第25話 こっち向いてセンセー
「ねー、隣のクラスの狗谷木くんってミキのこと大好きじゃん。実は元カレだったりすんの?」
──授業の合間の短い休み時間、隣の席の愛結が話しかけてきた。愛結は足を組んで座ってたんだけど、組み直した時に見えたパンツがピンクのレースっぽかった。意外。ピンクとか着けるイメージ全然なかった。ってとこまで考えて、今聞かれたことなんだっけと思い返した。
「んなわけないじゃん。知り合いってだけ」
天が元カレとか、ないない。てか妖怪同士で付き合うみたいのも、そこまで当たり前じゃない。ましてやずーっと一緒にいるとか子ども作るとか例が少なすぎて、うちの親とかはちょっと特殊な部類かも。でも案外人間と結婚する~みたいな話はよく聞くんだよね。
「そっかー。でも顔かっこいーからなんか転校早々モテてるって3組の子から聞くよ? ミキ的には無しなん?」
「無し」
「ええ~。だって桃間より全然かっこよくない?」
センセーより?
そう言われて頭の中でセンセーと天を並べてみる。
「は? センセーの方が全然かっこいーし」
「どこが?」
「ちょっとやつれててー、めちゃくちゃ不健康そうでー、煙草臭くてそのうち過労で死にそうなとことか?」
「全部悪口! ウケる!!」
って笑い出したのはあたしの前の席に座ってる凛菜。よく笑う子。ちょーかわいい。
「それのどこがかっこいいん? ミキって枯れ専?」
そう愛結に訊かれて「枯れ専ってなんだっけ」と頭の中で考えてみる。なんか聞いたことあるかも。ちょっと前に読んだ漫画? おじさんが好きみたいなことだっけ?
「別に枯れてなくない? ちょっとヤル気がないだけで。てか愛結は天のことかっこいいと思うわけ? 紹介してあげよっか?」
「え~狗谷木くんかぁー……まあ体格良くて顔も良くて見た目はいいけど、なんか喋ると残念じゃん?」
「あーそれ凛菜も思った! てかいっつもミキのとこ来てミキちゃんミキちゃんってちょっと引くよね~」
「そう言いつつも狗谷木くんいなくなる度に『目の保養~』とか言ってんじゃん」
「えー、目の保養は目の保養じゃん? でもあの見た目でキレッキレのダンスとかやられたら中身残念でも落ちるかも~」
愛結と凛菜の会話を聞きながら、あたしは頬杖をついてセンセーの良いところを考えてみる。なんて言ったら二人はわかってくれんだろ。あれ、でもわからせる必要ってあんのかな?
「ねーミキはさぁー、センセーと一緒にいて良い感じになることとかないの?」
「ん~、こないだ押し倒してみた」
「「なにそれ!?」」
愛結と凛菜の声が重なって教室中に響き渡った。みーんなこっち見てる。って思ったら、すぐまた自分たちの会話に戻ってった。あたしらがうるさいのはいつものことだし。
「え、で? それでどうだったん?」
「桃間先生もさすがにミキにイチコロになっちゃった??」
にやにやとしながら二人はじっとあたしを見てくる。二人が期待した答えなんて一つだろうけど、あたしは肩を竦めて首を振った。
「別にー、てか押し倒したって言ってもちょっと叩いたら椅子から転げ落ちてったみたいな?」
「それ押し倒したっつーかどつき倒してんじゃんウケる!!」
凛菜の高い笑い声が響いた。これを聴いてると、あーあたし今女子高生してる~! って気分になるから好き。あたしももっとテンション高くいた方が女子高生っぽい? でも疲れるからいーや。
「どつかれて椅子から落ちるとかめちゃくちゃ弱すぎじゃん。男としてどうなん? やっぱもう少し若くて体力ある男の方が良くない?」
「あー、その言い方~。愛結ってばえっちな話してるぅ~」
「どこがよ」
「体力のある~って~。夜の話じゃん♪」
「凛菜の頭がお花畑なだけでしょ」
夜の話……って、セックスのこと?
まあ確かに体力はある方がいいよね。って言っても、センセーは体力ある方かな。普通の人間と比べれば。その体力を仕事にばっか使ってんのがなんだかなーって感じではあるけど。やっぱ仕事のしすぎで勃たないんじゃ? 実はもう呪いは解けてるのに──みたいな?
──その時、前の扉が勢いよく開いた。
センセーが入ってきたの。
鐘まだ鳴ってなくない? って思ったら、教壇についた瞬間に鐘が鳴って「始めるぞー」って低い声が耳を伝わってくるとあたしの体はぶるって震えた。好きな人の声だもん。ときめくに決まってんじゃん。
あたし、センセーの授業受けるの好き。
他の先生は知らないよ。ってか、聞く気にもなれないし。あーでも……テストで点数悪いと夏休みとか補習受けなきゃなんだっけ? 夏休みはセンセーと一緒にいたいからそれはパスしたいかな。じゃあやっぱもう少し頑張んなきゃだ。
チョークが黒板を叩く音っていいよね。もちろんセンセーが書く時だけね。だるそうに立ってた後ろ姿が、すっと背筋を伸ばして上の方から書いてくの。見てるだけでうっとりしちゃう。本当は背が高いのに、猫背になってるのもポイント高め。あたしが抱き着くと嫌がって背筋が伸びんの、ウケるよね。かーわい。
教科書読む声も大好き。気怠そうで、でも大事なところははっきり読み上げんの。教科書めくった後必ず眼鏡を中指で押し上げるとこも良いんだ。
眼鏡って邪魔じゃない? って人間見てて思ってたけど、人間にとってそれは体の一部らしいから、それを知ってからは眼鏡だけでもセンセーって感じがしてくる。でもあの眼鏡、一回だけセンセーが寝てる時にかけてみたことあるけど、めっちゃ度きつい。視力を合わせることもできるけど、センセーこんなふうに世界見えてんだぁ~って思うと可笑しくなっちゃった。眼鏡なかったらあたしが誰だかわかんなくない? でもそうなったら、元の姿に戻ればいっか。そしたら色であたしがどこにいるかすぐわかるでしょ?
「──!」
あたしがぼんやりセンセーのこと見てたら、目が合った。
センセーは教科書読みながらこっちを見てて、
少ししたらふいって目を逸らしちゃった。
……もっとあたしのこと見ててほしーんだけどな。
ちょっぴり寂しくなってあたしも仕方なく教科書を眺めた。
***
「ねー、なんで授業中あたしから目逸らしたわけー?」
──夜、お風呂上がりに薄着で部屋に上がり込んだら短い悲鳴みたいな声が聞こえてきた。かと思えば、センセーのジャージがあたしに向かって飛んでくる。
「風邪引くぞ着ろ馬鹿!!」
そう言われてジャージを広げてみる。今日のは一日着たやつじゃなくて、洗濯したばっかの匂いがする。別に着たやつでもいいのに~。
あたしがそれを着ながらセンセーの方に近づいていくと、咳払いが聞こえた。吸ってた煙草の火を消してる。あたしが来たから?
「お前な、いっつも授業中にこっち見すぎなんだよ。教科書見ろ。少しくらい黒板写せ」
「センセー見てる方が楽しい」
「楽しいじゃねーんだよ、高校生ならちゃんと勉強しろ」
文句を言いながらセンセーはノートパソコンをカタカタし始めた。お仕事? 多分そうだろうなぁ。あたしは邪魔しちゃ悪いのかなぁと思いつつも隣に腰を下ろした。
あたしがセンセーと一緒にいるようになってから一か月ちょっと経つ。最近は部屋に来ても怒られない。あ、勝手に入ってた時は怒られたけど。でもすぐ追い出されることはなくなった。これってさ、結構『良い感じ』ってことでしょ?
「ねーねー」
「んだよ」
「今日愛結にね、聞かれたの」
「……愛結? ああ、佐嶋か」
「あのねー
『狗谷木くんって元カレ?』って」
一瞬、
ほんとに一瞬だけセンセーの手が止まってキーボードを打つカタカタっていう音が止まった。……けど、すぐにまた動き出す。
「なんだやっぱお前ら付き合ってたのか」
「………」
センセーはなんか勝手に納得したみたいな言い方して、横に置いてた鞄からなんか出してはまたノートパソコンの画面を見てた。
「別に違うし。否定したし」
「違うのかよ」
「元カレだったら良かったわけ?」
「良いとか悪いとかじゃねーっつの、ただそー見えてもおかしくないよなってだけで……」
「あたしとセンセーは?」
そう訊いたら、
今度はセンセーの手がちゃんと止まった。
それで、あたしの方を見た。
すっごく眉間に皺が寄ってて、怒ったみたいな顔で、でも別になんか言うわけじゃなくって、ただ黙ってあたしを見てる。
「………」
「……ね、あたしとセンセーは??」
「んなもん教師と生徒にしか見えねーだろ。俺はスーツ、お前は制服」
「外の話じゃん。今あたしはキャミとショートパンツ、センセーはスウェット」
「………」
座り直して少しだけあたしの手がセンセーの体に当たったら──センセーは少し怯えたように体を離した。何が怖いの? 別に暴力振るうわけじゃないのに。それともあたしのアピールって暴力と同じだと思ってる? 嫌なの?
嫌じゃない癖に。
なんだかむっとしちゃって、
あたしは先生を押し倒した。
今度は痛くないようにゆっくり。
「──!」
床に寝転んだ先生はズレた眼鏡の奥からあたしを見上げてて、あたしは、その眼鏡をかけ直してあげた。嫌そうな顔。
「どけろ」
「やーだ♡」
「やだじゃねぇよ、俺はぜってー生徒になんか手出さねぇからな!」
「勃たないから?」
「そーゆー問題じゃない。触ったりするだけでも死活問題なんだっつの」
──触ったり。
前に酔っぱらってあたしを抱きしめてたことは黙っといてあげよ。
「ねー、あたし鬼だよ? 人間じゃないよ? センセーよりちょー年上だし、子どもでもないよ?」
「でも今は俺のクラスの生徒」
めっちゃ頑固じゃん。
……まあ、頑固になる理由もわかってるんだけど。
あたしが学校に行くってなった時にいろいろ手続きをしたから、もうセンセーの中ではほんとにあたしは『子ども』で『生徒』にしか思えないんだろーなぁ。生徒になったのちょっとだけ後悔。ま、女子高生できんのは楽しーしいいけど。
ってか。
「じゃあもしかして、こっちなら良いの?」
人間の姿を解いた。
あたしの肌が赤く染まっていくのを、センセーは目を見開いて見てた。
あたしの額に大角が生えていく様子を、センセーは息を止めて見てた。
「ねえ、こっちなら──ぜーんぶ忘れて愛してくれる?」
センセーの頬が赤い。
あたしの肌の色が反射してるの?
顔を逸らして唇を噛んでる。
鬼の姿を見るのは怖い?
あたし
あたしは
ずーっと前からセンセーを探してたんだよ。
って言っても、信じてくれるかわかんないけど。
好きって感情、前は正直よくわかんなかった。
人間の言葉に当てはめるならあたしが思ってることってそれなんだろうなって思ってたくらい。
でも毎日センセー見てて、あたし、ちゃんとわかったよ。
へーこれが好きってことかぁーって。
好き好き、めーっちゃ好き。
って伝えたらちゃんとわかってくれる?
もしかしたらソッコーでハッピーエンドとかなっちゃうかも?
でもまあ、正直なところ
ゆっくりいちゃいちゃしてる時間もないってのが現実なんだよねぇ。
だから、緊張してびくついたセンセーのほっぺにキスして離れた。
「あは、襲われると思ってやんの~」
「おま……っ!!」
「センセーのジャージは借りてくねー」
立ち上がって、真っ赤になってあたしを見上げてるセンセーを見下ろす。可愛い。でも眺めるのはまた明日にしよーっと。
「ばいばいセンセ♪」
手を振って、玄関のドアを開けた。
──それを境にして、あちら側の世界へと出る。
ぽつりぽつりと、佇むちっぽけな妖怪たち。
「センセーならあげないよ、あたしのだから」
手の中に現れた金棒を握って、戦闘を始める。
山神との戦い以降、巨を成して襲ってくる魑魅魍魎は減った。やっぱりほとんどは山神の命令で動いていたお人形さんだったってわけ。でも自分の意思で動いてる奴らもいる。そいつらは力を付ければ別の妖怪へと変化していくこともあるんだけど……。
「でもその力の為にセンセー取られんのはムカつくもんね!」
──ぐしゃあっ!!
数匹で襲い掛かってきた命知らずを金棒でかっ飛ばしてミンチにする。って、妖怪のほとんどは命知らずなんだけど。命なんてもの、無いに等しいんだから。
夕方以降はこいつらも動きやすいのかこっちに滑ってきやすい。普段は山神が力で抑えてるみたいだけど……。
「言ってわかるような頭じゃないからね、仕方ないか」
──だから何度でもあたしが返り討ちにする。体で覚えて、あの人に手を出すのは良くないってわかるまで。
さて今日は軽い運動くらいでおしまい。敵の姿も見えなくなったし世界も姿も元に戻って今日のところはゆっくりオンラインショッピングでもしちゃおっかなぁ。センセーのこのジャージに合う服選んで次のデートで着ちゃお。いつになるかはわかんないけど。
──なんでこんなにあたしが桃間一樹に執着してるのかっていうのは、また今度のお話。




