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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第三章 街の妖怪たち

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第53話 一尺の桃


「桃太郎について?」

「はい、先祖だとは言っても強い鬼と戦ったってことくらいしかよく知らなくて……」



 ──今から二週間ほど前、初めて会った対妖情報機関たい・あやかしじょうほうきかんの職員深山(みやま)さんに「何か最後に聞いておきたい事はありますか」と訊かれ俺はすぐさま先祖についての質問をした。その場にいた対妖情報機関の支部長である小田おだ舟耀しゅうようさんはうんうんと頷くと、深く座っていた椅子から少し体を起こし、座り直した。それを見て深山さんも話は彼に任せることにしたようだ。


「記録によると、鎌倉時代の西暦1200年ぐらいのこと。山の麓の村で暮らす夫婦のうち奥方の方が川上から流れてくる桃を発見したそうだ。洗濯をしている時に、どんぶらこ、どんぶらこっていうやつだな。桃の大きさは一尺……大体三十センチ程だったらしい」

「三十センチ? もっと大きいのかと思ってました」

「がはは、日本国民がよく知る桃太郎はそうだろうなぁ! まあだとしても、やけに大きな桃があるもんだと思った奥方は持ち帰ることにしたようだ。その頃は不作が続いていたようで碌に食べ物もなかったわけだが……。夫婦が桃を口にしたのは、発見してからかなり経ってからだと記録にはある」

「すぐに食べなかったんですか? 食べ物も無かったんなら、早く食べたかったんじゃ」

「細かいことは記録にはないが、持ち帰ってはみたもののどうも「食べてはいけないもの」という認識を持っていたらしい」

「食べてはいけないもの?」


 俺が訊くと、小田さんはたっぷりと蓄えた顎髭を撫でた。


「その後どういった理由でかはわからないが、その桃を口にした夫婦は桃のなんらかの力によって子をもうけたらしい。ああ、神がかり的な懐妊をしたわけではない。ただの単純な性交だ。ただ、どうもその夫婦は長らく子を授かることがなかったそうなんだが、その桃を口にしてからの最初の性交で妊娠したらしい。記録にさえ残っているのだから、夫婦はそれをずっと疑問に思っていたんだろうなぁ」

「……そのあとは桃太郎が成長して、鬼退治に?」

「ああ。だが、その桃太郎が成長してというところは詳細な記載はない。どのくらいの年数経った、というところも不明だ。桃太郎という存在を認知したのも記録を取ったのも、桃太郎が鬼を退治してからの話だ。記録を取り始めてすぐは桃太郎の生みの親である夫婦に話を聞けていたようだが、夫婦はその後すぐに亡くなっている」

「亡くなっている……?」

「いやあ何、特段おかしな話ではない。ただの老衰だ。ちなみに作物の不作は鬼退治後からは一転して豊作になったとも記録されていた。どうも鬼が瘴気を放っていたようで、作物への悪影響を及ぼしていたらしい。それが改善されてからは村では作物が良く穫れ、村は次第に大きくなっていったのだという」


 鬼退治をしたことで平和になった、ってのはそういうこと含めてか。


「鬼の討伐は桃太郎よりも前から当時の国や陰陽師たちが奔走していたようだが、なかなか実現できないでいたという。鬼の力が強大すぎて、被害を最小限に抑える為の対応しかできていなかったそうだ。国の人間たちが駆けずり回っている間に、桃太郎がひょいと鬼を退治してきたというのだから最初は誰も信じられなかったに違いないだろうなぁ」

「……あの、その後鬼は封印されたって聞いたんですけど」


 俺が新たな話題へと移ろうとすると、小田さんと深山さんの表情が変わった。少し強張っている。俺は何か良くないことを言っただろうか。


「ああ、封印した。桃太郎は鬼退治の際に鬼の身体を四つに分けていてな。これについては知っているだろうか?」

「ええと……頭と、両腕、胴体、両脚って切ったんでしたっけ?」

「ああそうだ。当時、桃太郎には封印の力は備わっていなかったという。その為当時の陰陽師たちが力を貸したわけだが……」

「……?」

「それぞれ力のある神社で封印することになったのだが、封印後すぐそのうち一つが盗まれている」

「……盗まれた?」

「盗まれたのは両腕で、未だに発見はされていない。誰が持っていったのかも不明だ。その後封印に関わった陰陽師も数名失踪している」

「………」


 それぞれ、力のある神社で封印……? だとしたら、うちに代々伝わる“親父が失くした”っていう『箱』は鬼の部位じゃなかったってことか? それに、盗まれたって……。

 その後どこの神社に鬼の部位が封印されているのか訊ねたが──諸事情により答えられないと言われてしまった。

 結局、桃太郎についてはよくわからない。謎はいっぱいある、ってことくらいしか俺の頭には残らなかった。だが妙に気にかかり、午後の空きコマの間化学準備室で眠気と戦いながら仕事をしていた俺は、特に意味もなく『桃太郎』『鬼』『封印』なんてキーワードを検索窓に打ち込んでいた。




 ──そしてあの日小田さんから教えてもらった「桃太郎はその後突然記録から消えているが、死んだのか、失踪したのか、何もわからん」という言葉は時折俺の脳裏をかすめていった。





 ***



「せっかく顔色良くなったっていうのに、なーに小難しい顔してるんですか♪」


 ──夜の七時、退勤後に校門を出たところで河原先生が俺の顔を覗き込んで何やら楽し気に言った。


「ちょっと考え事です」

「あれれ、桃間先生ともあろう人がもしかしてまだテスト作り終わってないんです~?」


 河原先生が言うテストとは夏休み前に行うテストのことだ。俺は肩を竦めて答えた。


「ほとんど終わってますよ。一応来週の授業の内容まで含みたいので完成ってわけではないですけど」

「僕もそろそろ終わりますよ~。今回はとっても簡単に作ったので生徒たちから拍手喝采を浴びるでしょうね!」

「簡単すぎるのは問題だろ」

「あの子たちにはこれくらいがちょうどいいってことです♪」

「真面目にやってるやつもいるだろうが……」

「僕が真面目にやっちゃったら点なんてみんな取れませんよぉ。ささー、ってことで今日は日々の頑張りをざぱーっと流しに行きましょう!」

「………」


 河原先生と肩を並べて歩く行先は、以前にも一度行った銭湯だ。昨日急に「明日銭湯寄って帰りましょう!」なんて誘われた時にはどう断ってやろうかと思ったが、夢見が良く疲労感が軽減された今こそでかい風呂でゆっくりと癒されるべきなんじゃないかと俺は踏みとどまった。よく眠れるキーホルダーの期限も明日で切れることだし。そして別に河原先生と一緒に行く必要は全くないが、せっかく誘ってくれたからな……と普段の邪険な扱いにほんの少し罪悪感を抱き、今回ばかりは付き合ってやることにした。



 ──目的地の銭湯はそう古くもない、小綺麗な施設だ。よく掃除の行き届いた清潔感ある脱衣所で服を脱ぎ始めると、またもや河原が覗き込んできた。


「桃間先生、筋肉つきましたね~」

「じろじろ見るな、気持ち悪いわ」

「ええーいいじゃないですかぁ。だって随分前にここに来た時は、ガリガリだったでしょ! 骨と皮みたいな!」

「そこまでじゃなかったっての」

「もう死にかけみたいな身体してましたよぉ~」


 そう言ってシャツを脱ぐ河原先生は、着やせするタイプなのかかなりがっしりとした筋肉がついている。ジム通いが趣味って言うけど、正直似合わないんだよなぁ。もっと別のところで遊び惚けてそう。


「やだ、桃間先生も僕の身体見てるじゃないですか!」

「見てねぇよ」

「嘘つき! 見てた!」

「………」


 面倒なことを言い始めたな、と思い俺は無視をして大浴場へと一人向かった。まだ準備の終わっていない河原先生は「あーすぐ僕のこと置いてく~」などと言っているが、待つつもりは一切ない。

 ひとしきり身体を洗い終われば、最大の目的だったでかい浴槽の中へと入っていく。熱い湯の中でゆっくりと腰を下ろせば、「ああー……」と腹の底から気持ち良さを表現する声が溢れ出た。


「いやー、でっかい風呂はいいですね~! 僕の家の風呂小さくって~、全然足伸ばせないんですよ」


 いつの間にやら隣へやってきた河原先生も腰を下ろすと「あー気持ちいい~」と声を上げている。


「うちも同じようなもんですよ、真四角のちっさい風呂です」

「そのタイプ風呂入るのしんどすぎません? もう少しいいとこ引っ越さないんです?」

「学校までの距離もちょうどいいし、生活するのに便利なんですよ今のとこ」

「ああ~そういうのありますよね~。僕も今のところ引っ越すならマンション内にジムとプールと温泉完備ってならないとちょっと気が進まないですもん」

「そのマンション月にいくらかかんだよ」


 目を瞑り浴槽のへりに頭を預ければ、気持ちのいい温度に意識を手放しそうになる。

 ああ

 再来週にはもうテストか。

 それが終われば夏休み……って、俺の休みはまだまだ先だけど。

 ……やべ、夏休みの宿題作るの終わったと思ってたけどまだだったかも。

 帰ったら……あーいや、明日確認するか……。

 今日って鬼村バイトって言ってたっけ。

 それとも遊びに行くとか言ってたか?

 帰ったらいんのかな。

 飯買って帰って、もし作ってあったらどうしよう。

 それの確認の為に連絡するってーのもな……。

 こないだあいつが作ってた野菜炒め美味かったな。

 野菜炒めってあんな味するもんなのか?

 あとあれだ、

 えーと……




「──鬼村ちゃんと同棲生活楽しいです~?」

「………………っ!?」


 急に耳に入ってきた言葉に、半分寝かけていた俺はびくりと身体を震わせた。


「なっ、ん、え!?」

「あれぇ、違うんですか? だってほら、前に桃間先生彼女と同棲してるって言ってたじゃないですか」

「言ってない、あれはお前が勝手に勘違いしてただけだろ」

「あそっかぁ~、じゃあ鬼村ちゃんとは一緒に住んでないんです?」

「住んでない」

「なぁんだ。いっつも澄ました顔してるくせに家に帰ったら年端もいかない幼気いたいけな子にあんなことやこんなことしてるんだと思ってましたよぉ」

「勝手な妄想はやめろ」

「でもそういうAVありそうじゃないです? あとで探してみましょうか!」

「や! め! ろ!」


 ギリギリと歯を食いしばって威嚇して見せれば、河原先生は愉快そうに笑っていた。


「やだなぁもう、ジョークじゃないですかジョーク~」

「自分の立場を忘れてんじゃねーよ」

「こーんな素っ裸で立場も何もないでしょ。学校を出てしまえばただの一般人、スーツを脱いじゃえばただの男、じゃあこの体から抜け出しちゃえば、僕や桃間先生は一体なんになるんでしょうねぇ」

「……は?」

「人間ってのはガワを見て判断してるってことですよ~。ほらほら、僕がめちゃくちゃ太って腹囲が四倍とかになったら僕のことわかんなくなるでしょ? あ、桃間先生はわかってくれます?」

「他人のフリするよ」

「え~わかってるのに知らないフリするってことですか!? 冷たい!」

「冷たくねーよ」

「僕だったら~、桃間先生がどんな姿になってもわかる自信あるなぁ~」

「はあ? なんで」

「だって桃間先生なら、犬だろうが猫だろうがトキだろうがわかると思いますよ」

「どっからトキ出てきたんだよ」

「どんな姿になっても、眉間にこーゆー皺が絶対ありそう」


 そう言って河原先生は眉間にぎゅっと皺を寄せて見せる。わざとらしい表情に俺は口元を引きつらせた。


「河原先生もどんな姿になってもへらへらしてそうですよ」

「にこにこ優しい顔って言ってくださいよぉ」


 そこまで言うと、河原先生は「僕あっちの打たせ湯行ってきまーす」といなくなってしまった。ようやく静かになり俺はほっとする。また目を瞑ると、今日の仕事で気になったことや、考えていたことを頭の中でまとめ始める。

 その時、ノイズのようにまたあの日の会話が脳裏に浮かんできた──。




『──あの、桃太郎の出生のきっかけになった桃って、神様の力が宿っていたとか……』



『うん? まあ何らかの力が宿っていたことには違いないだろうが、神の力などといった記録はどこにもなかったな』



『………』



 俺はあの日、隣に座る眠たそうにあくびをした鬼村を見ることができなかった。






 ──どっかの神様たちがね、川に流した桃なんだって~。



 ──で、神様の力が宿った桃効果なのか、その桃太郎は成長したあと身勝手な正義感で鬼退治とやらに行きましたとさ~。




『どっかの神様たちが』


『川に流した』


『神様の力が宿った桃』





「──人間側が知らなくて、妖怪だけが知ってることがあるってことなんだろうか」


 温まった両手で、顔を覆った。


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