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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第三章 街の妖怪たち

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第57話 来ちゃった

「鬼村ちゃんって、最初はちょっと怖かったけど話してみるとすごくいい子だよね!」


 お皿洗い中のバイト先の先輩が、業者からの納品チェックをしてるあたしにそう言った。


「……あー、そう?」

「仕事も一生懸命頑張ってくれるしさ~、あと怖そうなお客さんに全然物怖じしないとことかかっこいいなって思うし。シフトの相談とかすると他の子たちは嫌がるけど鬼村ちゃんはあんまりそういうことないし」

「えー、なんか褒められてんのかわかんないけどありがと~」


 最初の頃は大学生だっていうこの先輩に敬語も使ってたけど、今じゃ全然フツーにタメ口。文句も言われないしまあいいかって。で、気づけばなんか仲良くなった……感じ? 気に入られてる感はあるし、まあいいことだよね。


「ねぇ鬼村ちゃんって彼氏いるんでしょ? 前に言ってたよね! どんな子?」

「ん~……背はあたしよりちょい高いくらいで、黒髪の短髪でー」

「うんうん」

「眼鏡かけててー、目の下にクマがあってー」

「うんうん?」

「いっつも気怠そうで、あたしを邪険に扱ってきて。あ、あと煙草臭い」

「煙草臭い!? 未成年で吸ってるってこと!? あっ……もしかして年上なの? 大学生とか?」

「学生じゃないよ~。まあ一応年上……ってことでいいのかな」

「? ……えーでも年上かぁ。なんかちょっとわかるかも~」

「何が?」


 先輩はお皿を洗い終えると、流し台の縁に手をついてにやにやと笑った。


「だって鬼村ちゃんって大人っぽいもん。同い年の子だと子どもすぎて相手になんない~って感じでしょ?」


 そう言われて、「うーん」と考えてみる。確かに、そらだと子どもっぽい気はする。うちのクラスの男子たちは? 子どもっぽいはまあそうかもだけどー……眼中になさすぎて顔とか全然覚えてないんだよね。前に告白してきた別のクラスの男の子も顔忘れちゃった。名前何だっけ……あお……青山くん? だっけ?


「でもさぁ鬼村ちゃん、年上の男には要注意だよ。高校生と付き合う男なんて大抵碌でもないんだからさ~」

「ふーん?」

「ただの体目的だったりしない? その辺大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。ってか先輩こそ彼氏は? いないんだっけ?」


 なんか話すのちょっとめんどくなって先輩にそう投げかけた。先輩は「あっ」て顔したと思ったら「もうホール出るね!」なんて行っちゃった。えー全然お客さん入ってきてないし今暇じゃん? 急ぐ必要全然なくない?


「……彼氏、ね~」


 ちょっと座り込んで、指の間に挟んだボールペンをくるくる回した。だってさ、絶対センセーはあたしのこと恋人なんて思ってくれてないじゃん。まー「恋人になりましょ」って話し合いしたわけでもなんでもないけどさ~。

 でも恋人になったところで、センセーの呪いが解けないと子ども作るってできないんだよね。なんだっけ、病院でアマビコの先生が言ってたー……無精子症? みたいな? それが治んないとセックスしたって子どもができないわけでー……


「……でも初めてキスした時のセンセーの顔、可愛かったな」


 今でも覚えてる、少し怯えたみたいな、困ってるっぽい顔っていうか。ま、結局そのあと『流し込む』のに集中しちゃったから全然キスって感じじゃなかったんだけどー……


「──鬼村ちゃん!」

「ん?」


 ホールに出ていたはずの先輩が戻ってきて、あたしを呼んだ。ちょっと焦ったっぽい感じで。


「ねぇ、鬼村ちゃんを呼んでる人いるんだけど……もしかして彼氏!?」


 そう言われて、あたしは慌てて立ち上がった。

 うそ。

 だってセンセーバイト先になんて全然来ないじゃん。

 あたしに会いたくて来たの?

 もしかしてもうすぐバイト終わるから迎えにってこと?

 仕事終わって真っ直ぐこっち向かってきてくれたの?

 マジで?


「センセっ……!」


 ホールに出て、目に飛び込んで来た姿に──がっかりした。


「美鬼ちゃーん! 遊びに来ちゃった♪」


 そこにいたのはそらで、センセーの姿かたちなんてどこにもなかった。


「バイト服の美鬼ちゃんかわい~! めっちゃ似合うね? 写真撮っていい? てか一緒に撮ってもいい!?」


 なんか勝手にテンション上がってる天を放っておいて、あたしは仕事に戻ることにした。センセーがバイト先に来てくれるなんて、あるわけないか。


「……え、美鬼ちゃん? ちょっと美鬼ちゃーん! 無視はやめてよー!」

「ええと、お客様……お席にご案内しますね?」


 あたしの彼氏じゃないことを悟ったっぽい先輩は、天を近くのカウンター席に案内した。



 ***


 ──今日は終わり際にちょっと混んだけど、いつも通りの時間にバイトは上がれた。帰り路を歩いてると、いつの間にか隣には天が並んでた。


「……何」

「何ってぇ~、せっかく美鬼ちゃんのバイト先に遊びに来たのに置いてさっさと帰るってどゆこと?」

「勝手に来たんじゃん」


 そらは「ちぇー」って言いながらポケットに両手を突っ込んだ。服装は制服じゃなくて私服だから、部活の後に着替えてからわざわざ来たみたい。


「なんで来たの?」

「美鬼ちゃんに会いたくて~」

「ほんとに?」


 立ち止まって、じっとそらを見る。あっちも立ち止まると、あたしを振り返ってなんか照れ臭そうに頭を掻いてた。


「美鬼ちゃんが心配だから来たんだってばー」

「心配?」

「そ。少し前にさぁ、桃間先生が学校で襲われたらしいじゃん? で、いろいろ調べてみたらちょっと妙な動きしてる奴らがいるっぽくてさ、ほらオレが前に使ったー妖力の結晶体関連のことでさぁ。正直先生のことは……まあ好きだけど、でもそれより美鬼ちゃんの方が心配だし」

「どゆこと?」

「──あれを使ってなんかやらかそうって奴がいるってこと」


 天はそう言うと、スン、と鼻を啜った。


「またあの笠野郎絡みかはわかんないんだけどー、めちゃくちゃ強い妖力を感知した、って天狗の間で最近噂になってて。どうやらこの辺りでらしいからさ、美鬼ちゃんが危険なことになんじゃないかってオレ心配なの」

「……あ、そう」

「え~それだけ~? もっと感謝してくれてもよくない~?」

「別に、あたしは自分の身くらい自分で守れるよ。強いし」

「もー美鬼ちゃんのそういうとこ好きだけどさぁ~。オレに一回やられてんじゃん~」

「負けたわけじゃないから。ってかあれはあんたの力じゃなくて、別の誰かの妖力使ったからでしょ」


 あたしの指摘にそらは唇を尖らせた。不満があるっぽい。ズルしたくせに何拗ねてんだか。そんな天の横を通り過ぎて、あたしはさっさと駅に向かおうとした。その時、駅を通り過ぎたずっと向こうの通りに──笠を被った男の姿が見えた。



「……あいつ!」



 きっとそうだ。

 浴衣を着て、下駄を履いて、頭には笠を被ってる。

 顔は、遠いからっていうのもあるけど全然見えない。

 男だと思ったのは、背の高さと体格でだけど……多分間違いないと思う。



そら、あいつでしょ!? 捕まえに行くよ!」

「美鬼ちゃん!!」




 走り出そうとしたあたしの腕を、そらが掴んだ。


 突如上から降ってくる大きな岩のような何か。


 それが、ものすごい轟音を立てて地面に地割れの跡を付ける。


 そしてゆっくりと持ち上がっていったかと思うと、それの全貌が見えた。




「……でかい、鬼?」




 色は黒か、灰色か。夜の中ではわかりにくい。

 岩だと思っていたものはそいつの拳で、あたしをぺしゃんこにしたかったみたい。


「もー、美鬼ちゃん出てったら潰れてたよ~!?」

「あんなん片手で受け止めるに決まってんじゃん」


 そう、受け止めるに決まってる。

 だってこれは──


「……って、さっきの笠男は!?」


 はっとして、通りの向こうを探そうとする。けどもうどこにもいない。


「美鬼ちゃん、とりあえずこいつ倒してからにしよう」

「はあー……仕方ないなぁ」


 暗がりの中大岩のようにそこに佇む鬼を見上げる。

 真っ黒な塊は大きな口から蒸気のような息を吐いた。

 後ろには悲鳴を上げて逃げていく人間たち。



「多分次の日には局所的な大地震が~なんてニュースが流れるんだろうね」



 この世界は人間たちがいるこっち側とあたしたちの生まれるあっち側に分かれてる。

 でもいつだって

 こっち側が()()()()()()()に作られてる。



「まーでも大天狗おじさんたちに怒られんのやだし、向こう側でやろうよ。こっちと違って建物も無いからやりやすいじゃん」


 辺りの景色が徐々に変わっていく。明るさも変わって、目の前の鬼の色が薄汚れた赤色だってようやくわかった。そいつの唸り声を聞いて呆れる。


「これってどうせ今頃センセーの方に誰か行ってるパターンでしょ? 邪魔されないように足止めしたいわけだ」


 あたしは手の中に現れた金棒を掴むと真っ直ぐに突っ込んで、そらが後ろから強風を起こした。


「遊んであげる暇ないから、さっさとぶちのめしちゃうよ。今更泣いて謝ったって……許してあーげない」


 砂利道が続くその場所で、覆い被さるみたいに攻撃してきたその鬼の体に、あたしは大きな大きな風穴を開けてやった──。


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