがっているのに気づいてか鬼村も立ち上がり、膝についた土を叩いて払った。そして珍しく真剣な顔をして腕を組むと、うん、と一つ頷いた。


「こないだはそらが食べたいって言ったお好み焼き屋行ったから、今日はあたしの食べたいものにしよ!」

「オッケー!」

「おっけーじゃないんだよ! お前ら何言ってんだ!!」


 狗谷木が急かすように元の世界への道を作る。くぐるようにそこへ入ってみると、俺は元いた学校最寄りの駅前へと出たのだった──。




 ***


 夜遅い時間に生徒を連れ回すわけにもいかず、ごねる狗谷木を放って俺は自分の家へと帰った。そして珍しく自分の部屋へ帰ろうとする鬼村に、俺は迷いつつも「少し上がっていけ」と声をかけた。──訊きたい事があったからだ。

 部屋へ入ればどっと疲れが押し寄せて俺は居間の床に座り込んだ。このまま寝てしまいたい気もする。


「それで? 聞きたいことってなーに?」


 鬼村がなんでかわざわざ俺のすぐ隣に座り込み、顔を覗き込んできた。


「ち、かいんだよっ! ……あー、じゃなくて……さっきお前たちが来る前、俺の口の中から赤い何かが出てきて、それがお前の姿になって戦い始めたんだよ。わけわかんねーけど、どうせお前が原因なんだろ? どういうことだ?」


 俺の問いに、鬼村は「ああー」と声を上げると小さくため息を吐いた。


「えっとね、前にナツメちゃんが言ってたじゃん。昔の妖怪は妖力の結晶体をお守り代わりにあげてたーみたいな」


 妖力の結晶体、お守り……

 そのキーワードに、あの日の天狗が暴れた後の会話が思い起こされる。



 ──結晶体?

 ──あやかしの力を封じ込めたものよ。


 ──あれ? 昔々のお守りみたいなやつじゃん。

 ──お守り?

 ──こう、自分の力を石にしてなんかあったら助けるからねーって仲良い子とか、あとは稀に人間とかにあげんの。

 ──もらった方はピンチになった時にそのお守り効果で危ない状況から助かったり、何かしらいいこと起きたり? みたいな。


 ──ほんとちょっとしたお守りだよ。



「あれ、みたいなもん」


 鬼村が人差し指を立ててそう言う。俺はゆっくりと首を傾げ「……はあ?」と返した。


「お守り程度じゃどこまでセンセーのこと守れるかわかんないし、しかも持ってなかったらアウトなんだからこっちの方が確実じゃん? だから、あたしの妖力を出来る限りセンセーの中に流しておいたの。もしセンセーの身に危険が及んで『やばい!』ってなったらー、そん時はあたしの力が外に出てきてセンセーを守る、ってこと」

「……じゃああの真っ赤なのはお前の妖力だった、ってことか?」

「そーだね」


 あっけらかんとした返事に俺はぽかんとする。いや、あんなもの入れられた記憶全然ないんだが……。


「もしかして、俺の腹を治す時に流した妖力ってのが、それになったってことか?」

「えー違うよ」

「じゃあなん──」


 なんなんだよ、そう言いたかったが言葉が途切れた。

 止められたからだ。

 物理的に。


 鬼村の唇が俺の乾いた唇へと柔らかくぶつかってくる。

 そしてわずかに動いたかと思うと、

 唇が割れ、その間からぬるりとした熱いものが俺の口へと侵入してきた。


「っ~~!!」


 いつのまにやら床に押し倒されていて、俺は必死に抵抗しようとした。だが鬼村の手が俺の手首を掴み、全く身動きが取れない。

 鼻で呼吸すればいいものを、パニックになった俺はうまく酸素を吸えずにいた。


「──っぶは! はあっ、はあっ……なっ、何して……!」


 情けないがうっすらと涙が浮かぶ。そして俺を見下ろす鬼村を睨みつけた。鬼村は小さく息を吐くと、言った。


「こうやって」

「……え?」

「こうやって、入れたの」


 そこまで言われて、停止していた頭が動き出す。

 ああこれ

 あれだ。


 天狗と戦ったあの夜、動けなくなった俺にこいつがキスしてきたあれと同じだ。


 今日のあの真っ赤な鬼村が俺の口の中に入ってきたのとも似てる。

 そうか、これだったのか。


「……って、これ以外に方法はなかったのかよ!」

「えー? ないことも無いけどー……これの方が手っ取り早いっていうか」

「つーか最近なんか吐き気を感じてたのってもしかしてこれのせいか!? 胃にたっぷりお前の妖力詰まってるせいで気持ち悪かったのかよ!?」

「ええ~? 別に胃の中にあるわけじゃないんだけどぉ……まあ気持ち悪くなってたならごめんね?」

「鬼村~!!」


 未だ鬼村に拘束されつつも、俺は抵抗の意を込めて叫んだ。鬼村は何故か楽しそうに笑っている。腹立たしいが、どこかでほっとしていた。だってこれは『人工呼吸』のようなもんだろ、そう思えば一線はまだ超えていないと自分に言い聞かせられたからだ。


 ──いや、軽いキスはされてるな。二回くらい。


「ねーセンセ、あたしちゃんと役に立った? センセーのこと守れた?」

「あ? あー……そりゃ、かなり助かったよ。死ぬかと思ったからな」


 嘘偽りはない。本当に死ぬかと思ったところで鬼村の形をした妖力が俺を守ってくれたわけだ。かなり感謝はしている。


「あたしさぁ、あたしがいないところでセンセーが死んじゃうのすっごくやだなぁって思ったの」


 鬼村は俺を組み敷きつつも、寂しそうな表情をしてみせた。普段見せない表情に俺は少し狼狽えてしまう。


「センセーじゃなくても、もしかしたらあたしが全然違うとこで死ぬ可能性だってあるわけじゃん? そしたらさ、センセーのこと守れないじゃん。だからね、あたしがいなくても、あたしが死んでもちゃんとセンセーのこと守れるようにって……目一杯妖力流し込んだんだ」

「……お前が死んだら、妖力も消えるんじゃないのか?」

「んー……ううん。すぐには消えないよ。センセーの身体と馴染んで、しばらくは機能する。けど、まあ……いつかは消えちゃうかぁ」

「………」


 こいつのため息が顔にかかる。頭の上で結ってある長い髪が、はらりと俺の顔の横に落ちてきた。


「あたしがいない時でもちゃんとあたしが守るからね、センセーのこと」

「……そりゃどーも。でもそれだと……ちょっと居心地悪いんだよ」

「えー?」

「自分でも戦えるようになんねぇと……なんか、悪いだろ。守られてばっかって。その為にも鞘作ってもらったわけだし」

「あー、そっかー」


 あはは、と鬼村が笑う。

 その少し子どもっぽい笑い声がどうにも胸を締め付けた。



「──で、なんで俺の腕抑えたままなんだよ。どうやって俺に妖力流したかっつーのはわかったから離せよ」

「うーん……」

「おい、聞いてんのか」


 鬼村はどうにも不思議そうな顔をして俺の胸辺りを見つめていた。何か良くないことでもあるのかと少し不安になり、俺は鬼村の顔を見つめる。


「やー、なんかさぁ。今日センセーを守る為に使った分、ちょっと減ってそうだな~って」

「は? 減ってそう??」


 わけがわからずオウム返しする。何が減るって?

 鬼村は右手だけ離したかと思うと、俺の胸を撫でた。くすぐったくて思わず目を瞑る。


「なっ、ちょっ……おい!」

「やっぱ戦った分妖力減ってくみたい。ま、当たり前か」

「だからなんなんだよ!」

「あのね、センセーに入れたあたしの力が半分近くまで減ってるってこと」

「……ええ?」

「もし次また襲われても多分今日くらいの戦いはできるけどー……相手が悪かったら途中でぽしゃっちゃうかもね~」

「ぽしゃ……」


 ってことは、なんだ。

 戦う前と後で、あの赤い妖力が見た目には小さくなったようには感じなかったけど……実際には質量が減ってたってことか。

 鬼村は考えるように顎に手を添え俺の胸の辺りを見つめていたかと思うと、それから俺と目を合わせた。


「センセーがさ、あたしに守られてばっかが嫌ってのもまあわかるんだけど。急に強くなるとかないじゃん?」

「それは……まあ、そうかもしれねーけど」

「じゃあやっぱ、センセーが強くなるまではあたしが少しでも助けてあげたいのね」

「ああ……うん?」

「だからさ、足してもいい?」

「……………あ?」


 鬼村の顔が真剣な表情を浮かべていた為、俺はイマイチこいつの言ったことが理解できないでいた。

 足すって?

 何を?

 今何の話してたんだっけ?

 俺を守る為の鬼村の妖力の話──だよな?

 で、足すって?

 どこに?


 ()()()()()



 俺は理解をした瞬間に、全身が急激に熱くなっていくのを感じた。


「いっ、や……それはつまり……」

「あたしー、めちゃくちゃ善意で言ってんだよね。死なれちゃ困るしさぁ~」

「………」

「ねー、あたし変なこと言ってる?」


 表情は真剣そのもの。

 でも知ってる。

 絶対に楽しんでるだろ、今の状況。

 その顔の下で俺のこと笑ってるに決まってる。

 けど、

 そう、

 こいつが言う通りあっさり死んでしまうってのも困る。

 たかだか三十数年生きただけの大して面白みもなかった人生ここで終わるってのもどうだよ。

 だから、

 うん、

 これは俺の生命維持活動に必要な行為なわけで。


 ──人工呼吸と似たようなもので。



「………」


 ごくり、と生唾を飲んだ。

 こんなん教師と生徒がすることじゃない。わかってる。

 けど

 俺たちは『人間と鬼』だから。

 ……なんて言い訳を頭に並べ立ててしまう。

 それを読み取ったのかはわからんが


 鬼村は人間だった姿を解いて肌を赤く染め上げ、

 強くそそり立つ角を生やし、

 長いまつげを僅かに揺らして俺を見下ろした。


一樹かずき、始めてもいい?」


 さっきは俺の手首を掴んでいたはずの鬼村の手が、するりと俺の手に重なった。


 俺の両手の指の間の隙間を埋めるように、鬼村の指が入ってくる。


 ぎゅ、と手を握られた。


 俺は自分に選択権が本当にあるのかわからないまま──恐々と頭を立てに振る。

 

「こないだは苦しい思いさせちゃったっぽいから、次は、少しずつにするから安心して」

「少しずつ……?」

「うん、大量に流し込んだらいっぱいいっぱいになって気絶しちゃったでしょ? 今度はそうならないようにしてあげるから」


 鬼村はいつもとは違う優しい声音でそう言うと、そっと目を伏せた。次に何が起こるのかはさすがの俺でもわかる。わかってるからこそ緊張で体が強張り、目を瞑ることすら忘れてしまっていた。


 鬼村の顔が近づいてきて、

 

 再び俺の唇に柔らかく弾力のあるもんが重なった。


 何の為にしているかわかってるから、拒絶もできない。


 震えるように鼻で呼吸をする。


 すると鬼村の唇が僅かに開いて、さっき妖力を流し込んだ時と同じように何かが俺の口の中に入ってきた。



 ぬるりとして、


 熱くて、


 柔らかい、


 不思議な感触。


 これが妖力?

 こんなにも質量を感じるものが?

 確かに何かがそのまま体に染み込んでいく感じはわかる。

 それにさっきやられた時よりは、苦しくはない。

 少しずつ身体に流れていく。


 でも


「……っ」


 急激に本能に体を乗っ取られるような感じがして逃げたくなった。


 だめだこれ。

 絶対にだめだ。


 だって、




 『──ちゅっ』




 小さく鳴る水音が、俺の耳に届いた。

 口づけの、あの、いやらしく煽情的な音だ。


 ──逃げる俺の舌に、鬼村の舌が絡みついてきた。


 これは人工呼吸、

 これは人工呼吸と同じ……!


 そう頭の中で何度も何度も繰り返す。


 その時、唇が離れた。

 俺を見下ろす鬼村が笑っている。


「ゆっくりだからまだ半分も終わってないけどー……センセ、だいじょぶ?」

「へ……?」

「顔、真っ赤だよ」


 鬼村がそう言う。

 だが、俺はどの口が言ってんだと反論したくなった。

 俺に馬乗りになっているのは真っ赤な鬼。

 そっちの方がどう見ても赤いだろ。

 粗末な悪態はいくらでも頭に浮かぶ。

 けど有無を言わせずに唇がまた重なると、俺はもう何も考えられなくなっていた。


 俺の腹の上に座った鬼村が、少し身じろぎをするように僅かに腰を動かす。

 その瞬間にぞわぞわと全身に鳥肌が立ち、ひゅっと息を呑む。


 ああ、


 ()()()()()()で良かったと、俺はこの時心底思った──。







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