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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第三章 街の妖怪たち

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第51話 不法侵入



 ──ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴って、あたしは「やっとかぁ」と立ち上がった。今はもう夜の零時。遅いような気はしたけど、案外早いくらいなのかもしれない。

 玄関の扉を開けるとそこにいたのは、満面の笑みの女の子。まんまるなほっぺのお肉は食べたら美味しいかもしれない。……冗談だけど。


「美鬼さんお久しぶりですー! 夢鑑定サービスに参りました、夢子です!」

「久しぶり~。元気そうだね」

「とっても元気ですよお!」

「てか二、三週間とか言ってたくせに結局一か月かかってんじゃん」

「いやぁ忙しかったんですよぉ~。それでそれで、噂の桃間はこの部屋に?」


 夢子ちゃんはそう言うと興味津々って感じであたしの部屋の中を覗き込んだ。


「いやー、隣だよ」

「お隣に住んでらっしゃるんですか~!? もういっそ同じ部屋に住んじゃえばいいのに♪ 美鬼さんのだ~いじな人間なんでしょう? やっぱ食べるんですか?」

「食べないよ」


 むっとして答えると、夢子ちゃんはけらけらと可笑しそうに笑った。


「冗談、冗談ですよぅ。美鬼さんが人間の男に入れ込んでるってのはちゃーんとわかってますから! でも桃間って食べたら美味しいんですかねぇ、やっぱり桃の香りが……」

「夢子ちゃん。センセーの前でそういう話やめてね。あと食べたらめっちゃ腹壊すらしいよ」

「えーっまじですか~!? お腹壊すのかぁ。やっぱ桃間なんて碌なもんじゃないですね!」

「………」


 ため息を吐きそうになって、どうにか飲み込んだ。夢子ちゃんは悪い子じゃないんだけど、ずけずけと言うところがあるから……って、それはあたしもか。


「んじゃ、こっちね」

「はーい♪」


 あたしは自分の部屋を出て、センセーの部屋のチャイムを押した。しばらく静かだったけど、中からこっちへ向かってくる音がする。ドアが開いたと思うと、眉間に皺を寄せたセンセーの顔がドアの隙間から見えた。


「夜中に鳴らすのやめろ」


 そう言ったセンセーはもう寝る格好をしてて、さっき入ったシャワーで濡れた髪も乾ききってた。


「ごめんごめん。でも今はさすがにいきなり入ったら悪いかなーと思って」

「どうもー! 美鬼さんからご依頼承りました、夢鑑定サービスの夢子です♪」


 あたしを遮ってセンセーの前に顔を出した夢子ちゃんが「ほほうこれが噂の」なんて呟いた。センセーはまさかあたし以外に誰かいるとは思ってなくて面食らった顔をしたかと思うと、仕方なさそうにドアを開けた。


「鬼村、こんな時間に誰と何の用だよ」


 どうせこいつも妖怪なんだろ、って顔で訴えてくるセンセー。そうそうその通り。話が早くて助かるよね。


「センセーしょっちゅううなされてんじゃん?」

「はあ?」

「だからばくの夢子ちゃんに、夢を見てもらおうと思って」

「………」


 ──胡散臭そうな顔。

 多分めーちゃくちゃ疑ってんだろうなぁ。


「そう身構えなくって大丈夫ですよう! 桃間さんはいつもと同じように寝てくださって大丈夫です♪ 鑑定はこちらで勝手にやっておきますし、結果は美鬼さんにお伝えしますから!」

「……知らねー奴がいるとこで寝れるとでも思ってんのか」

「ぐっすり眠れるお香を焚きますからご心配なく~♪」


 夢子ちゃんはそう言うと「おじゃましまーす!」と中へ入っていった。押し退けられるようにされたセンセーは目を白黒させてる。なんだかちょっぴり可哀想になって、あたしはセンセーの肩をぽんぽんと叩いた。


「ごめんねセンセ。あの子、結構強引だからさ」

「いやお前が言うなよ」



 ***


 部屋の中は薄暗くて、柔らかい火を灯したキャンドルがいくつか置かれてる。センセーはまるで祭壇にでも寝かされてるかのように居心地悪そうに布団の上にいた。


「……俺、このあと食われたりしないか?」

「ダイジョブだって~。ほらほら、センセーは目瞑って、聞かれたことにだけ答えて!」

「………」


 夢子ちゃんは準備が終わったのか焚き終えたお香から離れるとあたしの隣、センセーの真横に腰を下ろした。


「では始めますよ~。さっき簡単に説明しましたけど、私は獏、悪夢を食べる妖怪です。美鬼さんに頼まれて『うなされている桃間さんの夢』を鑑定しに来ました」

「……はあ」

「それで桃間さんご自身は、悪夢の内容を覚えていたりは?」

「悪夢なんて見てるつもり無いんだよな……朝起きても全然覚えてることはない」

「そうですかそうですか。ちなみに眠りが浅いとかは?」

「浅い時もあるけど、困ってるって程じゃ……」

「朝起きた時の疲労感は?」

「疲れはそんな取れてる気はしないな。……これ、夢の鑑定、なんだよな?」


 センセーは目を開けて困ったような顔であたしの方へ訴えてきた。けど夢子ちゃんはあたしの前に顔をひょっこりと出してセンセーと目を合わせる。


「夢の鑑定は桃間さんが入眠したあとに行いますから! これは事前調査です!」

「はあ……そう」

「ではではそろそろ眠くなってくる頃ですかね~。眠たければ寝てくださって大丈夫ですよ♪」

「んな急に眠くなるわけ──」


 センセーの言葉が途切れた。

 うっすら開いてた目と口がゆっくり閉じていく。

 一分もすれば、センセーの方から規則正しい息遣いが聞こえてきた。


「……めっちゃ急に寝るじゃん」

「お香のおかげですよ~♪」


 夢子ちゃんの張った声が部屋の中に響いても、センセーの体はぴくりとも動かなかった。


「あとは夢を見始めるまで少し待つだけですねぇ」

「夢子ちゃんの仕事のさぁ、鑑定って、どうやってすんの?」


 あたしが質問すると、夢子ちゃんは持ってきた鞄の中からコンビニのパンを取り出すとおもむろに食べ始めた。


「えーっとでふねぇ……むぐむぐ……ま、大抵の人間相手はまずどんな夢を見てるか文章で送ってもらって、それを元に鑑定──してるフリして、その依頼主のところへ行って実際に夢を覗き込みます」


 夢子ちゃんは残りのパンを大きな口を開けて放り込むと、もぐもぐ口を動かしてあっという間に飲み込んだ。

 

「私たち獏が夢を食べると食べられた人間の方はどんな夢を見てたかは忘れちゃうんですけど、覗き込むくらいだと消えたりはしないんですよね。そして夢の中は見れば見るほどその人間のひた隠しにしたい欲望であったり、逃げ出したくなるような恐れであったり、あとは日頃感じているストレスなんかが結構可視化されるんです」

「ストレスね」

「それを元にあなたにはこういうことが必要ですよ~、こういうことを避けてください~なーんてことをそれっぽくまとめてお伝えするわけです♪ なので、ほとんどの依頼はそれっぽ~~い仕事してお金をもらってます♪」

「占い師みたいなことしてんだ」

「そうです~。あ、でも依頼の中には時々マジなやつも混ざってて」

「マジなやつ?」


 あたしが訊くと、夢子ちゃんはうんうんと頷いてから人差し指を立てた。


「誰かに恨まれてる人とかが、悪い夢を見たりするんですよ。生霊や悪霊によるものですね。それによってかなり体力とか『運』とか消耗したりするわけでー……で、私はその悪い夢をばくっと食べて万事解決! って感じです♪ 私は美味しい夢を食べれてハッピー、依頼主は悪夢を見なくなってハッピー♪ さらには夢鑑定も聞けてすっきり! って感じですよね~」

「あー……なるほどね~。じゃ、センセーも誰かに恨まれてる~ってこと?」

「それは見てみないとわかりません!」


 パンを食べ終わってお腹が落ち着いたのか夢子ちゃんは座り直すと寝ているセンセーの方へと身を乗り出した。

 センセーは少し苦しそうに息を荒げ始めてて、たまにぎゅっと眉間に皺を寄せてる。夢子ちゃんはそんなセンセーの頭の先から足の先まで眺めると、胸の辺りに視線を固定した。

 あたしは夢のことって全然わかんないから、今何がどーゆー状態なのかはわかんない。けどふたりをじーっと見てるとセンセーの体から漏れ出た妖力に夢子ちゃんが繋がろうとしてるのが見えた。


「……ふん、ふん、なるほど」

「なんかわかったん?」

「美鬼さん~、これ夢じゃないですよ~」

「どゆこと?」


 夢子ちゃんは瞬きをせずにセンセーの心臓を見つめてる。そこに何が見えるのかはわかんないけど、ものすごく意識を集中させてるってことはわかった。



「これ、誰かが干渉してます」

「……干渉?」



 夢子ちゃんの言葉にあたしは首を傾げた。夢子ちゃんはそのまま手をセンセーの胸の上にかざして、深呼吸をした。何かを探ってるみたい。


「干渉ってさぁ、さっき夢子ちゃんが言ってた生霊とかが見せる悪夢~とかそーゆーのと何が違うわけ?」

「悪夢を見るのは生霊や悪霊によるもの、とは言いましたけど、そいつらが悪夢を見せようとして見てるわけじゃないんです」

「?」

「そこに生霊や悪霊がいるからその影響を受けて悪夢を見てる、ってだけなんです。こんな怖い夢を見せてやるぞ~ってやってるわけじゃないってことですね」

「へぇー」

「でも桃間さんのは違います」


 夢子ちゃんはかざしている手はそのままに、あたしの方を見た。

 目の色が、深い紫色に光る。

 その口元がにやりと笑った。


「……これは確実に、誰かが()()()


 夢子ちゃんの顔がまたセンセーの方へと向く。


「中にいるのは、獏ではないです。獏以外に人間の夢に入れる奴がいるなんて私は聞いたことがありません。おもしろいですよ、これ」

「どこのどいつがセンセーの中に不法侵入してるっての?」

「それはわかりません。存在が随分と朧気おぼろげなんです……が、それにしては力がすっごい強そうで。なんですかねぇこいつ。すごく気になります」


 夢子ちゃんが舌なめずりをした。

 まるでお腹を空かせた猛獣みたいに。


「まあでも夢は我ら獏の独壇場のハズですからね! ちょっと邪魔してみましょう!」


 そう言うと夢子ちゃんは床に両手をついて



 顔をセンセーの身体の中へと()()()



 首から上だけが幽体化したみたいに、


 それかまるで液体になったように、


 ざぶんとセンセーの胸の中へと入り込んでる。



「夢子ちゃんその状態で会話できんの?」


『できます~!!』


 声が反響してるみたいにあたしの頭に響く。


 夢子ちゃんはその恰好のまま全然動かずに時間が進んでいった。


「……ねーなんか見える?」

『えーっとですねぇ、こう、見えてるんですけど言語化ができないですねぇ。桃間さんは夢の中で何かと話してるんですけどー……その桃間さんの前にいる何かが、こう、なんて言えばいいのかわからなくなるんです。とにかく誰かはいます!』

「……そいつがセンセーのうなされてる原因ってこと?」

『そうかもしれませんねぇ~。ちょっとつっついてみましょうか。──あっ』


 ──と、急に夢子ちゃんは仰け反るようにして身体を起こした。反動で尻もちをつくくらい。


「……だいじょぶ?」

「よくわかりませんがやべー奴でした! でもとりあえず邪魔はできたので桃間さんはもう大丈夫だと思います」

「この悪夢は食べれんの?」

「いえ、これは夢じゃないので無理です」

「無理なんだ~」


 あたしはセンセーを見つめた。

 苦しそうに呻いて歪んでいた顔は、今は落ち着いてる。

 夢子ちゃんが「邪魔できた」ってのは本当みたい。


「でもまた見ちゃうわけだよね。あたしは夢に入るなんてできないし……どうにかなんないのかなぁ」

「なりますよ!」

「なるの?」


 あんまり即答するもんだからあたしは拍子抜けする。夢子ちゃんはまた持ってきたバッグの中に手を入れてがさごそと音を立てると、小さな何かを取り出した。


「これです」

「何それ?」


 夢子ちゃんが持ってるのは、胴体が長くて、鼻も長くて、牙があって──獏の形をしたちょっとかわいい感じのキーホルダー。


「夢子オリジナル安眠キーホルダーです~! 桃間さんが見てるものは夢ではないですが、土俵は同じですから多分効きますよ! 眠る前から身に着けてるのが条件ではありますが」

「ふぅん……??」

「桃間さん、いつからこの奇妙な来訪者が睡眠中に来ているのかはわからないですけど、あまり寝れてないんじゃないですかねぇ。毎日あんなの相手にしてたら疲れなんて取れませんよ。ってことで、このキーホルダーを使えば跳ね除けられます! まるで猫避けの為に玄関前に置かれたお水のペットボトルのごとく!」

「それ効かなくない?」

「まあまあまあまあ。もし効くようでしたら後日一万円お支払いいただけると~♪」

「………」


 ちりん、と一緒に付けられた鈴が音を立てて、キーホルダーがあたしの手の上へと置かれる。小さな獏と目が合って、あたしはそのキーホルダーをつまみ上げた。


「……これがセンセーを守ってくれんの?」

「はい♪ さっき言った生霊や悪霊による悪夢もこれで見なくなるんですよ~。簡単に言えば、無意識の時に外部からの影響を遮断するものですね! 夢自体を見なくなるわけじゃないんですけど」

「ふーん」

「ただ効果はー……うーん、今回のケースだと一週間ほどで切れちゃうかもですね。相手が強力なんで。普通はもっと長持ちしますけど。あ、こっちはそこまで特別なものではないんですけど~……」


 夢子ちゃんはそう言うと他にも安眠グッズをバッグから出してはあたしに売り込んで来た。そういうの、多分センセー本人に言った方が良い気がするんだけど。まあセンセーは今眠ってるわけだし仕方ないか。




 ──それにしてもセンセーの中に入ってくる奴って何?

 起きてる時に堂々と喧嘩吹っ掛けに来ればよくない?

 なーんかずるい奴って感じで気に食わないな~。



 静かな寝息を立てるセンセーを見て、なんでか寂しくなる。



「……あたしだって役に立ちたいんだけどな」




 ***


 ──朝方、センセーは目を覚ました。

 その時にはもう布団の周りに置かれていたキャンドルもお香も全部片づけてあって、夢子ちゃんは帰っちゃってた。

 あたしはセンセーの隣で座って見てたんだけど……うっすら開いたセンセーの目があたしを見て、しばらくしてぎゅって眉間に皺が寄った。


「……なんつー顔してんだ」

「え?」


 まるで怒ったみたいな言い方したから、あたしは不思議に思った。センセー寝起き悪すぎじゃん? 何? なんか怒るようなことあった? あたしそんな変な顔してる?


 何を言えばいいのかわかんなくって黙ってたら、センセーは身体を起こしてまたこっちを見た。


「なんかあったのか?」

「え」

「お通夜みてーな顔してたろ」

「お通夜??」

「んな神妙な顔してたら俺だってさすがに心配するっての」


 ぽかんとしたけど、センセーの心配してるあたしの顔を、センセーは、心配してくれたみたい。なんかおかしくて……あははって笑いたかったんだけど。上手く笑えなかった。



「……心配されてんのセンセーのくせに、ウケる」

「は?」


 あたしは両手を伸ばして、

 センセーの身体にぎゅっと抱き着いた。


「っうわ!」


 センセーはまた布団の上に寝転がって、あたしもセンセーに抱き着いたまま寝た。いつもだったらすぐにあたしのこと剥がそうとするけど、寝起きで頭がまだ働いてないのか、センセーは全然動かなかった。


 どくんどくんってセンセーの心臓の音が聞こえる。


 あたし、この命を守りたい。


 あたしと一緒で一回のこの命を、


 大事に、大事にしたい。





「──センセ、夢子ちゃんがね」

「ん?」


「『布団は新しいものに変えた方がいいですよ、このお布団使い古されてて寝心地最悪だと思います。一日のうち長い時間お布団の上にいるんですから、もう少し自分を労わってください! 健康な身体はよい寝具から!』──って、言ってたよ」


「……夢鑑定とやらはどーしたよ」



 あたしの頭の上で、いつものため息が聞こえた。



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