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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第二章 天狗と陰陽師の少女

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第22話 試して

「おい、授業が始まるから俺は行くからな」


 そう言って鬼村と知り合いらしき男を放って階段を上り始めた。放って、というよりは逃げたに近いが。もしも俺が桃太郎の子孫だということがバレればこの明らかに強そうな男に攻撃されかねない。勘弁してくれ、せっかく山神との戦いを終えて俺は平和を手に入れたんだ。面倒事は俺のいないところでやってくれ。


「ちょっと待ってよ~」


 同じく男を放置してきたのか鬼村が階段を後から登ってくる。と同時に午後の授業開始を告げる鐘が鳴る。俺は早歩きで教室へ向かった。廊下にスリッパの擦れる音が響き渡る。こないだ別のクラスの生徒数人から「桃間先生は足音ですぐわかる」と言われた。さらには靴を買いに行く金も無いなどと噂されているらしい。金はあるぞ時間が無いだけだ。


「ほら、先に教室入れ」

「なんで?」

「二人で入るの変だろ」

「別に良くない? みんなあたしがセンセーにアピってるって知ってるよ?」

「なんで知ってんだ」

「隠す必要なくない?」


 余裕そうな笑みに俺は歯軋りする。なんでいつもこいつに振り回されてばかりなのか。


「ま、センセーの面子めんつ? ってのを保つ為にも先に入ってあげよっか~。あたしってば優し~」


 そう言うと鬼村は軽い小走りで奥の教室へと入っていった。俺はそれを見て少しほっとする。いつも素直に言うこと聞いてくれりゃ世話無いんだけどな。

 深呼吸をして、気持ちを切り替えると俺も同じ教室へと入っていった。


「授業始めるぞー」


 教卓につき声をかけると、生徒が号令をかけた。起立し、俺に向かって全員が礼をする。着席するのを見計らって教科書を開きチョークを手に取り黒板に書き始めた。


「それじゃあ教科書24ページ……」




「先生ー! ミキと付き合ってるってほんとー!?」




 声を上げたのは、鬼村の前の席の女子。


 せっかくの長いチョークが手の中で半分に折れた。


 教室内がしんとする。


 俺は冷静に、対処しようと、ゆっくり振り返った──が



「ほ……


 ……んとなわけねーだろ馬鹿やろー!!」



 思わずキレた俺の様子に、何故か教室内は爆笑で包まれた。


 大人をからかって楽しむクソガキどもめ。




 ***



 ──今日の仕事を終え疲れた体で電車から降りると、駅の外はもうとっぷりと夜に浸かっていた。学校を出た時はまだかろうじて明るかった気もするが、今日は遅くなったな。

 駅から十五分程の俺が住むアパートを目指して歩くその間、今日の俺のクラスでの授業のことを思い返していた。


 やれ鬼村が転校してきたのは先生を追ってきたからなのか、とか。


 休日に二人でデートしているところを見た、だとか。


 次から次へと出てくる疑惑全てを否定するものの、生徒たちは面白がって矢継ぎ早に質問をしてきた。そのせいで授業の進みは遅くなり……。今に見てろよ、お前ら全員テストで泣きを見せてやるからな。


「……ったく、やっぱあいつが昼休みに準備室に来るのやめさせねぇと……あ?」


 アパートが見えてきた時、自分の部屋に明かりがついているのが見えた。思わずこめかみに青筋が立つ。鬼村の奴、また勝手にうちに入りやがって……。

 苛立ちを隠し切れないままに階段を上り、自分の部屋の前までやってきた。鍵を使わずにドアノブを軽く捻ると案の定玄関は開いた。中から声がする。テレビでも見ているのか。廊下を進んでいき、リビングへ入るなり俺は吠えた。


「このやろ、不法侵入だぞ……!」

「あ。おかえりセンセー」


 俺を見上げたのは嬉しそうに笑みを浮かべる鬼村──と、昼間の転校生。


「!?」

「あーー!! 美鬼ちゃん誰この男!?」


 男がでかい声を上げた。


「うるさいな、今日会ったじゃん」

「え!? 今日会った!? いつ!?」

「学校で~」


 鬼村が言うと、男は立ち上がってじろじろと俺を見てきた。俺の身長よりもわずかに高く、顔を覗き込まれるとつい後ずさりしてしまう。


「お前があれか! ……ももたろさん!」

「俺は桃太郎じゃない」

「え!? 人違い!?」


 男は困ったように首を傾げると「あれれー?」「でもー」とぶつぶつ呟き始めた。俺はその隙に鬼村の後ろへと隠れる。女を盾にして最低だ、と言われるかもしれないがどう考えても妖怪よりは人間の俺の方が弱いだろ。


「……おい、こいつも妖怪なのか?」

そらは天狗だよ」

「天狗……?」


 天狗というと、顔が赤くて鼻が長い山伏みたいな格好してるあれのことか? 今は人間に化けてる……ってことでいいんだよな。ただのやんちゃそうなガキにしか見えん。


「美鬼ちゃあ~ん、なんで男なんて部屋にいれんの~。もっと自分を大事にしてよ~」

「あんたも男じゃん」

「それはそうだけど~」

「ってかあたしの部屋に入れてるわけじゃないし。ここセンセーの部屋だよ」

「ここ美鬼ちゃんの部屋じゃないの!? どーりでなんかその辺に物落ちてるし片付いてない部屋だな~と思った」

「……片付いてなくて悪かったな。というか! お前らどっちも俺の部屋から出てけよ!!」


 俺がもう一度吠えると、鬼村はぶすっとした様子で唇を尖らせ「せっかく試しに来たのに~」と呟きながら立ち上がった。試すってなんだ。


「美鬼ちゃん、こいつほんとにももたろーじゃないの?」

「桃太郎はむかーしむかしの人間だからもう死んでるよ」

「じゃあ美鬼ちゃんが探しにきた奴って誰?」

「センセー」

「???」

「だから、センセーは桃太郎の()()なんだってば」


 ああ! と合点がいったように天狗はぽんと手を打った。そしてやたらと明るい笑顔になり、俺を見た。



「ってことは……こいつを殺せばオレが美鬼ちゃんの恋人になれるんだよね?」



 ──天狗の手が勢いよく俺に伸びてきた。


 対処が遅れる。


 後ろに逃げようにも壁で、しかも狭い部屋の中だ。


 首を絞められるかと思い俺は目をぎゅっと瞑った。



 ──が、特に何も起こらない。



 目を開けてみれば、鬼村が天狗の手首を握り締めていた。


「センセ殺したらあたしがあんたぶっ殺すに決まってんじゃん」

「いっ、ででででで」

「センセーの命はあたしと一緒で一個しかないんだよ? でもあんたは死なないから、戻ってくるたび殺してあげるよ。


 ほら、



 そのスカスカの頭()()()()()()()()()()()から覚悟しな」



「うっ……うわーん美鬼ちゃんそんなこと言わないでよぉ!」



 天狗は泣きながら鬼村の腕を振り払い、玄関へと走っていった。



「オレ、そんな弱そーなおっさん認めないからね!!!」



 ──バタン!! と、ドアが閉まり部屋の中は静寂で包まれた。まるで台風のような奴だった。いや鬼村も大概だが、こいつはそんなにでかい声も出さないしな。

 俺は気が抜けてその場に座り込むと、壁に体を預けた。にしても、おっさんか。いやもうおっさんだよな。



「センセーだいじょぶ!?」



 鬼村が駆け寄ってきた。額に触ってこようとしたが、俺はやんわりと制止する。


「いや、大体お前がここにいなけりゃ良かった話だろ……なんであいつと一緒に部屋にいんだよ」

「あたしがセンセーの部屋入ろうとしたら~なんかあいつがちょうど来て勝手に入ってきた、みたいな?」

「いやそもそもお前が勝手に入ってんなよ。合鍵返せ」

「だってあたし言ったじゃん」

「あ?」


 制止したはずの手が、また伸びてきた。

 俺の額に触れて、そのまま頬へと滑り落ちてくる。

 ぞくぞくとする感覚に俺は唇を噛んだ。


「……呪い解けてるかもだし、()()()って」

「っ! ばっ、それはお前が勝手に……!」

「いいじゃんいいじゃんちょっと試すくらい。治ってればそれで万事解決、あたしはセンセと子作りできてうれしー、センセーは初めて気持ち良くなれてうれしー、win-win(ウィンウィン)じゃん?」

「win-winじゃねーだろ!」

「なんでそんなに拒むの?」

「……は」



 鬼村の両手が、俺の頬を包んだ。

 顔を逸らせない。

 無理矢理目を合わせられる。



「ねぇ、ずーっとあたしのこと拒んでるけど、なんで?」



「なん、でって……」



 鬼村の胸が俺の胸板にぶつかってる。

 感触なんてわからない。

 ただ

 当たってる。



「あたしのこと、嫌い?」




 唇が俺の耳へと寄せられる。

 吐息がかかってくすぐったい。

 ぶるりと体が震えた。




「……好きになっちゃえばいいのに」




 頬を包んでいたはずの手が、俺の太ももをまさぐった。

 性欲なんてほとんど感じたことがなく、

 自分で触る機会だってほとんどない、

 ()()




「……やめっ」





 スーツ越しに鬼村の掌を感じた。







「あれ、全然だめそーじゃない?」

「………」

「うーん、こんだけ密着してたら少しぐらい反応あっても良さそうなもんだけど。ねーセンセ、どう?」

「………」

「あれれ、センセー?」


 鬼村が俺の顔の前で手をひらひらとさせている。

 けど俺は、反応できないでいた。


「センセー顔真っ赤だよ。だいじょぶ? びっくりしちゃった? まー、とりあえず呪い解除って感じじゃなさそーだしあたし日記になんか情報ないかまた探してみるね~。じゃ、おやすみセンセ♡」



 ちゅ、と俺の頬の上で音が鳴った。



 脳みそが働かず、俺は離れていく鬼村を見ることしかできない。



 遠くで扉の閉まる音が聞こえた。



 今起きたことを処理できない。



 ただ、ひたすら俺の頭の中に鬼村の言葉が駆け巡っていた。





『……好きになっちゃえばいいのに』





 少しだけ憂いを帯びた声。吐息混じりで体を侵食してくるような熱。ごくりと唾を飲んだ。身体全体が心臓になったみたいにドクドクとうるさい。



「まるで悪魔のささやきだろ」



 ──物音ひとつしない部屋の中、俺は頭の片隅で鬼と悪魔の違いを考えていた。答えなんて出るわけねーけど。




  

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