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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第一章 鬼と桃

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第12話 長男は

 ──ある日の放課後。

 部活が始まったのか窓の外から野球部の声がし始めた。外で活動する部の中では野球部の生徒たちの声が一番大きい。元気なのはいいこった。


「……で、お前は外で走んねーのかよ」


 そう俺は隣のデスクで雑誌を広げている鬼村に聞いた。


「えー? なんで?」

「なんでってお前なぁ、次の大会まででもいいから部活入ってくれって昨日日下(ひもと)先生に言われて入ったんだろ?」

「えー知らなぁい。この紙に名前書けって言われたから書いただけだよ?」

「なんだその詐欺まがいの勧誘……」

「大会とかー、出たってつまんなくない? センセーいないし」

「俺がいたら行くわけ?」

「センセーと一緒に走れるなら♪」

「………」


 会話をしても無駄と判断し、俺は業務に戻った。

 今では鬼村が横にいても気にせずに仕事ができるようになった。これがいいことなのか悪いことなのかはちょっと微妙だが、()()()()仕事ができるのはいいことではある。



 先日、市街地で襲われた件で俺は『どこにいても襲われる』ということがわかった。その為『鬼村と一緒にいて教師としてどう思われるか』なんてことはもう今更考えても仕方がない。学校内だろうが、校外で休みの日だろうが、隣にいることを許してやっている。ただ──



「セーンセ、せっかくふたりきりなんだから~、ぎゅってしてもいい?」

「いいわけないだろ」

「ちゅーは?」

「論外」

「えー密着しないと勃つものも勃たないじゃ~ん」

「勃たなくて結構!!!!」


 このやりとりだけは、いい加減にしてほしい。

 少しでも隙を見せれば襲われかねない為、俺は鬼村が動くと反射的に体を離す術を身につけてしまった。


「ねぇー、あたしはセンセーのEDってのが治るように協力してあげようとしてんだけど~?」

「お前は俺が勃つようになったら精力絞り切って殺すだけだろ」

「はー? 殺さないし!」

「鬼ってのは怖ぇーよまったく」

「だから殺さないし!!」


 むすっとした鬼村はまた雑誌に目を向け始めた。


 ──鬼村は俺に()()()()()かければこの勃起(E)不全(D)がどうにかなるとでも思ってるみたいだが、そんなわけがない。俺はこの三十数年()()なったことがないんだぞ。今更女にすり寄られたくらいでどうにかなるわけないだろ。


 なるわけない。


 というのは、置いといて、だ。



 正直な話、鬼村には参っている。


 俺はギャルは嫌いだ。

 うるせーから。

 

 なのにこいつが近寄ってくると妙な気分になる。


 浮つくというか、急に心臓が痛むというか、体がぞわぞわして仕方がない……。

 

 いや、決してこいつに惚れたとかそういうのでは……ないんだけど……。


 まさかと思うが、俺はほだされてるのか?

 それともこれが鬼の力とかそーゆーやつなのか?


「……鬼に屈してたまるかよちくしょ~」

「あ。ねーねーセンセ!」

「あ?」


 しばらく静かだと思っていた鬼村が突然話しかけてきて、俺は雑に返事をしてしまった。が、鬼村はそんなこと気にもかけずにその大きな目をぱちぱちと瞬きさせて訊いた。




「センセーはさぁ、なんで桃太郎のこと知らなかったの?」




 なんで、知らなかった?



「……は?」

「いやーだってさ、結構重要な話じゃん? 先祖が桃太郎~とか、お供呼ぶ力だってあるわけで。絶対代々受け継がれてきてる話だと普通思うじゃん??」

「そう、か?」


 そうなんだろうか。

 確かに、先祖に有名な武士とかがいるなら「うちのご先祖さまはなぁ~」とか親やその上の祖父母世代から語られてもおかしくはない。が、俺はそんなもの聞いたことはない。とはいえ『桃太郎』なんて空想上の人物だと思ってたんだ、受継ぐも何も……。


「センセーって長男なんでしょ?」

「え。まあ、そうだよ」

「センセーのお父さんは?」

「うちの親父も長男だな」

「じゃあやっぱおかしくない?」

「……そうか??」


 おかしい、と言われるとおかしい気もしてくる。

 でもうちの親父は祖父母とは縁を切ってるんだ。その昔、家を継ぐか継がないかで揉めたとかなんとかかんとか……。


「うちの親父、桃間の家を継がなかったんだよな。確か桃農家だかやってるらしいんだけど、親父はそーゆーの苦手でめんどくさいとか言ってさ。弟の方が得意だから、って。ただ『継がない』って言ったらじーちゃんがめちゃくちゃ怒ったとかなんとか……」

「へー?」

「そういや昔言ってたっけ、桃間は家を継ぐ時にやたらと古臭い本だのなんだのを管理しなくちゃいけなくてそれも嫌……で……」




 あ




 と、口が開いたままになる。


 そのまま鬼村の方へと視線をずらした。





 鬼村は、にんまりと笑っていた。





「ねぇセンセ!」

「……なんだよ」

「次のお休みも、あたしとおでかけしよ!」



 満面の笑みの鬼村と対照的に、俺は次の休みが潰れることを憂いで天を仰いだ。

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