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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第三章 街の妖怪たち

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第54話 はむっとクマ号!美味しい旅へご招待!


 ──とあるファンシーショップ。

 全体的に淡い色のキャラクター雑貨がそこかしこに立ち並び、それを眺めるのはほとんどが若い女子学生やはしゃぐ女児とその母親など。そして最近人気の『はむっとクマ号』はどの層からも人気らしく、使い勝手のいい文具を始め、服飾雑貨、さらには大きなぬいぐるみまで様々な商品が置かれていた。


 そう、どの層からも、人気らしいのだ。


「ふむ……」


 狭い通路でしゃがみ込みながら小さな掌サイズのキーホルダーを両手に唸っているのは、この『はむっとクマ号』に魅入られたひとりであり……


 妖怪で、

 真っ赤な肌を持つ()鬼────否、

 今は恰幅が良くくせ毛をオールバックにまとめた、あの鬼村の“父親”だ。



「……あの、まだ決まりません?」

「黙っていろ小童こわっぱ。見てわからないか、顔がひとつひとつ違うのだ。どの子にするかよくよく吟味しなければレジへ向かうことはできない」

「……それはまあ、そうなのかもしれませんけど。他のお客さんも待ってますし……」

「………」


 ギロリ、と鋭い眼光が俺を見上げつつ睨みつけた。


「……これに決めた。行くぞ、婿むこよ」

「………」



 周りからの痛い程の視線に耐えつつ、俺は鬼村の父親──豪鬼ごうきさんの後ろをついていった。




 ***


 今朝は午前からバイトだという鬼村に朝早く起こされ、普段なら寝起きの悪さに数本煙草を吸わねば気持ちを落ち着けることもできなかったが、ここ一週間の良好な睡眠に俺は早起きも苦ではなくなった。よって、早くから出勤し、昼を過ぎた今仕事を終えて退勤しようというところである。


 こんなにゆとりのある一日は久しぶりじゃないだろうか。


 最近は嫌々ながらも午前までに仕事を終えねばならず、午後はかまいたちのところやコラボカフェや対妖情報機関たい・あやかしじょうほうきかんから頼まれた調査など……いろんな場所へ連れ回され疲弊していたが、本日は何の用事もない。まさに久しぶりの余暇といったところだ。まあ暇を楽しむのは明日にして今日は帰ってぐーたらしてしまうという手もあるが。なんにせよ、帰ってどう過ごそうかと少しばかりうきうきとした気持ちがあることに自分でも気づいていた。


 のだが。


 俺は学校を出たところで違和感をすぐに覚えた。

 違和感と言っても、いつもの転外界へ引きずり込まれる際の気持ち悪さや視界の違和感といったものじゃない。校門前に立つ何者かが目に飛び込んできたんだ。


 見た目はいかつく、どこぞのチンピラかという程ゆとりのありすぎるスラックスに柄シャツという服装、さらにはオールバックというヘアスタイル。サングラスでもかけていようものならば「やばい、反社会的勢力ヤクザだ」とつい口走りそうになる。(いや、サングラスなんてかけてなくても言いかけた)


 だが万が一にも人相の悪すぎるその男が生徒の親御さんであった場合を考え、にこやかに挨拶をしてさっと通り過ぎよう、と俺は心に決めつつ痛む胃を押さえながら校門まで向かった。



「おい」



 にこやかな笑顔を作りかけていたまさにその時、俺は男に話しかけられた。


「……はい」

「婿よ、少しツラを貸せ」

「……はい?」


 ムコ、と言ったか。

 ムコ……婿??


「なんて顔をしている。……ああそうか、この姿はお前には馴染みがないか」

「いや、馴染みがないどころかあっちの姿も馴染みはないですが……鬼村のお父様ですね」

「そうだ。おれが美鬼の父親だ」


 腕を組み、さも当然と言わんばかりに男は鼻息を荒げた。ひんやりとした冷や汗が背中を伝っていくのを感じた。思い出すのは校長室で初めて見た俺の背丈よりもかなり大きな赤鬼の姿。あれが、今人間へと姿を変えてここにいる。


「あー……えーと……鬼村はここにはいませんけど」

「お前に用がある、婿よ」

「ちょっと待ってくださいね……なんですかその、婿って……」


 俺の質問が悪かったんだろう、鬼村の父親は目を細め俺を睨みつけると盛大に舌打ちをした。


おれもお前をそう呼ぶのは気に食わないがなぁ、屠鬼ときが仲良くしろと言っている。仕方がないからそう呼ぶことにした」

「とき……?」

「美鬼の母親だ」

「あ、ああ……お母様ですか」


 笑顔が引きつる。あまり地雷になるようなことを言うと今日俺の首が物理的に飛ぶんじゃなかろうかと気が気じゃなくなった。


「それでその、お父様が僕になんの──」

「その『おとうさま』とか言うのをやめろ! むずがゆい!」


 そう言うと鬼村の父親はぎりぎりと歯軋りをすると、「豪鬼だ」と吐き捨てるように言った。そっちは婿と呼ぶくせになんつー仕打ちだよ。


「ごうき、さんですか」

「豪鬼だ!」



 ──ブワッッ……!!



 と、急に強く風が吹き抜けたと同時に頭の中にイメージのようなものが流れ込んでくる。なんだこれ。それが通り過ぎていくと、急に理解した。


「あー……豪鬼さん、ですか」


 俺の返答に少し満足したのか「ふん」と鼻を鳴らすと豪鬼さんは歩き出し、俺は仕方なし後ろをついて歩いた。

 今のは一体どういう力なのかは知らないが、言葉だけじゃ理解できなかったものが急に頭に流れ込んで来たな。テレパシーとかそういう類のものか? 妖怪ってのはなんでもできるんだな、と思わず感心してしまう。


 ──そして仕事帰り一体どこへ連れていかれるのかと思っていれば、辿り着いたのは冒頭のファンシーショップだったというわけだ。



 いや、なんでだよ。



 ***


 店を出て街中を歩いていると、いつもならば通行人と肩でもぶつかりそうになることはよくあるのだが……どうやら今日は比較的道が空いているようだ。この鬼(父)のおかげで。

 向かい側から歩いてくる人々は豪鬼さんに気が付くと悲鳴でも上げそうな顔をしてそそくさと道の脇へと避けていく。歩くだけで広い道ができるのだから便利なものだ。俺はその後ろないし横を歩くだけである。が、俺もこんないかつい顔の男が歩いてきたらさっさと道を空けるだろう。触らぬ鬼になんとやら。


 ふと豪鬼さんが立ち止まり、俺は危うくそのでかい背中にぶつかりそうになった。


「ここだ」

「え? なんです?」


 何を目的に歩いていたかも教えられずにここまでついてきたが、一体この鬼が何の目的でやってきたのかと俺はひょいと鬼父の視線の先を追った。ビルの一階部分には、これまたファンシーな飾り付けの施された店。まさかとは思いつつも多分ここなんだろうと目線を上げれば、男は「うむ」と頷いた。


「入るぞ」

「ここに!?」

「文句でもあるのか」


 メキメキッ、と音が鳴った。一体何の音かと出どころを見れば、それは豪鬼さんの握った拳から発せられた音だった。


「……いえ、文句はないです」

「ああそうだろう」


 俺はまた何故かこの屈強な男の後ろについてまるで似合わない場所へと足を踏み入れた。


 ──店内に入ると店員が僅かに動揺した表情を見せていたが、どうにかプロ根性で「お席へご案内します」とにこやかに声を絞り出していた。どう考えたってこんな男が来るようなところではないもんな。(そして俺が来るところでもない)

 椅子に座るとテーブルに置かれたメニューを睨みつけ、豪鬼さんはそっと目を閉じた。


「おい、何を頼む」

「……僕はコーヒーのみで大丈夫です」

「なんだ、メニューは見たか」

「腹は減ってないので」


 俺の返答にしばし不快そうな顔をしていたが、彼はすぐにテーブルの上のボタンを押した。慌てたように一人の店員がやってきて、「ご注文お伺いします!」と裏返った声を上げている。そこへ鬼村父がメニュー表を指差して言った。


「──この『わくわくクマ号セット』と『もぐもぐクマ号パフェ』、あと『クママ特製キラキラとろぴかるじゅーす』……そしてコーヒーを一杯頼む」

「くっ……クマ号セットのおまけは、ステッカーとコースターを選べますが、ど、どちらに……」

「ステッカーで頼む」

「か、かしこまりました……! パフェとジュースはお食事のあとで、よ、よろしいですか?」

「そうしてくれ」

「かしこまりました!」


 そそくさと退場していく店員。もう少しいてくれてもよかったのにな。どうかこの見た目と趣味がそぐわない親父と二人きりにしないでくれ。


「……美鬼は、元気か」

「えっ?」


 唐突な問いに、俺は一瞬頭の中が空っぽになった──が、すぐに脳みそをフル回転させる。


「ああ……はい! 鬼村はいつも元気ですよ。授業態度は少し悪い時もありますが、身体を動かすのは好きなようで体育ではいつも率先して前に出ていると聞いています。あとは部活動ですが一応は陸上部に在籍しているものの、まだ部活に出たことはないようでもしよろしければお父様の方からも娘さんに少しやってみるよう声がけを──」


 と、そこまで言ってはっとした。

 俺はなにをやってるんだ、保護者面談じゃないんだぞ。


「……すみません、ええとー……いや、元気ですよ。元気すぎるくらい」

「そうか」

「よく笑いますし、よく食べますし」

「ほう……」

「料理をするのも好きみたいですね。あー、あとバイトも頑張ってるみたいで」

「バイトか。そんなことせずとも人間から脅し取ればいいものを」

「……もしかして豪鬼さんは脅し取ってるんですか?」

「ふん! ……建設業を少しばかり手伝ってやって金を巻き上げているだけだ」


 それもバイトなのでは、と言いかけたがここはぐっと言葉を呑み込む。

 初めて顔を合わせた時はさすがに鬼の姿だったこともあって圧倒的プレッシャーに恐ろしさを感じたが、今はまあ……違う意味で恐ろしさは感じるものの、全く話せない相手ということもない。あいつの父親、って感じはあまりしないけれど……。


「豪鬼さんは……本当に鬼村の、ああいや……美鬼の、父親なんですよね?」


 上手く笑えず半笑いでつい聞いてしまった。もしかすると今の聞き方はよくなかっただろうか。親子関係を疑うような質問にも聞こえたかもしれない。いや、そうとしか聞こえないよな。


「あ、あーいや今のはその──」

「……顔が似ていないという話か」

「え。ええー……どう、でしょう。まあ似てないとも思いますけど……」

「まあそうだろう。人間と違って我々には血の繋がりというものはない。同質の存在であり、同時に全く異なるものだ。妖力を分けたからと言って、似通るものでもない」

「……妖怪は父と母の妖力を半分ずつ混ぜて子どもを作る……とかでしたっけ。あいつから聞きましたけど」

「………」


 俺の質問には答えず、豪鬼さんは押し黙ってしまった。沈黙に耐えるのはきつかったが、数分もすれば頼んだコーヒーと共に、オムライスのセットがテーブルに置かれた。おまけのステッカーとやらも置かれている。豪鬼さんはスプーンに巻かれた紙ナプキンを取り外すと、オムライスを端から掬い上げ、食べ始めた。柄の悪い大男が可愛らしいピックのついたオムライスを食べる様は異様だろう。店の奥から店員がこちらの様子を伺っているのがちらりと視界に入った。


 彼が食べている間、俺はなるべくゆっくりコーヒーを啜る。会話をしなくても済むように。一体全体今日はなんで俺はこんなところまで連れてこられたのか。そういや前に会った時に「お前がどんな人間か探る」なんてこと言われたような気がしないでもない。ってことは、保護者面談ではなく婿候補の面談ってことか? いや、でもそれならそもそも最初に俺のことを『婿』とは呼ばない気も……


「婿よ」

「んぐっ……!」


 またも唐突な婿呼びに俺はついコーヒーを吹き出しそうになるのを我慢する。ここで顔面にコーヒーなど吹けば確実に恐ろしい目に遭うに決まっている。相手は本物の鬼だぞ。


「……ん、げほっげほっ……はい……なんですか」

「鬼は、執着の無い妖怪だ」

「──はい?」


 豪鬼さんの太い指が、可愛らしい旗の形をしたピックを摘まみ上げている。それをじっと見ながら、また口が開いた。


「怒りや憎しみが全身を支配し、すべてのものを壊さなければ気が収まらない。


 言葉も通じず、耳に入ってくる音全てが雑音で不快を感じる。


 咆哮は大地を揺るがし、吐いた息はその地を腐らせる。


 鬼とは、安寧と対極にある存在だ」



 旗をクルクルと回す豪鬼さんの目は、虚ろだった。



 何を言っているのか、俺にはわからない。

 いや、

 わからないわけではない。ただ、理解に苦しむ。


 だってそうだろう、それが本当だとしたら今目の前にいるこの男はどうなる?


 そして鬼村は?



「……ええ、と」

「何、ただの昔話だ」

「昔話?」


 豪鬼さんがオムライスをまた小さな一口分掬うと、大きな口へと運んだ。


「かつてはそうだった。おれたちは人間たちの中の様々な恐れから生じ、混乱を起こした。災害であり、飢饉であり、疫病だ。この時、おれおれというものを持ってはいなかった」

「……どういうことですか?」

「鬼は形を持たなかった。災厄の全てが鬼で、おれはその一部でしかなかった。屠鬼ときもそうだろう。今で言う『最古の鬼』とは、その時はおれたちも含まれた。だが……ある日突然、何かが変わった」


 全てのオムライスを平らげると、豪鬼さんは背もたれに体重を預けた。丁度近くの席の料理を運んできた店員が気づいて、空になった皿を持つと「ただいまデザートお持ちします」と行ってしまった。


「……変わった、というのは?」

「さあな、何もわからない。変わったことだけはわかった。最古の鬼と呼ばれるものから、おれや他の鬼どもは分離し、徐々に身体を得た。おれおれとなってからもう随分と経つ」

「………」


 残りわずかとなり、ぬるくなったコーヒーが喉を流れていった。苦いはずのコーヒーは味がしなかった。


「じゃあその、もし分離していなかったら、豪鬼さんも桃太郎に封印されてたかも、ってことですか?」

「それはどうだろうな。そもそも形の無いものをどうやって倒すというんだ」

「あ、そういうことになるのか……。じゃあ豪鬼さんが抜け出たあとの最古の鬼っていうのも、その時身体が出来たってことなんですね?」

「そうだろうな」


 その時、パフェとジュースが運ばれてきた。厳しい顔をしていた豪鬼さんも、一瞬だけ顔色を明るくさせる。相当このクマのキャラクターが好きなんだろう。今になってそれが少し微笑ましいような気がしてきた。


「……食べたいのか」

「い、いえいえいえいえ! 全然! お一人で食べてください!」

「腹が立つ物言いのする奴だ」


 ちっと大きく聞こえるように舌打ちすると、豪鬼さんはパフェを口に運んだ。


「あのー、鬼村から昔の鬼は殺し合うのを楽しんでたみたいな話を聞いたことがあって……」


 出会ったあの日の話だ。

 俺を組み敷きながらあいつは鬼についての説明をしていた。


『鬼ってのはさぁ、自分の力が強いことが第一なのよ。そのせいで種族のハンエイ? みたいのってあんまし興味が無かったりすんのね』

『とにかく力を見せつけたり、殺したり殺されたりする中で、気づいたらすっごい減っちゃったんだよね。これって結構さみしくてさ~、もう数えるくらいしかいないなーってある時気づいたわけ』



「──その通りだ。自らの存在を得た鬼は、自分自身の有り余る力に狂喜し、持てる限りの力を奮った。人間や村はあっという間に壊れてしまうからな、力を試す相手には鬼同士が丁度よかったのだ。……いや、違うな。その頃には、壊せば無くなってしまうことをおれたちは理解し始めたのだ」

「……感情が芽生えた、とかそういうことですか?」


 俺の問いに、豪鬼さんはパフェを見つめていた目を俺に向け、それからまたパフェを見た。ただスプーンを持つ手は動かない。


「少しずつだ、おれたちが人間のような()を持ち始めたのは」



 ──少しずつ減っていくパフェのてっぺんには、まだクマの形のチョコレートが刺さったまま。それをいつ食べるのか俺は見つめながら、また黙りこくってしまった豪鬼さんが全てを食べ切るのを待った。


 鬼についての話はそれきりだった。


 何も話さず、何を話したくて来たのかもわからず、そして、ただひたすらこの鬼がこの可愛らしいクマのキャラクターへ愛情のような執着というものを抱いていることを理解した日だった。



 ──妖怪は、生き物じゃなくて現象。


 いつだったか鬼村が言っていたことだ。



 少しだけ分かった気がする。

 けど今もそうなんだろうか。


 これまでに出会ってきた妖怪を思い浮かべて、俺は、こいつらと人間の違いを静かに考え始めていた。



 今までに何度か感じた、あいつが俺に触れる感覚が蘇る。


 熱を帯びた体は──俺と何の違いがあるのか。



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