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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第三章 街の妖怪たち

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第58話 『1番線に電車が到着します』


 ──カタカタ、とテーブルの上に置いてある物が揺れた。


 地震か、と思ったもののその後揺れは全く感じずに首を傾げる。何だったのか。

 時計を確認すると針は夜の八時十分を指しており、「もうこんな時間か」と気づいて両腕を上げてうんと伸びをした。肩を回せばゴキゴキという音が鳴り、随分長いこと動かずに仕事をしていたことがわかる。ここは化学準備室で自分一人だが、職員室に行けばきっとまだ残っている先生はいるだろう。テスト前だしな。


「そろそろあいつもバイト終わった頃か」


 シフトを把握しているわけじゃない。ただ「あたし今日八時までだから~」と言っていたのを覚えていただけだ。鬼村のバイト先は人気のカフェらしく、時間によってはかなり忙しいらしい。行ったことはないが、ネットで検索した時そう書いてあった。


 荷物をまとめてリュックを背負う。机の上の鍵を掴むと、準備室を出る為ドアを開けた。廊下は明かりが点いているものの、光量が足りなくて薄暗い。新しいものにそろそろ変えてもいいと思うが……まあ当分はこのままだろう。

 階段を降り、職員室へ顔を出した後に職員玄関へと向かった。前に化け狐に襲われてせっかくの上靴がダメになってからまた来客用スリッパを常用するようになった俺は、もうほとんど諦めた気持ちでスリッパの擦れる音を廊下に響き渡らせた。


「……お帰りですか」


 ガラララ、という音を立てて事務室の扉が開いた。と同時に出てきたのは山上さんだ。


「ああはい、山上さんもこれから帰りですか?」

「ええ」


 山上さんがそう答えた後、俺は事務室の窓から中をそっと覗いた。いるのは守衛のおじいちゃんだけだ。


「こんな遅くまで仕事してたんですね」


 俺がそう言うと、山上さんは表情を変えずに「あなたもでしょう」とだけ言った。スリッパから外靴に履き替え玄関の扉を開けたところで、山上さんが俺の背に言葉を投げかけた。


「──どうぞ気を付けてください」

「え?」


 外に出たところで、俺は振り返った。俺達の間を流れるようにして吹いた風に煽られ、山上さんは後ろで一つに結んだ髪をはためかせながら俺を見ていた。


「私は手出しできません。ですから、どうぞお気を付けください、と」

「何の話ですか? ……もしかして、俺を襲ってくる妖怪かなんかの話です?」

「ええ」

「……あー、はい。ご心配ありがとうございます。でもこのタイミングで言われると嫌な予感しかしないですけど……」

「その予感は的中するかと」

「ああ……そうすか……」


 げんなりとする。本日の帰路は安全じゃないですよ、ってことか。


「でもわかってるんなら助けてくれてもいいじゃないですか」

「いえ、私は助けられません」


 頑なに首を振る山上さんに、俺は肩を落とした。このひとは一応神様なんだからちょっとは人間に優しくしてくれてもいいのにな。あ、いや……この神様の場合山に優しいってだけか。それならまあ仕方ないのか。


「変な奴に見つからないようにさっさと帰りますよ~。明日も仕事ですしね」

「ええ、そうですね。それではお疲れ様です」

「お疲れ様です」


 山上さんに小さく会釈すると、俺は学校を離れた。

 周囲を警戒しつつ、駅へと向かう。急に来るあの世界が変わる気持ち悪い感じもまだ感じていない。妙な人影もどうやら見当たらない。お化け屋敷を進むようにおっかなびっくり歩くのは何とも居心地悪いが、どう見てもいつもの帰路だ。


「何事もなく帰れるのが一番だよな」


 そう呟きつつ駅へと飲み込まれ、もうすぐ到着する電車を待つ。俺の他にも数名電車を待つ人が立っていて、俺は人の並んでいないホームの端に立つことにした。


『1番線に電車が到着します』


 案内が聞こえたのと同時に電車の明かりが見えてきた──その時、何かが足の傍を駆け抜けた。


「えっ?」


 ふわりとした何か。目で追おうとして下を見る。だが何もいない。気のせいか、と思おうとした瞬間。



 ──ぐいっ



 何かに腕を引っ張られるようにして


 俺はホームへと落ちそうになった。


「っ!?」


 電車が迫ってきている。

 停車するとはいえ、今接触すれば大怪我は免れない。


 それなのに


 俺の視界いっぱいに車体が飛び込んできた。





 ──急ブレーキの音。


 ──ドンッ、という鈍い音。


 ──甲高い悲鳴。


 ──どこかに投げ出される俺の身体。


 視界に映るのは、取れた俺の腕。



 右腕の断面が、俺の方を向いていた──。






「……うっ、おええっ……!」



 気持ち悪さにはっとすると、俺はホームに立っている。


 あれ?


 未だ電車は到着しておらず、電車を待つひとは数名。


 ホームの端に立っていると、アナウンスが鳴った。


『1番線に電車が到着します』


 案内が聞こえたのと同時に電車の明かりが見えてきた──その時、何かが足の傍を駆け抜けた。


「えっ?」


 ふわりとした何か。目で追おうとして下を見る。だが何もいない。気のせいか、と思おうとした瞬間。



 ──ぐいっ



 何かに腕を引っ張られるようにして


 俺はホームへと落ちそうになった。


「!!」


 電車が迫ってきている。

 停車するとは言え、今接触すれば大怪我は免れない。


 それなのに


 俺の視界いっぱいに車体が飛び込んできた。




 ──急ブレーキの音。


 ──ドンッ、という鈍い音。


 ──甲高い悲鳴。


 ──どこかに投げ出される俺の身体。


 視界に映るのは、取れた俺の腕。



 右腕の断面が、俺の方を向いていた──。






「っ……なんだよ、これ」



 俺はホームに立っている。


 未だ電車は到着しておらず、電車を待つひとは数名。


 ホームの端に立っていると、アナウンスが鳴った。



『1番線に電車が到着します』


 案内が聞こえたのと同時に電車の明かりが見えてきた──その時、何かが足の傍を駆け抜けた。


「っ!!」


 ふわりとした何か。目で追おうとして下を見る。だが何もいない。気のせいか、とはもう思えない。



 ──ぐいっ



 何かに腕を引っ張られるようにして


 俺はホームへと落ちそうになった。


「~~っ!!」


 電車が迫ってきている。

 停車するとは言え、今接触すれば大怪我は免れない。


 それなのに


 俺の視界いっぱいに車体が飛び込んできた。





 ──急ブレーキの音。


 ──ドンッ、という鈍い音。


 ──甲高い笑い声。


 ──どこかに投げ出される俺の身体。


 視界に映るのは、取れた俺の腕。



 右腕の断面が、俺の方を向いていた。



「っ……げほ! げほっ!!」



 ──吐き気でまた目が覚める。

 電車は到着していない。

 俺の右腕はある。


 待て、

 なんだこれは。


 今、何が起こってる!?



『1番線に電車が到着します』


 アナウンスが聞こえる。

 足元を何かが通っていく。


 俺は、



 ──右手に刀を握った。




「……刀が出てくるっつーことは、もうここはあっち側ってことじゃねーかよ」


 吐き気を堪えつつ鞘に収まった刀を両手で握り、引っ張られそうになるより先に目の前に向かって思い切り振った。刀は何かに「ドン!」とぶつかると、俺は弾かれるようにして後ろへ吹っ飛んだ。



 ──ズサササッ……!!



 数メートルは吹っ飛ばされる。後ろはホームの壁があったにも関わらず何にもぶつからなかった。見ればもう、ここは駅構内ではない。


「くそ……なんなんだよ!」


 悪態をつきながら痛む身体に耐えつつ立ち上がる。

 目の前にあったホームも無く、そこに、蜃気楼のように透明な何かが揺らめいた。

 揺らめきはゆっくりと動かなくなり、じわじわと色を帯びていく。


 俺の視線は徐々に、徐々に、上へと向いていき──遂には俺の背丈の三倍ほどのところで止まった。



「……これと、戦えってのかよ」



 目の前に現れたのは、でかい鬼。


 鬼の姿の豪鬼さんよりもさらにでかい。

 これにどうやって立ち向かうってんだよ。



 ──鬼がつんざくように咆哮した。


 ビリビリと肌が痺れるようで、俺は思わず刀を握ったままそこに固まってしまう。いや違う、そんな場合じゃない。とにかくあいつらを召喚しないと。俺だけじゃどうにもならん!


 岩みてぇにでかい拳が俺を潰そうと襲い掛かってきた。慌てて横に飛びのき逃れる。一度刀をその辺に放り、煙草を噛むようにして箱の中から取り出した。オイルたっぷりのライターの先が勢いよく燃える。


「すぅ……ハーッ……鬼村も誰もいない今、俺を守ってくれんのはお前たちだけだからな、頼むよほんと」


 もう一度大きく吸い込み吐き出した真っ白な煙から、まろんすももあんずが姿を現した。



『ワオォォォォオン……!!!』



 まろんが先ほどの鬼に負けないくらいの咆哮を上げると、鬼は少し怯んだように一歩後ずさった。


 それを合図にすももが駆け出し身体を大きく変化させると、飛びかかるようにして大きな両手を鬼に叩き付ける。


 ──ドスンッ……!!!


 すももの体は鬼より劣るがどうやら重さが堪えたようで、鬼の体は地面に数十センチほど沈んだ。


『……桃様! こちらへ向かって来ます!』


 鬼の僅かな予備動作に気づいたのか、あんずの声が空から響く。それと同時に強い風が鬼に向かって放たれたが、鬼は風の抵抗を受けつつも俺に向かって突進してきた。俺は刀を握る。


 そういえばこの刀……鞘が無かった時よりも格段に扱いやすい。

 というか、ちょっと軽い……?

 前はあまりの重さに持ってるのがやっと、ってくらいで振り回すのがしんどかったんだが……。



 ──ガキィィインッ!!



 鬼の拳を、刀で受け止めた。


 確かに軽い。だが脆いわけじゃない。

 戦いやすくなったことに俺は嬉しくなり、刀を振るった。

 刀の戦い方なんてのは未だにわからない。

 だが、どうにかこの鬼との戦いでも渡り合えている。

 ……もちろん、犬猿雉あいつらがいてようやくってとこなんだけど。


「でもまぁ、木刀だと思ってぶん殴りまくるしかねぇだろ!」


 ──必死になって鬼に立ち向かっていく。

 俺の打撃でも、鬼は多少顔を歪ませた。

 とはいえ効いているのかはわからない……あんな巨体に、俺の攻撃なんて意味があるのか。



『キィィィィィイイイイイ!!!』



 一度鬼からの攻撃を避けたすももが、怒りを露わにするように向かって行った。

 だが、鬼の大きな手が勢いよく振り下ろされると、すももの体はあっという間に散ってしまった。



「!!! くそ、煙の量が足りないのか!?」


 戦いの最中ずっと煙を吐き続けていたものの、口にくわえていた煙草はすでに小さくなっている。新たな煙草をくわえ、火を点けようとしたところで鬼の手が俺目掛けて振り下ろされた。


「っ、くそ!!」


 逃げようとしたが足がもつれる。その時俺を庇うようにしてまろんが駆け寄ってきた。



『ご主人!』



 そう呼んだのと同時に、身体を膨張させたまろんがぶつかり、俺は突き飛ばされて鬼の手を逃れた。がしかし、慌てて見ればすでにまろんの体は鬼の手によって霧散していた。


「くっそ……」


 持っていたライターが地面に転がっている。慌てて拾い上げようとしたところで、更に鬼の攻撃が降り注ごうとした。

 俺の前まで急降下してきたあんずが強風で応戦する。

 俺はなかなか火が点かずにカチカチと音を立てるライターに苛立った。


「オイルはたっぷり入ってんだろうがよ……!」


 苛立ちのせいか、疲労のせいか、手が震えて止まらない。


 ライターを取りこぼした。


「あっ……!」


 ──俺の気の緩みなのか、今まさにそこで戦っていたはずのあんずも空気に溶けて消えていってしまった。


 その瞬間に、大きな鬼の手が横から張り手をするように襲い掛かってきた。

 逃げられない。




 ──ドンッ、という鈍い音。


 ──甲高い女のような笑い声。


 ──地面へ投げ出される俺の身体。




 ズササササッ……と音を立てて、俺は擦れてひりひりと痛む身体に呻き声を上げた。



 さっきの、電車に轢かれたのと同じような光景だ。

 だが、腕は千切れていない。良かった。


 とにかく立たないと。


 立って

 刀を持って

 あいつらを召喚して


 戦わないと



 死ぬ。




 余裕そうに、鬼がゆっくりと俺の方へと歩いてきた。

 その手が俺へと向かってくる。



 ──無垢で小さな子どもが、

 ソフトビニール製のヒーロー人形を乱暴につかむように、

 俺は鬼の手の内に収められる。

 地面からあっという間に離され高い位置で止まった。


 ぎゅっと力を入れればあっという間に全身の骨が折れて死ぬんだろう。

 だが鬼の手はまるで繊細な生き物かのように

 ゆっくり

 じわじわと

 少しずつ力を加えた。


 ミシミシと俺の身体が悲鳴を上げ始める。


 身体の中に溜まっていた空気が外へ吐き出されていく。



「う……ぁ」



 声も出なくなる、そう思った時。



 ……急激な吐き気に見舞われた。





「おえええええええっ!!」




 胃の中身が全部外へと吐き出された。


 ……かのように思ったが、


 俺の口から出てきたのは、真っ赤な血のような何かだった。



「はっ……はっ……はあ……?」



 真っ赤な液体は遠く離れた地面へびちゃびちゃと落ちていくと、



 まるで生き物かのように蠢いて──どろりとした形状から急に形を得た。




「……なん、で」



 そこに現れた姿に、俺は困惑した。



 全身真っ赤

 大きな角を二本生やし

 服なんてものは着ておらず

 まとめられていない長い髪を揺らした



 ──鬼村の姿そのものだったんだ。




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