第16話 &正体見たり
──これは今から約二週間近く前の、日曜の話だ。
街へ出た際に襲われ、俺は気を失って三匹と共に家まで鬼村に運ばれた。その後一度起きたものの疲労感により俺はひと眠りしたのだが……
目を覚ますとまだ鬼村が俺の部屋に居座っていた。
「……何してんだよ」
一人でスマホを弄りながらバラエティ番組を見ている鬼村の背に問いかけた。
「あ、おはよーセンセ。って言ってももう夜だけど~」
そう言うと鬼村はスマホを置き、俺に何か聞くわけでもなく作っておいたおかずやみそ汁を温め始めた。
「飯、作ってくれたのはありがてぇけど終わったら帰れよ」
「え~? だってせっかくのセンセーのおうちだし♪」
「寝込み襲っても何も起こらねぇからな!」
「センセーってば、襲ってほしかったの?」
そう言うとにんまりと笑い、鬼村が布団の上にいる俺の方へと近づいてくる。俺は危機を感じて体を起こそうとした、が、それよりも先に鬼村が覆い被さってきた。
「センセ、攻められる方が好き?」
「し、るかよ……! どけ!」
「どけな~い。ほらほらせっかく二人っきりなんだから、もっとセンセーのお顔近くで見せてよ」
「はあ!?」
鬼村の指先が俺の頬をつつつと撫でた。
全身の毛が逆立つようにぞわりとする。
「おまっ……やめ」
指先は何かを確かめるように、
頬骨を滑り、
俺の唇を親指でなぞった。
「っ!」
キスでもされるのかと思い、体を強張らせた。
けど、
鬼村はただ俺をじっと見ているだけだった。
「……? な、なに……」
近距離で呼吸するのが恥ずかしい気がして、思わず息を止める。
俺の呼吸が苦しくなる寸前で、鬼村は表情を変えた。
「センセー死んじゃったらどうしようかと思った」
「え」
俺は鬼村の攻撃で吹っ飛ばされたことを思い出した。体の痛みと共に。
鬼村は眉を下げ、悲しそうな表情をしている。
そんな顔をこいつと会ってから今までに見たことがなくて、俺はなんと声をかけたらいいかわからずにいた。
鬼村の吐息が顔にかかる。
全身がぞわぞわと鳥肌が立った。
顔が熱い。
「ん……センセ」
「な、んだよ……」
「──なんかもうヒゲ生えてきてるんだけど~。朝ちゃんと剃った?」
「は!? 剃ったっつーの!」
その時、電子レンジの音が鳴った。鬼村は何事もなかったかのように俺の上から退き台所の方へと行ってしまった。
「あ、そうだセンセー」
「何だよ」
「今日襲ってきたあの枝が生えてたヒト、知り合いだったじゃん」
「は!?」
俺は今起こったことなど全て忘れて布団から飛び起きた。
「知り合い!? って、お前のか!」
「違う違う」
「違う?」
鬼村は座卓の上に温めたご飯を置いて、そこに座った。俺も倣うように向かい側に座る。
「あれ、学校にいる人じゃん」
「学校にいる人……?」
「ほら、こーんな目付きしてる女の人でさぁ~」
鬼村は自分の顔に指を押し当てると目尻をぎゅっと上へ向けた。つり上がったような目だ。俺はそれを見て、息を呑む。
「……山上さん?」
「ってゆー名前なん?」
「いや……でも事務の山上さんが、妖怪……?」
「妖怪って言うと怒るかもよ~」
鬼村に箸を手渡され、俺は反射的にそれを受け取る。今この話題で飯を食う気にはなかなかならないが、腹の虫は気にもせず鳴った。仕方なし、みそ汁を啜る。結構美味いな。
「怒るって、なんだよ」
「神様ってそーゆーの分けたがるからさ」
「神様?」
鬼村の作った卵焼きにも手を伸ばした。焦げちゃいるが、綺麗な形だ。卵焼きって俺作ったことあったっけ。
「名前でモロ分かりじゃん。山神さんでしょ。あの人がどういった成り方で山神になったかはわかんないけど、プライド高い系の人だと妖怪とか言うとキレて容赦なくなりそうだから黙っときな~」
「いや、ええ? ちょっと待ってくれよ、あの人はどうみても普通の人間──」
「あたしも普通の人間に見えるじゃん?」
そう言われて俺は黙る。
そう、こいつも普通の人間に見える。
普通の女子高生に見えるんだ。
だから迫られれば抵抗感がある。
けど、こいつは鬼だ。
「あの人がどーゆー理由で学校にいんのかわかんないから、ちょっと手出しにくいけど……」
「手出すってなんだよ」
「え? 向こうから来る前にこっちから叩いちゃえば即解決じゃん」
「………」
「でもあそこにいる理由が何なのかわかんないなら、やりにくいってゆーか」
「まあ、そうか……」
「ってことでさ、センセ。見張ってよ♪」
「……見張る?」
そう言われてすぐに頭の中に雉が浮かんだ。
「あんずちゃんに見張らせてさぁ、何しようとしてんのか探るの。あと、見張っておけばセンセーの安全もだいぶ確保されんじゃん。他のちっちゃいのはまろんちゃんとかすももちゃんで何とかなるんだからさぁ」
「ああ……なるほど、な。でもずっと召喚しっぱなしってできるのか?」
「できるんじゃん? 気合で」
「気合……」
「煙を媒介にしてるわけだし、定期的に煙を足してけば消費した力も補充されてくかもよ」
「……そんなことできんのかわかんねーけど、試してみる価値はある、か」
──そうしてその翌日から、俺はあんずに見張りを頼むことにした。
***
「……で、そっからずっとあなたのこと見張らせてもらってましたよ」
今、俺の前に近づいて来ようとする体中から枝を張り巡らせた妖怪──いや、山神に向かって言った。
「最初は信じられませんでしたよ。仕事中は至って普通だし。まあ、人と極力関わらないようにしてそう、ってとこは気になったけど。でも退勤後に学校から離れると姿を一瞬で消したってのを聞いて、信じざるを得なかったっつーか。結局山上さんはなんでうちの学校にいるんです?」
山神は口を開かなかった。固そうな樹皮の肌では口を動かすのもやっとなんじゃないだろうかと思ったが、実際はそういうこともないんだろう。
山神は返事の代わりに、触手のように伸ばした太い枝で俺に攻撃をした。
「……っ!!!」
どうにか刀で攻撃を受け止めたが威力はすさまじく俺は後ろへと吹っ飛んだ。
相手は、山の神だ。
言葉で通じる相手じゃない。
それを改めて痛感し、俺はズレた眼鏡を押し上げた。
「センセーに手出すのやめてよね」
鬼村の声が聞こえたかと思うと、すでに山神の頭に向かって金棒を振り下ろしていた。
──バキバキバキバキッ!!!
あまりの衝撃に目を細めてしまったが、よく見れば攻撃は山神の頭には当たっていない。木の枝を張り巡らせて壁を作ったようだ。鬼村の金棒はその壁にぶち当たり、上っ面の木を砕いている。
山神と鬼村の攻防を横目で見つつも、魑魅魍魎の攻撃に俺はなんとか応じていた。三匹の助けを借りつつ、どうにか回避し、
「くそ、俺だってこんな重てぇもん意味もなく持っててたまるかよ……であああああっ!」
柄を強く握り締め、群れを成す魑魅魍魎に向かって刀を振るった。
──ズアアアアアッ……!!!!!
刀の刃先に触れた魑魅魍魎たちが蒸発するように消えていく。
切る、というよりも消し飛ぶような感覚に俺は驚いた。
「なんっだこれ……」
今一度刀を握り直し、他に敵が近くにいないか確認する。
刀は相変わらず重い。
疲労が溜まりやすいのか、俺は肩で息をしていた。
『武器を手に入れたんですか、桃間先生』
山神の声が反響するように聞こえてきた。
俺は苦笑いを返す。
「ははっ……くっそ重くて全然使えてないんすけどねぇ」
『どこでそんなものを?』
「言ったらそっちもなんで俺を殺そうとしてくるか教えてもらえます?」
その時、鬼村の重い一撃がどうにか木の壁をぶち破った。山神はそれを受け止めるとそのまま受け流すように金棒を鬼村ごとこっちへぶん投げてきた。
「うわあっ!?」
「鬼村!!」
受け止めよう、とは思わなかった。あの重さの武器と一緒に受け止めれば俺の体は折れるどころじゃない。
だが鬼村は俺の方まで来る前に金棒を地面に突き立てて吹っ飛ばされるのを防ぎ、山神に向き直った。
「この刀ー! 桃間の蔵から出てきたよ!」
「ちょっ、おい鬼村! 何勝手に言ってんだコラ!」
「え? 別に言えばいいじゃん」
「お前……」
人が折角の交渉材料に使おうとしたもんを……
俺は鬼村の性格にいつも振り回されている。
『……桃間の蔵、ですか』
「それで山神様はなんでうちのセンセーを狙うわけー? もしかして『桃太郎の子孫を食べたら今より強くなる』とかゆー噂信じてる系~!?」
鬼村の問いに、山神はぴくりともしなかった。
ただ、攻撃の手もやめている。
「……?」
静まり返ったこの地で、俺は荒い自分の呼吸だけが耳に響いていた。
『噂など取るに足りません。ですが──どうやらこの先、最古の鬼が復活するようなのです。《《あなたのせい》》で』
山神の言葉が荒い呼吸と共に脳に染み込んでいく。
最古の鬼?
俺は鬼村に目配せした──が、鬼村は俺を見てはくれなかった。
「最古の鬼って、なんなんだ」
仕方なく俺が聞けば、山神は鼻で笑った。
『──あなたの祖先が殺した、鬼ですよ』




