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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第三章 街の妖怪たち

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第55話 弟曰く


 夢見が良くなるキーホルダーの効果が、今朝で切れた。


 実際に効果が無くなったかどうかってのはよくわからないが、鬼村に言われて見てみると確かにキーホルダーから感じていた妖力のようなものは今全く感じられない──ただのキーホルダーに変わっていた。今日からまたうなされることになるのだと思うと、少しうんざりしたような気持ちにはなるが……まあ正直自分がうなされているかどうかなんてわかっちゃいないからこれまでと何ら変わりも無い。


 昨日は鬼村の父親に連れ回されたせいでどっと疲れたが今日は待望の休み。朝から鬼村が部屋に押しかけてきてすでに疲れ始めているものの、今日一日はだらだらと過ごすと決めている。いや、身体の調子が良い内に少し出かけるのもいいか? ……と思うものの、特別行きたいところもない。学生の頃や社会人一年目の頃は休みに何をしていたんだったっけか。オンラインゲームにハマってた時期もあったか。


「センセー、今日どっか出かけないの~?」


 ぼんやりとテレビを見つめている俺に、鬼村が話しかけてきた。テーブルに両肘を突き、柔らかい頬を手の上に載せている。


「行く予定はない」

「じゃあおうちデートだ♪」

「そうじゃないっての」

「お昼ご飯あたしが作ってあげよっか」


 いらない、と言いかけたが、にこにこと上機嫌の鬼村を見て何故か言葉がつっかえた。

 ──昨日豪鬼さんに会ったことはまだ鬼村には言っていない。

 別に隠したいわけではないんだが、なんとなく、言えないでいる。


「……あのさぁ」

「ん~?」

「そんなに俺に尽くして、なんか見返りあんの?」


 狭いテーブルの上に、俺も片肘を突いた。顔の距離が近くなる。いつもならば向こうから詰めてくる距離を、今日は俺が詰めてみた。意外だったのか鬼村はきょとんとした表情をしていた。


「……見返り? センセーがあたしの作ったご飯食べておいしーってなって、さらには惚れてくれたらハッピーじゃん?」

「いや、そもそも俺を惚れさせる必要があんのかよ」


 ──鬼村の目的は鬼を増やすことで、そして妖怪同士でも子どもを作ることはできる。なのにわざわざこいつは俺と子どもを作ることに固執してる。……何で?


『あたしはセンセーとだけシたいの。ずーっと前から』


 それはいつだったか化学準備室で押し倒された(床に押さえつけられたとも言う)時に言われたが、ずっと前、というのはキスした時にも言っていた『百五十年前』ということなのか。だとしたらこいつは昔々に会った俺に似たご先祖様に惚れてるってことか? それか、本当だったらそいつと恋人になるはずだった、とか……


「………」

「……センセー、眉間に皺寄ってるよ。何考えてんの?」

「……いいか鬼村、桃間の親族がどれだけ似てるって言ってもな、それぞれ別の人間なんだからな」

「は~??」


 こいつと出会ってからもう二か月が経つ。多分俺がどんな人間かもわかり始めてるだろう。こいつが望むご先祖様とは違うってことがわかればきっと、この執着もきっと消え去っていくに違いない。

 目の前の鬼村は何やら訝し気な表情をしていたが、急ににやりとすると細い指を俺に伸ばしてきた。


「センセーが何考えてるかわかんないけど~、そんなにあたしのこと見つめてくれるってことは……期待してる?」

「は? 期待って何──」


 鬼村の指先が俺の頬骨をなぞる。くすぐったくて仰け反ろうとしたところで鬼村の両手に顔をがっしりと掴まれた。


「こんなに近くで見つめられちゃ、あたしキスしたくなっちゃう♪」

「っ、~~や、め、ろ!」

「えーんやだやだ~、センセーから近寄ってくれたんじゃん」

「こ、のっ手を放せ……!」

「こないだのは応急処置だったけど、今日はいっぱいキスしてえっちなことしちゃお♡」

「んなっ……はあ!?」


 応急処置ってなんだよ、と言おうと思ったその時、鬼村が迫ってくる。


 ふっくらした艶のある唇。

 少しピンク色がかっているのは口紅を塗っているからか。

 そっと閉じられた目が無防備さを演出する。

 が、

 それとは反対に俺は一ミリたりとも動かないように固定されたこの両手のせいで防御態勢を取ることもできない。

 鬼村からいい匂いがする。

 いや違うだめだ息を止めっ──



 ──ピンポーン



 呼鈴が鳴る。

 突然の来訪者。

 助かった、と安堵した瞬間に。


「……ちゅっ」


 柔らかなソレは俺の唇に押し付けられていった。



「もー、今大事なとこなのになんで邪魔入るかなぁ。勧誘とかだったらありえないんだけど~」


 鬼村はそう言いながら玄関へと向かって行く。触れられた場所から徐々に全身を熱くしていく俺を置いて。


 ……と、少しして戻ってきた鬼村が廊下の方の壁からひょっこりと顔を覗かせて言った。



「センセー、桃間の人来たんだけど。誰?」

「……は?」



 ***


 ──桃間の人、と鬼村が呼んだ理由は以前から聞いている通り桃間の親族は皆同じように見えるから、という話だろう。とはいえ今目の前にいるのは俺とは違って少し伸びた髪を茶色く染め、耳にはピアスをし、シャツのボタンをやたらと開けているせいで胸元が大きく開いた男だ。さらには眼鏡もかけてない為、俺に全く似てやしない。……が、この似ていない男は三歳年の離れた実の弟なのだ。


「何しに来たんだよ、三斗みと


 玄関先で俺がため息を吐くと、三斗は腕を組んでにやにやとしながら答えた。


「いやー、新しい彼女の家がこっちの方でさぁ。昨日泊まってたんだけど、帰る前にかず兄の部屋遊びに来ておこうかなって」

「狭いから来るなって言ってんだろ」

「うんまあ、正直部屋上がるつもり全然なかったんだけどさぁ。この子見たらちょっとお喋りしたくなっちゃった♪」


 そう言う三斗の目には鬼村が映る。

 三斗は人当たりが良く、友達も多くて性格の良いやつだが──いかんせん女にだらしない。歳は三十手前だが未だにフリーターだ。現在はバーテンダーの仕事を楽しんでいるようだが。で、その三斗が鬼村をどういう目で見ているかぐらい俺にだってわかる。


「……俺は話すことないから帰ってくれ」

「いやいやいやそれはちょっと無理があるでしょ! かず兄の部屋にこんな可愛い女の子がいんだよ!? つっこみたくもなるって!」

「こいつはー……ほんと、何でもないから」

「何でもないって何!? まさかセフレ!?」


 玄関口でぎゃあぎゃあとでかい声で騒ぐ弟に俺はげんなりとする。そうこうしている内に他の部屋の玄関扉が開く音が聞こえた。近所迷惑になりかねない為、早々にこいつを帰したいところだったが──


「ねー、上がってけば?」


 家主ではない鬼村の提案に、三斗はこれ幸いと俺の横を通り抜けて「おじゃましまーす!」と入ってきた。待て、家主は俺だぞ。


「ねーセンセーと全然違い過ぎない?」


 すたすたと部屋の奥へ行ってしまった三斗を見ながら鬼村が言う。俺は肩を落としつつ玄関扉を閉めた。


「ああそうだよ。兄弟だからって似てるとかねーからな」

「え~顔は似てなくもないんじゃん? ってことは、センセーも髪染めたらああなるってことかぁ」

「染めねぇよ」


 なんでせっかくの休みに……と思いながら、居間へと戻る。三斗は興味深そうに部屋の中を見回すと、奥の部屋の戸を勝手に開けて「あ!」と声を上げた。


「もしかして()()()()だった!? ごめん俺めっちゃ邪魔だったね!?」


 敷きっぱなしの布団を見てそう言い放った三斗に「違うわこのアホ!」と反射的に怒鳴りつける。さすがに布団を畳む習慣を身につけよう、と俺は思った。


「センセー、今日天気良いし布団ベランダに干しちゃったら? ふかふかになるんじゃん?」

「今更ならねぇよ」

「めんどくさがっちゃってさー、あたしやったげるって」


 断ろうとしたものの、鬼村は俺の言葉も聞かずに奥の部屋まで向かうと布団をひょいと持ち上げてベランダまで向かってしまった。行動の速さに俺は見ていることしかできないでいたが、三斗も同様に不思議そうに鬼村を見つめている。


「……ねぇかず兄」

「なんだよ」

「あの子、『センセー』って呼んでるけど、まさか生徒に手出したの? やばくない?」

「出してない!」


 むしろ俺が手を出されてる側だ! と言いたくなったが、それ以上は言わないでおく。ただ鬼村のことをどう説明すればいいのやら。こいつが現在うちの高校の、さらには俺のクラスの生徒であることは変えようのない事実だ(ということになっている)し、親の承諾を得た上での婚約済み、なんてことはうちの高校で話が広まってるだけであってきっとこいつに言ったところで「初耳なんだけど!?」と言われるだろう。


「こいつはー……その、えーと……」


 言い淀む。

 どうすればいい?

 多分こいつのことだから口止めをしたところで、うちの親と話した時なんかにうっかり「そういやかず兄の彼女さぁ!」なんて言い出すに違いない。親から詰められるのは勘弁してほしい。

 冷や汗がだらりと垂れる中、ベランダから鬼村が戻ってきた。


「あたし、センセーより年上だよ」

「え」


 唐突な鬼村の言葉に、三斗はぽかんとしていた。いや、俺も同じ顔をしているかもしれない。


「一樹は学校の先生でしょ? センセーって呼んでもおかしくないじゃん?」

「いやいや、ってか、君がかず兄より年上!? 嘘でしょ!? 全然若くて可愛いじゃん」

「あたしー、センセー以外に褒められても別に嬉しくないかなー。ってかお昼作っちゃうけど一緒に食べる?」

「え、うん食べる……」


 食べるのかよ。

 鬼村は台所へと行ってしまい、俺と三斗は放置されたようにそこにしばし佇んだ。


「……年上ってマジ?」


 三斗の問いに、俺は何と言うか迷ったが……でもあいつが百五十年だか生きてる鬼ってのには違いないだろうから「マジ」とだけ答えておいた。


 結局三斗も一緒になって昼飯を食べることになり、台所の材料を切る音が響く中、俺と弟は座って待っていた。


「彼女の家がさー、マジでこっから近くて歩いて五分くらいなんだよね」

「お前その彼女って何人目だよ」

「今三人!」

「って……三股してんのか」


 果たしてその彼女たちにはこのことを言っているのかいないのか。わからないが、今までに女に追いかけられて殺されそうになったなんて話を聞いたことがないのでこいつは相当器用なんだろう。羨ましくもなんともないが。


「にしてもかず兄割と近くにいんのに全然会わないよね~。雄兄ゆうにいもだし」


 雄兄、というのは俺の二つ下の弟──雄二ゆうじだ。少し離れているものの同じ県内に住んでいる。他の弟二人は地元の方にいるが……それにしたってなんで兄弟三人ともこの辺にいるのか。俺達が幼少期から長らく住んでいた地元は、かなり東の方だ。偶然が重なって今ここにいるわけだが……正直『桃間の家』のすぐ近くに住むようになったことはどうも偶然で片付けていいものではないような気もする。……なんて、本当にただの偶然かもしれないけど。


「……あ、そういや三斗は変な夢って今まで見たことあるか?」

「変な夢?」


 同じ桃間の人間ならばもしかすると弟は見たことがあるんじゃないだろうか、と思って聞いてみたが……そう言えば夢を見るのって桃間の当主になる人間だけだったか。


「あー……いや、ごめん何でもない」

「変な夢って、正夢とか、怖い夢とか? まー記憶に残る程のものは見たことないけど」

「はは、だよな」

「……あ、でもさぁ」


 三斗は座り直すと、少し上を見上げて思い出すように語り始めた。


「全然夢じゃないんだけど、昔変な人に会ったことあって」

「変な人? 不審者か?」

「まー不審者って言えば不審者だったんじゃないかな~。……小学生の時に俺と雄兄で遊んでたらさ、なんかやたらにこにこ笑ってる人が近づいてきて、



『お兄ちゃん、いる?』



 って訊かれたことあったな~。俺ら怖くて固まってたらいつのまにかどっか行ってたんだけど。で、あとから訊いたらさ、四伸しのぶ健五けんごも多分同じやつに話しかけられたことあんだって。しかも俺達と同じ時期じゃなくて、もっと何年も後」

「……四伸たちはなんて言ったんだ?」

「兄は三人います、って答えたら首振ってどっか行ったって」


 ──四伸は五つ下、健五は八つ下の弟だ。俺はこの初めて聞く話にやたらと鳥肌が立つのを感じた。


「なあ、そいつはどんな奴だったんだ?」

「んー……顔はよく覚えてないんだよなぁ。なんか今思えばちょっとセールスマンっぽい感じだったかも? にこにこしてたってのも気持ち悪いとか嫌な笑い方じゃなくて、警戒心解かれる感じっていうか……。まあそん時は聞かれただけだし、親に言うってこともしなくってさ。ずっと忘れてたけど……あれなんだったんだろうなー。俺と雄兄に聞いてきたってことはさ、かず兄のこと探してたってことでしょ?」


 嫌に早くなる心臓は恐怖を感じているんだろう。

 その俺を探してたというものがもし妖怪だったら、

 無防備な幼少時代にもし襲われていたら、

 ……今の俺はいないんだろうな。


 ちらりと台所を見ると、鬼村と目が合った。


「えーあたしじゃないって」

「……わかってるよ」


 俺達のやりとりに、三斗は変な顔をする。そりゃそうだ。──少しして、鬼村がテーブルへと近づいてきた。


「お昼できたよー! 暑いしそうめんでいいでしょ。あたし特製の美味しい付けダレもあるから」

「やった♪ 手料理とか俺めっちゃ嬉し~!」


 そう言って食べ始めると、三斗は目の色を変えて俺を見てきた。


「……かず兄、こんな美味しいのいっつも食べてんの?」

「いつもじゃねぇよ」

「あたしは毎日作ってあげたいんだけど~」


 鬼村もそう言うと昼飯を食べ始めた。俺も同様に箸を取る。


「いいな~。俺家庭的な子ってあんまし付き合ったことないからめっちゃ羨ましい~。ねぇねぇかず兄のどこが良かったの? 嫌なとことかない? 別れたら俺と付き合うとかどう?」


 矢継ぎ早に言う三斗の頭を問答無用で引っ叩いてやった。痛がるのを尻目に昼飯を食べ進める。


「だっておかしーじゃんか! かず兄全然彼女とかできないし!」

「できてもわざわざ言わねぇよ」

「ねー結婚とかすんの? あ、そういやお姉さん名前は?」

「ミキ」

「ミキちゃんかぁ~義理のお姉さんがこんな可愛かったら俺どうしよ~」

「どうもしねぇだろ」


 ──昼飯を食べ終えた頃には、三斗は「じゃーそろそろ帰るね!」とさっさと部屋を出て行ってしまった。本当に何をしに来たんだあいつは。

 嵐が過ぎ去ったことにほっとして、俺は換気扇を回すと流し台の縁に寄り掛かりながら煙草に火を点けた。


「……俺を探す変な奴、ねぇ。その時から俺を食ったら強くなる、みたいな話が出回ってたってことか? それで俺を探して?」

「どうだろうね~」

「それにしたってあんな話初めて聞いたよ。なんで今まで言ってくれなかったんだろうな」

「忘れてたんでしょ?」

「そりゃ忘れてたのはわかるけどよ」

「そうじゃなくって、頭の中から消されてたってことじゃん?」

「……消されてた?」


 唐突に昔見た映画のシーンが呼び起こされる。どこかの国のエージェントが相手の記憶を消す為にフラッシュを焚き、それを見た者は記憶が消えるというものだ。確か宇宙人とかが出てくる話だったような。


「多分使ったんじゃないかなぁ。狐狸狢こりむじな界変かいへんサービスとか」

「こりむじな?」


 鬼村が台所で昼飯に使った食器を洗い始めたので、俺は少しばかり横にずれる。が、今出てきた奇妙なワードに首を傾げた。


「ほらぁ、あたしとかそらが当たり前に学校通ってるじゃん? 妖怪が人間の学校に通うなんておかしな話~なんだけど、それをおかしくない、まるで当たり前みたいにしてくれるのが狐狸狢界変サービス。あっちとこっちを行き来できる獣たちに頼んでいろんな不都合を調整してもらうの。こっちでの身分だったり、必要なものだったり、住む場所だったり? この部屋借りれたのもそれのおかげ」

「なんか便利なサービスだな……? というかそんな便利なもんがあるんだったら、最初から俺の恋人になってる、みたいに世界を書き換えるなんてことできたんじゃないのか?」

「あー少しはできるんだけどさー、ちょっと難しいかな。途中で効果が切れちゃうとわけわかんないことになるし」

「効果が切れる……のか」

「そう。だからさっき弟くんが言ってたのもそうじゃん? 誰かが弟くんたちに近づいたけど、その事実を誰にも悟られないように、記憶の改竄をした。で、いつかはわかんないけど効果が切れたからその時のことを思い出して、弟くんはセンセーに話した」


 少し頭がこんがらがりそうになったが、俺は煙を吸い込むと「なるほどな」とどうにか飲み込んだ。隣では鬼村が皿を洗い終わって、手を拭いている。


「センセーは最初からあたしが恋人の方が良かった?」

「は?」


 と、返事をしたあとでそれは俺が言い出したことだとすぐに気が付いた。おかしなことを言わなければ良かった。


「あ、いや……そんなわけないだろ」

「だよねー。あたしも最初から恋人とかいうイージーモードは好きじゃないかな~。ってかそれってどうせあとからハードモードになるやつじゃん」

「なんだそれ」

「いろいろ捻じ曲げてセンセーがあたしを好きになってくれたとしても……それってほんとの気持ちじゃないじゃん?」


 鬼村が俺を見上げてそこに立っている。威圧感を感じて後ずさりをする。


「あたしはあたしで勝負したいの。あたしがあたしに恥じないように」

「……え、と」

「あたし、ズル無しでセンセーのこと落とせると思ってるから」


 俺の背中が壁にぶつかり、逃げ場は無くなった。

 鬼村の身体がさらに近く、その手は俺の腰を撫でた。


「だってセンセーもあたしのこと、可愛いって思ってるでしょ?」

「……っ」

「さっきの続き、しようよ」


 唇に目が行く。

 潤んだ瞳が俺を見る。

 食事をしたせいで体温が上がったのか、頬が上気している。


 引きずり込まれるような引力を感じて、

 俺はごくりと喉を鳴らした。













「──買い物! 今日は買い物に行ってこねーと冷蔵庫ん中何もねぇから!!」


 一瞬の隙をついて俺はその場から逃げた。財布と鞄を引っ掴んで玄関へと走り去る。


「お前は留守番!」


 そう叫ぶと玄関の扉を慌てて開け、バタンと閉じた。鍵を探したが、ポケットには入っていない。諦めて玄関前でしゃがみ込む。





 ──だってセンセーもあたしのこと、可愛いって思ってるでしょ?




「………」


 一息吐いて立ち上がる。


 平然と歩いていたものの、


 階段を踏み外した俺は相当に動揺してるのかもしれない。


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