第4話 ほめてほめて!
──ピピピピッ、ピピピピッ
甲高い音が鳴っている。
アラームだ。多分、何度目かの。
布団の周りのどこかにあるであろうスマホを手探りで探し、音の発生源を握り締めた。画面上に表示された停止ボタンを押せば、俺はまだ寝ぼけている頭を起こす為にどうにか布団から這い出る。
朝は苦手だ。
だから正直学校の先生なんてのは合っているとは思ってない。
元々何か高い志があってこの職を選んだわけでもなし。
ただなんとなくで……
適当に朝飯を済ませ、
スーツの下を穿いて、
ワイシャツにネクタイを締め、
ジャケットの代わりにジャージを着る。
ジャージなのは、楽だから。
いっそ上下ジャージで行ってもいいんだが、一度それで保護者の対応をした時に微妙な反応をされてしまったのでそれからずっとワイシャツを着るようにはしている。
必要なものを詰め込んだリュックを右肩に引っかけて靴を履くと、玄関のドアを開けた。
と、同時に隣のドアも開く。
あれ、隣って誰か引っ越してきたのか。
長らく空き部屋だったはずだ、と思いながら俺は挨拶をしようと隣を見た。
「おは──」
「おっはよー、センセ♪」
「………」
隣の部屋から出てきたのは、
鬼女──もとい、うちの高校の制服を見にまとった鬼村ミキだった。
「なんでお前が隣から出てくんだよ!」
「やっぱお互いをしっかり知る為には~、同棲からじゃん?」
「同棲じゃねーよ、隣に住んでるだけだろ!」
「じゃあ一緒に住もうよ~。そしたら朝でも夜でもセンセーのアレが治るか試してあげられるじゃ──もごごご」
「ちょっと黙ってろ!」
「もご……女の子の口塞ぐなんてセンセー大胆~」
「うるせぇ!!」
──昨日学校へ行くと、何故か俺のクラスにこいつがいた。
わけがわからずパニックになった俺は一度職員室へ戻ったのだが、そこで教頭から聞いたのは頭を抱えたくなるような現実だった。
まず、鬼村ミキが人ならざるモノだということは誰も知っている様子はなかった。
額に角もなく、肌も真っ赤ではないから当たり前ではあるが。
そして驚いたのは、
鬼村ミキはこの春転校してきて、すでにもう一週間は通っている、
ことになっているらしい。
もちろん俺にその記憶は全くない。
だがあとで聞いてみれば河原先生もそう信じ込んでいるようで、しかも何故かやたらと俺にあいつの話題を振ってくる。
やれ、「鬼村ちゃんにすっごく好かれてますよね~」だとか、「もう手出しました?」だとか。
俺はにやにやと笑っている非常識野郎に頭を抱えた。
教師が冗談でもそう言うことを言うな。
「はあ……頭いてぇ……」
「えーだいじょぶ? 今から帰ってあたしと寝る?」
「なんでそーなるんだよ」
「くっついて寝てたら勃起するかもじゃん?」
「勃起とか言うのやめなさい」
そして今、何故だかこいつは俺と一緒に通勤、登校している。速く歩いて振り切ろうともしたが、体力は俺以上にあるらしくぴったりついてきて離れなかった。今はもう諦めて最寄りの駅まで一緒に辿り着いてしまった次第だ。
「ったく、俺は煙草吸ってから行くからな。お前は勝手に行けよ」
そう言って俺は背を向け、駅の入り口付近にある喫煙所まで行くと扉を開けた。喫煙所の壁は透明な為、外からすでに中の様子はすでに見えていた。誰もいないことに機嫌を良くした俺はゆったりと自分の煙草を取り出すと百円ライターで火を点けた。
「すー……ハァー……」
「ねぇねぇ、今時電子タバコじゃないわけ?」
「いーんだよ、あれは本体買うのに金かかるし、しかもいつか壊れ──って、何入ってきてんだお前」
見ればいつのまにやら鬼村が俺の横に並んで立っていた。音も気配も無くどうやって扉を開けたと言うのか。
「制服姿でこんなとこ入ってくんな! 馬鹿野郎! 高校生だろ!」
「わお、めっちゃ教師っぽいこと言うじゃん」
「教師なんだよ!! つーかなんで鬼のお前が高校生してんだよ!」
「女子高生って一回やってみたかったんだよね~。制服とかかわいくない?」
「大体、高校生やれる年齢なのかよ!?」
「あたし? ぴちぴちの150歳」
「ぴちぴちの150歳!? クソババァじゃねぇか!!」
「やだなー、女の子にクソババァとか言うのよくないよ? もうちょっと考えな?」
「うるっせぇな人間でもねぇくせに……!」
「でもさぁ……
その人間でないあたしがいないと
ヤバくない?」
「は?」
どういうことか問いただそうとしたが、
それは感覚で理解してしまった。
ぐるりと眩暈が起き、ひっくり返るようなあの気持ち悪さが俺を突き抜けた。
「うっ、何……また……!?」
こないだと同じだ。
妙にぐらつくような感じを覚えた途端、世界が少し変わったように感じる。
空気が淀み、どこか腐ったような匂いがし始める。
「ほらぁ、もう湧き出したよ」
「はあ!?」
指を差され、俺は足元を見た。
喫煙所の床から不格好な手らしきものがいくつも伸びてきている。
魑魅魍魎だ……!
「気持ちわりぃっ! な、なんなんだよ! こないだといい、俺、狙われてんのか!?」
「そーだね」
「実はお前がこいつらを操ってる、とかじゃないのか!?」
「えー違うけど。まあ半分あたしのせいではある? かも?」
「はあああ!?」
俺が絶叫に近い声を上げると、鬼は「まあまあ」と言いながら少し足を浮かせた。
かと思うと、
勢いよく足を地に踏みつけた。
──ドンッ!!!!!!!!!!!!
地響きが鳴ったと同時に体が一瞬浮き上がった気がした。圧によってか、それとも何か別の力が働いているのか、魑魅魍魎はぐしゃりと体を変形させ──枯葉のように朽ちていった。
「……た、助かった、サンキュー」
「ほらぁ、あたしがいた方いいじゃん?」
「それはまあ、そうだな……」
「でもさー、ほんとはあたしいなくても何とかなるよね」
「何とかなる?」
俺がオウム返しすると、鬼は眉をひそめた。
「ほら、桃太郎ってお供とかゆーのいるじゃん」
「お供? って、犬・猿・雉のことか?」
「そうそう」
「っつったって俺は桃太郎じゃねーしいるわけないだろ!」
「えー、でもあれ、永久契約じゃん?」
「なんだよそれ」
「とりあえず媒介になるようなもんがあればさぁ……ほら、それ」
相変わらず長い凶器のような爪がついている指で俺の手元を指差した。
……って、なんだ、
煙草?
「追い払うくらいのことは、してくれるんじゃん?」
「はあ? 煙草でどうすんだよ」
「召喚ぶの」
「よ、呼ぶ?? 呼ぶったってなにをどうすれば……」
「さすがに名前とかはあたし知らないな~」
「じゃあ呼べないだろ!」
「まあ何とかなるんじゃん? ほらほら、早くしないとまた来ちゃうよ」
鬼の言う通り、俺の足元からはまた魑魅魍魎の手がいくつも生えてきて、さらにはこの喫煙所の外にもいつのまにやらわらわらと集まってきていた。
「くそっ、こ、こんなんどうすりゃいんだよ……!」
「だからチャレンジしてみなってばぁ。はい、吸ってー、そのあと煙と一緒に召喚《出》す!」
「す、吸って……?」
かろうじて指に引っかかっていた煙草を今一度口元に持ってくる。
少し震える息を整え、
深く、深く、吸った。
そして、
「~~~っ、で、出てこい────犬!!!!」
これでいいのかわからないが、
溜め込んだ煙を全て吐き出した。
煙はゆっくりと空間を揺蕩い
段々と床に落ちていく
やっぱ何も起こんねーじゃねぇか、と泣き言をいう寸前だ。
煙が一か所に集まっていく。
ぼんやりとしていたものが形を成し、
尻尾のようなものがぶんぶんと左右に振れた。
『ご主人! やっと呼んでくれた~!』
真っ白な煙が密集しまるで物質のようになり、
柴犬のような見た目の生き物が俺の足の周りを透けながら駆け回った。
そして俺の目の前で急ブレーキをかけ立ち止まり、すんすんと音を立てて匂いを嗅ぎ始めた。
『わかった! これ! これ追っ払えばいいんでしょ!? いっくよ~』
俺の返事を待つ間もなく
犬は大音量の咆哮を魑魅魍魎に放った。
『ワオオオォォォォオオオン……!!!!!!』
ビリビリと耳に響く。
思わず自分の耳を塞いでしまった。
しかし威力は絶大で、喫煙所の周りにいた奴らすらも消えている。
『ご主人、見た!? すごいでしょ! ほめてほめて!!』
なるほど、主人になった覚えは全くないが
どうやらご先祖のお供は俺にも仕えてくれるらしい──。




