第56話 オレから見た世界
天狗のオレが人間の学校に通うようになって、そんで水泳部に入ってから二か月近く経つ。
最初は泳ぐってなんか難しかったけど今はもうだいぶ慣れてきた。ただちょっと本気出し過ぎるとすぐ人間の『記録』ってやつを超えちまうから気を付けないとなんだけど。
「お、今日もお疲れ~」
部室から出てきたオレに話しかけてきたのは、水泳部の副顧問だった。オレに「水泳やってみない?」って声かけてきた奴だ。
「どう狗谷木くん、水泳部楽しい?」
「楽しーっすよ! 次の大会出れそうだし、目標ってのもまあできたかなー」
「そっかそっか~、それなら良かったよ。誘った手前つまんないなんて言われたらちょっとショックだったからさ~」
副顧問はそう言うとオレと同じ方向へ歩き出した。オレよりも少し小さいこの男は服を脱いだら結構すごい筋肉らしい。水泳部ってみんなそうだよなー、先輩方もだし。ま、オレは元々筋肉あるし? ちょっと鍛えたらさらにすごくなるけど? こっちで暮らすようになってから毎日走ってんのも効いてきたしね~。はあ、美鬼ちゃんに褒めてもらいたいんだけどな。
「あれれ? 狗谷木くん、ため息なんか吐いてどうしたわけ」
「好きだった子にこないだがっつり振られちゃったんでぇ、諦めなきゃなんすけど全然諦めきれなくってぇ~。先生はこういう時どうします?」
「えー! 先生にそゆこと聞く~? うーんそうだなぁ。やっぱ部活に打ち込めばいいんじゃない?」
「なんかフツーな答え~」
「普通じゃダメだった? そうだなぁ……あ、じゃあ新しい恋でもしよう! 恋に焦がれるのが学生でしょ!」
「恋に焦がれるぅ~?? ……オレぇ、め~ちゃくちゃ長い間その子のこと好きだったんすよぉ。って言ってもそれが多分『好き』って感情だってわかったのはここ最近なんすけど」
「へぇー」
「だからその子とずっと一緒にいるのが当たり前だったってゆーか……あ、桃間先生だ」
玄関が近づいてきたところで、階段を降りてきた桃間先生が見えた。もしかして帰んのかな? 先生と一緒に帰って、美鬼ちゃんの顔見に遊びに行っちゃおっと!
「ごめん先生! オレ帰んね! じゃーねー!」
「うん、気を付けて帰ってね~」
副顧問はそこで立ち止まるとにこにこしながらオレに手を振った。オレはさっさと生徒玄関の方で靴を履き替えて外に出ると、職員玄関の方まで回り込む。思った通り、桃間先生が出てきて、オレの顔見るなり嫌そうに「げ」って言った。
「なんだよ狗谷木、部活終わったのか?」
「終わったー! 先生もこれから帰るんだろ? 一緒に帰ろうぜ~」
「おい、知ってるぞ。お前の家うちと逆らしいな」
「そうだけど」
「一緒には帰れねーだろうが」
「まあまあそういう細かいこと言わずにさ~」
「細かくねえんだよ!」
嫌がる先生の肩を掴んで「まあまあまあ」と言ったら先生は「鬱陶しい!」ってオレの手を振り払った。あーやだやだ。生徒がこんなにフレンドリーにしてるのにセンコーってやつはさぁ~。
「……って、あれこないだのおチビじゃん?」
「はあ?」
校門の方をオレが指差したら、桃間先生もそっちをじっと見て「土御門か」と口にした。陰陽師のおチビちゃんは先生に気づいた後、その横のオレにも気づいたと思ったら校門の陰に隠れるようにしてた。ちょこまか動いておもしろ。
「よー、おチビちゃん。こんな時間に何してんの?」
オレが優しく声をかけてやれば、おチビちゃんは睨みつけるようにオレを見た。
「……あれ? もしかしてオレ嫌われてる?」
「当たり前じゃない! 貴方、自分がしでかしたこと忘れたの!?」
しでかしたこと。
……ってなんだっけ、と思いそうになって「ああ!」と声を上げた。
「そういやオレが暴れた時おチビちゃんもいたんだっけ! いやーあん時はほんとごめんな?」
「軽く謝って許されるようなものじゃないわよ……そこの人は許したかもしれないけど!」
そこの人、っていうのは桃間先生のことだよな。そうだよ、この人あっさりオレを許してくれたんだよな……腹もぶん殴って攻撃しまくって殺しかけたってのにさ。
「……桃間先生って、懐広いよなぁ~」
「は? 急になんだよ」
「オレ美鬼ちゃんの次に桃間先生のこと好きになっちゃうかも~」
「気色悪いこと言うのはやめてくれ」
オレと先生が話すのを、おチビちゃんは少し困ったように見てた。あ、もしかしてこれ桃間先生に用事ある感じ? 話し始めても大丈夫なようにオレはちょっと口を閉じた。おチビちゃんは「コホン」って小さな咳払いをして、桃間先生を見上げた。
「少しいいかしら、桃間さん」
「え、ああ。どうした?」
「実は先日調査していただいた件なのだけれど」
ちらり、とおチビちゃんがオレを見る。え、聞いてちゃ駄目? するとおチビちゃんは特にオレには何も言わずに話を続けた。
「お仕事中に連絡するのも悪いから、と深山さんから簡単に伝えるよう言われてるわ」
「ああ……どうなったんだ? あの写真館は」
「写真館?」
オレが口を挟むと桃間先生が腕を組んで思い出すように話し始めた。
「街中に妖怪が出入りしてる店があったんだよ。……って、これ話すの良くないのか?」
「相手はどうせ天狗だもの、いいわよ」
「そうか。……でまあ、どうもとある写真館が妖怪相手に人間の顔のパーツを貸し出してるってことらしくて」
そこまで聞いて、オレは「ああ~」と声を上げた。
「オレそれ知ってる~。結構有名だよ。……ってあれ、もしかしておチビちゃんたちは知らなかった感じ?」
「そうね、知らなかったわ。大々的にやっていれば気づいたかもしれないけれど、どうやら妖怪同士の口コミで広がってるみたいじゃない。わざわざ私たち人間に、それも対妖情報機関に話をしてくれる妖怪なんてのはいないわ。……天狗が知っているなら言ってくれればよかったものを」
「そんな些細なこと話す必要もなかったってことじゃん?」
そう、些細だ。
オレたち天狗が対妖情報機関とやらと関わってるのは山や川といった自然の為だ。正直な話、人間の為じゃない。立ち入る人間に危険が及ばないよう対策を取ったりもするけど、それも人間が心配だからじゃない。自然を壊す人間から遠ざけたいからだ。人間はいつだって壊す生き物だ。妖怪なんかよりも。
「──それで、あの写真館はどうなるんだ? 顔貸屋の仕事はやめさせるのか?」
桃間先生の問いかけに、おチビちゃんは首を振った。
「いいえ、今すぐやめさせるようなことはないわ。今のところ悪用被害が出てるって話もないみたいだし。機関の見解は詳しいところ私も伝えられていないのだけれど……簡単に言ってしまえば、妖怪が人間に紛れて暮らすことにはどうも反対じゃないみたい」
「ええ?」
「私は快く思わないのだけれど……でも妖怪も人間に混じって人間と同じように生産や消費活動に加われば国の繁栄としてはありがたいみたいよ。あとはいかにして妖怪にも同じように税金を払わせられるかってところみたいだけど」
「なんだお前、税金払ってないのか」
「税金~?」
急に先生に話を振られてオレは首を傾げる。けど、ぽんと手を打って反論した。
「いやいやオレ払ってるよ! 税金! コンビニで食いもん買う時とか! ほらなんだっけ、しょーひ税?」
「まあそうだなぁ」
「とにかく、あの写真館は様子見よ。やっていることがわかった以上、監視は続けていくつもりだわ」
そう言うとおチビちゃんは話が終わったのか、近くに停まっていたなんか黒くてかっけー車に乗ってどっか行っちまった。先生はその車を見て「うわぁ」なんて言ってたけど、どーゆー理由かはわかんね。趣味じゃないとか? てか先生も車とか運転できんのかな。オレは飛べるから興味ないけど。
「──なぁ狗谷木、なんで妖怪はわざわざ人間の姿になりたがるんだ?」
駅に向かって歩き始めた時、先生がオレに訊いてきた。オレはちょうど今日何の飯食おうかってことで頭の中がいっぱいで、なんて言われたか一瞬理解できなかった。
「……え?」
「いや、さっきの写真館の話だけどさ。人間の姿になりたい奴がいるから、あーゆー店にたくさん出入りすんだろ? お前はどうやって人間の姿になったんだ?」
「オレぇ? オレはー……昔は天狗の姿でもまあ良かったんだけど、でも羽生えてっと人間怖がるし。顔も表情ってのがわかりにくいだろ? 気づいたら人間に化けるようになったっていうかー」
「どうやって顔を決めるんだ?」
「どうやってぇ? ……どうやって、かぁ」
考えたこともなかった。
ここ最近は毎日うちの洗面所や学校のトイレなんかの鏡で自分の顔を見るけど、正直違和感はない。これはオレの顔! って感じ。長年使って慣れたっていうのもあるけど……。
「……うーん、昔のことすぎて覚えてねぇわ」
「ふぅん……ま、そんなもんか。ってかお前まさかうちに上がってくつもりか?」
「そのつもりだった! ね~、明日までにやんなきゃいけない数学の宿題さぁ、全然わかんねーから教えて~?」
「数学の先生に聞きなさい」
「えー! 桃間先生だってできんじゃねーのー!?」
「俺は化学教師。あ、生物も教えれるぞ」
簡単に突っぱねられてムカついたけど、オレ知ってんだぁ。桃間先生はやさしーからいろいろヒント出してくれるってこと! だから多分今回の宿題もなんとかなるっしょ!
学校の勉強ってわけわかんないし、なんなら歴史なんて「それ嘘じゃね?」ってことも時々出てくるけどー……ま、全部ひっくるめて楽しいし今は学校が嫌とか別にないかな。
てか
うちの学校の生徒にはオレと美鬼ちゃんくらいしか妖怪はいないけど……多分他のとこにも少しはいるっぽいんだよな。どういう理由で学校に通ってるかとかは知らないけど。あ、なんか資格? とかを取っておかなきゃだから大学に行ってるって奴もいるらしいし。
なんていうか
今は昔よりも盤上界に妖怪がたくさん流れ込んできてる感じ。昔はちょっと遊びに来るくらいの感覚だったけどー……むしろ今じゃ「人間に近くなりたい」って奴も多いんじゃないかな。あくまでも『近く』なんだけど。
だってオレたちは妖怪。
自分の存在を否定するようなことはできない。
どう足掻いたって人間にゃなれない。
なれないのに。
オレたちはどこかで
人間を知ってる気がするんだ。
なんでだろうね。
「──なぁ、先生はなんで学校の先生になろうと思ったん?」
「はあ? なんだよ急に」
「家着くまで暇じゃん語ってぇ~」
「めんどくせーなぁ。あのな、そもそも俺は教師になるつもりなんてなくて──」
先生の話はオレにはわかんない話ばっか!
大学、ゼミ、教授がどうのこうの。
でも聞いてる分には楽しいし、オレの中にも『人間に近くなりたい』って気持ちがあんのかもしれねーなぁ……なんて。
わかんねーけど!




