第19話 とある夜の鬼村ちゃん
「白菜と~人参と~、あ、卵見っけ。お肉は牛肉~♪ って、たっっっか。豚と鶏だけにしよ。もぉー人間の世界はすぐ物価高騰するんだからー」
スーパーに立ち並ぶ商品を、鬼村ミキは買い物カゴを片手に眺めていた。
「明日はセンセの分のお弁当も作っちゃおっかな~♪ でも勝手に作ってったらなんか怒りそ~。なんで怒るのかイミフだけど。でもきっと食べてくれるでしょ!」
妙に自信満々の彼女は、カゴいっぱいに目当ての商品を詰め込むとレジへと並んだ。
このスーパーには最近通い始めた彼女。夜は遅くまでやっていて使い勝手がいいらしい。雑誌コーナーも少しだけある為、ファッション雑誌を買ったりもする、が、最近は料理のレシピ本もよく立ち読みしていた。
スーパーを出るとパンパンになった買い物袋を軽々と持って暗い夜道を歩いた。彼女が住むアパートまでは五分程だ。静まり返った道で一人、鼻歌を歌っている。歌は最近流行りの曲、の次に歌っているのは三十年前に流行った曲。選曲の年代はてんでバラバラ。
アパートに着くと、カンカンとヒールの甲高い音を立てて階段を上っていく。この時間帯に他の住民に会うことはない。自分の部屋の前まで来ると、ポケットから鍵を取り出した。鍵についているふわふわのキーホルダーは触り心地が良くてお気に入りなのだ。
『──ぶぇっくしょい!!』
突如隣の部屋から聞こえたのは、桃間一樹のくしゃみ。
「おじさんみた~い」
彼女はくすくすと笑いながら自分の部屋へと入っていった。
買い物袋を置いてスマホで時間を確認する。時刻は夜の十時を回ったところだ。床に置いた買い物袋はそのままに、台所で手を洗うと調理器具を取り出した。どうやら今から料理を作り始めるようだった。スマホでレシピを確認しながら、材料を切る。調味料を出して、鍋を火にかけ、フライパンは炒め物を──
こんな時間から夕飯作りか、って?
答えはイエスだが、半分はノーだろう。
夕飯のみならず、彼女は今から朝までたくさんの料理をするのだ。
「鬼は寝なくてもいいからね~。いっぱい頑張って料理上手になったらきっとセンセーも褒めてくれるっしょ」
ふふふん♪ と楽し気に鼻歌を歌いながら、菜箸で鍋の中をかき回す。
──調理が一度落ち着いた頃、彼女はぴたりと動きを止めた。
耳を澄まし、隣の様子を伺っている。
「……センセー寝たかな」
時刻は夜中の一時半だ。
彼女は静かに自分の部屋を出ると、ポケットに忍ばせていた合鍵を使って桃間一樹の部屋へと侵入する。
「寝てる間にあれこれしちゃって既成事実を作っちゃえばセンセーも諦めてくれると思うんだけど~」
涼しい顔で言う台詞ではないのだが──彼女は物音ひとつ立てずに中へ入っていくと布団で眠る桃間一樹の傍まで行きそこにしゃがみこんだ。
「………」
じっ、と顔を見ている。
起きている間はいつも怒ったような顔をしている桃間一樹。寝ている今は眉間に皺も寄っておらず、落ち着いた表情だ。
「……可愛い顔しちゃって~」
ツン、とその眉間に人差し指の先を当てる。
彼は一瞬呻いたが、すぐにまた穏やかな眠りへとついた。
滑らかな指先はそっと彼の頬を撫でた。
耳たぶを摘まむようにして触れ、
後頭部を優しく撫でる。
「………」
優しく、優しく、慈しむように撫でると
彼女は頬にそっと唇を寄せた。
「……起きてる時のセンセーの方がおもしろいから、今日は寝顔見るだけにしといてあげる」
ふふっ、と小さく笑うと彼女は立ち上がった。
「おやすみ、センセ。また明日ね」
──暗い部屋に、扉が閉まる音と、鍵のかかる音が響いた。
***
「……ふわあーあ」
朝、アパートを出てすぐのところで桃間が大きな欠伸をした。
「センセー寝不足~?」
「んー……」
「夜中の一時過ぎまで起きてっからじゃん?」
「なんで知ってんだよ……」
うげぇ、とでも言うように彼は眉間に皺を寄せた。
「あ、てかてかー、あたしお弁当作ってきた!」
「おー最近えらいよなぁ」
「センセーの分も♪」
「いや俺のはいいっての」
「なんで? 『これで完璧! 愛する旦那様への愛妻弁当!』ってサイト見てあたしちょー頑張ったんだよ?」
「余計にいらねぇよ!!」
吠える彼を見て──
鬼村ミキは可笑しそうに笑った。
「やっぱ起きてるセンセーの方がおもしろ♪」




