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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第一章 鬼と桃

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第13話 蔵の中

 最寄りの駅から電車に乗って二十分、そこから更に乗り継いだバスを降りると鬼村はうんと伸びをして腰に手を当てた。


「なーんだ、おじーちゃんおばーちゃんのおうちって全然近いんじゃん」

「お前は何を期待してんだよ」

「お泊り♡」

「勝手に言ってろ」


 馬鹿なことを言っているこいつを放って俺は『桃間の桃農園はこちら!』という看板が示す方角へと歩き出した。




 ──先日鬼村との会話で『桃間家が管理するもの』が気にかかった俺は久々に実家へと電話した。母さんはいつもどおり「もっと連絡寄こしなさい」だの「ちゃんとご飯食べてるの」だの「雄二ゆうじのところはもう三人目が産まれて四伸しのぶだって今度結婚が──」と言ったところでどうにか父さんに替わってもらうことができた。母さんの話を遮るのは至難の業だ。

 ただ俺が第一声


「桃間のじいちゃんばあちゃんの家に行こうと思う」


 と言うと、


 父さんは息を呑んだ。


 少し間が空いて咳払いが聞こえたかと思うと、親父は「元気なのか」と俺に訊いた。珍しかった。そんなこと言うような人じゃなかったから。桃間の農園に真っ直ぐ行ってもいいのか、電話番号はなどいろいろ聞きもう通話を切ろうかという頃、祖父は一昨年亡くなっていることを父さんはようやく話した──。



「……ここ、だな」


 辿り着いたのは桃農園から少し離れた場所にある自宅。農園のすぐ傍にも家はあるのだが、そっちは叔父家族が使っているらしい。


 なんとなく懐かしい雰囲気。

 昔、小学校に入ったくらいの頃だったか、一度来たきりなんだけれど……。


 玄関までやってきて、チャイムを押すと少しして足音が聞こえてきた。

 ガララララ……と音を立てて戸が開くと、優しそうな顔をした年老いた女性が出てきた。記憶は薄れているが、多分この人が祖母なんだろう。


「まあ、まあ……かずちゃん? 大きくなったねぇ」

「え、とー……はい、昨日電話した一樹です」

「敬語なんていらないのよ、電話でも言ったじゃない。それにこの方は……?」


 祖母は俺の横に立つ鬼村を見て二、三度瞬きをするとにっこりと笑った。


「まあ、こんなに綺麗な奥さんも連れてきてくれたのねぇ」

「いや、こいつは──」


 すぐに否定しようとしたが、言葉を飲み込んだ。

 こいつは鬼だ! ……なんて言おうものならきっときょとんとさせてしまうだろうし。

 こいつは生徒だ! ……なんて言おうものなら、どうして生徒と来たのかと余計に頭を悩ませてしまうだろう。

 ただ、いつものようにギャル特有のわけらからんテンションで対応なんてしようものならどちらにせよ驚かせてしまうに違いな



「初めましておばあさん、私、一樹さんの恋人のミキっていいます。これは近くで買ったものなので食べたことのあるものだとは思うんですが……」

「まあまあ。わたしここのお饅頭大好きなのよ、ありがとう。とても気の利く彼女さんなのねぇ」

「喜んでいただけて良かったです」

「さあさ、お茶を淹れるから二人とも入って」


 機嫌を良くした祖母と、にんまり笑顔でこちらを見る鬼村を見て俺は困惑した。


「……臨機応変にできないと世渡りってむずかしーんだよ、センセ♪」



 しおらしい態度といつもの態度を事も無げに切り替えて見せる鬼村に、俺は頭が痛くなる思いがした。




 ***


 ──俺達が客間で茶を啜っている間に祖母が持ってきたのは、一本の鍵だった。


「これはねぇ、家の裏にある蔵の鍵なんだけれど……私は絶対に入るなって言われててね? なんでも桃間のおうちが代々守ってきた蔵らしいの。結婚した時にそう言ってたわ」

「蔵? ……でもばあちゃんが入れないなら誰が管理を? 叔父さん?」

「いいえ、おじいさんが生きてる間はおじいさんが管理してたんだけどねぇ。そのあとは誰も。ただ、亡くなる前に私には『もし陽一か一樹が来たら鍵を渡せ』って」


 祖母の不思議そうな顔を見て、俺と鬼村もそっと目を合わせる。


「……じゃあ俺が入っても?」

「もちろんよ。あなたが来たんだもの、あとのことは任せるわ。もし中の物全部処分するってなってもこっちは大丈夫だからね」

「わかった、ありがと。……とりあえず見てくるか」



 祖母は家の裏まで案内すると「ゆっくり見ていいからね」と戻っていった。俺と鬼村は祖母の背を見送るとようやく目の前の蔵と対峙する。二階建てで古びた蔵だ。


「……中を開けたらバケモンがどーんとかねぇよなぁ」

「さすがにそれは無いんじゃん?」


 俺は深呼吸を一つすると、右手に握り締めていた鍵を使い蔵の南京錠を開けた。鍵は少し錆びているように見えたが、特に引っかかりもなく簡単に開いた。扉は分厚く重く──


「っ……げほっ、げほっ!」


 どうにか開けると中から溢れた土埃にひどくむせた。二年開けていなかったせいなのか湿気も酷く、空気は冷たい。


「おいおい、中身全部腐っててもおかしくねーんじゃねぇの?」

「真っ暗だね~。あ、二階に窓あんじゃん。開けてきてあげるからセンセーは下で見ててよ」

「ええ?」


 鬼村は奥まで行くと床に置かれていた梯子を二階部分へと架け、軽々と登って行った。中は埃とカビの匂いがきつく俺は腕で口元を隠しながらだというのに、あいつは気にもしていない。人間と鬼の違いなのか、はたまた根性の違いなのか。


「……明るくなったー?」

「おー」


 鬼村が二階の窓を全て開けると、蔵のどこに何があるかはっきりしてきた。

 大量の書物、

 布の掛けられた何か、

 いくつかの仰々しい箱に、

 掛け軸のようなものがぽつぽつと。


「何から見るべきだろうな」

「とりあえず手近なのからでよくな~い?」


 すとん、と背後で音がしたと同時に鬼村がそう言った。こいつ、二階から飛び降りてきたな。


「手近なのねぇ……これは、結構最近のだな」


 近くの台に置いてあった大学ノートを開いてみると、ボールペンで書かれた字が並んでいた。一度閉じて表裏とひっくり返して見るが、特別何も書かれていない。パラパラとテキトーにページをめくり、読んでみた。




『五月二日


 陽一よういちに一樹を連れて来させたが、私には何もわからなかった。この子がそうである可能性はゼロではない。それなのにあいつときたら全く話にならん。どうしてこうも理解できないのか、あいつも同じ夢を見ているはずなのに。結局何も解決できないまま一樹を連れて帰ってしまった』




 ──俺の名前がある。陽一はうちの親父だ。じゃあこれはじいちゃんの日記?


 次のページをめくろうとすると、紙切れが落ちてきた。文頭に『一樹へ』と書かれていて思わずぎょっとする。



「これ、俺宛てだ」

「えー?」





『一樹へ


 まだ幼い一樹には説明してもきっと何のことかわからないだろう、だからここに書き記しておく。いつかお前も夢を見てここへ何かを探しにやってくるかもしれないからな。


 まず、もう知っているかもしれないがお前の祖先は世間では桃太郎と呼ばれる方だ。後に名前を桃間とうま正義まさよしと名を変えている。


 今からとても遠い時代、この方はこの地の人々を苦しめていた鬼を討伐し平和をもたらした。そしてその鬼から奪った財により我々桃間の一族は栄えてきた。


 しかし──』




 とん、と脇腹に何かぶつかった。鬼村の肘だった。


「なんだよ」

「見てこれ! あのわんちゃん達じゃん??」


 そう言って広げて見せたのは犬、猿、雉が鬼と戦っている様子が描かれた掛け軸だった。


「こんな良い感じのあるなら飾っておけばいいじゃんね~」

「あー、確かにな」


 俺は今読んでいた手紙を祖父の日記に挟んで閉じた。これはあとでゆっくり読むとして、今は他に何か──


「……ん、あれなんだ」


 掛け軸を広げては何故かきゃっきゃと騒いでいる鬼村を放って、俺は蔵の奥へと進んでいった。仰々しく布が掛けられた何かが置いてある。埃を被っていて取り払うのに少し躊躇したが……そっとつまんでゆっくりと布を引いた。




 するするする……とゆっくり布が落ちていき、


 端からその姿かたちが見え始め、


 俺は差し込んだ陽の光の中できらきら輝く埃に目を細めることもなく、


 ほう、と感嘆の声を上げた。



「すげぇな、これって本物の刀か?」

「ほんとーだ」



 後ろからやってきた鬼村も俺の横に並んでまじまじとそれを見る。


 が、


 俺も鬼村も「うーん?」と首を傾げた。



「……これ、めちゃくちゃ錆びてんな」

「誰も手入れしてなかったのかなー。もったいなさすぎ」

「こんだけ仰々しく置かれてるっつーことは、多分鬼退治をした刀なんだろ」

「そーなんじゃん? あたし切られてるわけじゃないから知らないけど~」



 切られてるわけじゃないから、が一般的な鬼ジョークなのか何なのかわからず俺は上手く笑えずにいた。

 まあ、刀があったところで何かできるわけでもない。

 綺麗に手入れされてたんならどっかに寄贈するとかそういうこともできんのかとも思ったけど……と、よく見れば錆びかと思った部分に文字が刻まれていた。


「文字が入ってんのか。こういうのって何が書かれてんだっけ。刀匠の名前とか?」


 眼鏡を押し上げ、よくよく見る。

 ミミズが這っているような字でどうにも読みにくい。



「『桃』……『の』、『子よ』? 『力を』、『貸してやろう』……? なんだこれ、名前じゃないのか」






 ──その時突風のような風が舞い込み、蔵の中の埃を全て掻っ攫って行った。



「!?」


 思わず目を瞑り、腕で顔を覆う。


「うわ、ちょっ……と、なんだよ……」


 砂埃が目に入るのが怖くてゆっくりと目を開ける。

 突風のせいで刀が台座から落ちた、なんてことはなかった。

 なかったが、

 それよりも俺は目の前の光景に唖然としてしまった。




「……センセ~、かっこいーもん手に入れたじゃん?」

「は? どういうことだよ?」

「多分『使え』ってことっしょ」




 錆びていたはずの刀が、差し込んだ陽光に照らされて眩い光を放っていた。

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