第10話 おくりもの
「悪い! ──だから俺は桃太郎じゃなくてその子孫の桃間一樹っていうんだ」
俺は魑魅魍魎や他の妖怪に襲われ、それらから身を守る為に先祖である桃太郎のお供を召喚したことを伝えた。わかってはいたが、犬・猿・雉はそれを聞くと驚いた表情で黙り込んでしまった──。
「お前たちが桃太郎と契約したってのはわかってる、でも今は俺に協力してくれると嬉しい。……いつまでかは、ちょっとわかんねーけど」
「センセー、前も言ったけどこの子たちは永久契約だから別に気にせず使っても大丈夫だと思うけど?」
「そういう問題じゃねぇよ」
「えー??」
鬼村はわからないと言った顔をしていたが、俺はそれを無視してお供の三匹を見る。
猿はどうしたらいいのかわからずもじもじとしていて、犬はそもそもまだ理解が追い付いていないのか首を傾げては唸っている。そして雉は──
『……アタクシ、桃様とはきび団子という甘美な物によって繋がりを得ましたの』
「あ、ああうん、それは知ってる」
『アタクシだけでなく、この犬と猿もそうですわ。ですから……』
雉の鋭い眼光が俺を射貫いた。
俺は思わず固唾を呑む。
『……アタクシ達に、何か頂くことはできませんか。それによって貴方様にお仕えすると誓いましょう』
何か、
こいつらにやる……?
「弱ったな……」
俺が立ち上がると、鬼村は唇を尖らせた。
「えーさらに追加で契約する必要なんてないって」
「そんなこと言っても、乗り気じゃねぇやつを使うってのも申し訳ないだろ」
「でもでもセンセーに何があげれんのさ。女の子にプレゼントとか今まで一回もしたことないんじゃないの?」
「失礼だな! 別にプレゼントの一つや二つ…………いや……どうだっけ……」
「ほらぁー、どうすんのさ高級ブランドのバッグとか強請られたら!」
「こいつらがそんなん強請るわけねぇだろ!!」
と、反論したものの、急激に自信がなくなってくる。
まさか本気でバッグとか言わねぇよな……?
だが犬・猿・雉は何か要求を言うわけでもなく、俺をじっと見つめてそこにいた。
「……っ」
その目に怖気づきそうになる。
そうだ、こいつらは俺をこの先何度も守ることになるんだ。いつ狙われなくなるかなんて、そんなこと今はわからないわけだし。それに見合うものは、やっぱり俺が考えないと……
俺が、こいつらにやれるもの……
「──そうだ」
これでいいかはわからない。
けど、
俺は呼吸を整えてもう一度しゃがみ込み、三匹と目を合わせた。
「お前たちに、お前たちだけのものやる」
『アタクシたちだけ、ですか?』
「ああ、俺はお前たちに──名前をやろうと思う」
『『!』』
『名前? 名前ってなに?』
猿と雉はハッとしたような顔をしたが、犬だけはきょろきょろとしている。
「名前ってのはな、お前だけのもので、俺がお前たちを呼ぶ時に使うものだ」
俺が頭をわしわしと撫でてやると、犬は嬉しそうに目を細めた。
「犬、お前は……『まろん』」
『まろん? まろんってなーに!? なんか美味しそうな名前!』
「栗って意味だからあながち間違いじゃないが……」
それから次に猿の方へ向きを変え、もじもじと手遊びをしていたその小さな手を取った。
「猿、お前は……『すもも』」
『すもも……? と、とっても可愛い名前! それ、わたしがもらってもいいの?』
「ああ、もちろん」
そして雉に向かい、手を差し伸べた。
「雉、お前は……『あんず』だ」
『………』
「……やっぱし名前じゃ不満だったか?」
俺は不安になって差し伸べた手を引っ込めようとする──が、キジはその美しい羽根を俺の手の上にのせた。
『……いいえ、とても素敵な名です。ただ、アタクシたちにそのようなものを頂いても良いものか』
「いいに決まってんだろ。ってか、俺が呼ぶ時困るんだよ。『犬! 猿! 雉!』なんて呼び方主人としてちょっと冷たすぎっつーかさ」
『………』
煙でできた雉の目が一瞬潤んだように見えた。そして一息つくとこくりと頷いて見せる。
『桃様──いいえ、桃太郎様の御子孫である桃間一樹様、アタクシは貴方様に忠誠を誓いますわ』
『わ、わたしも! 新しい桃くんのこと守るって誓うわ!』
『えっとねえっとね、まろんも! 今のご主人といるの楽しそうだから一緒にいるよ!』
思っていたよりも好反応の三匹を見て、俺は思わず顔が緩んでしまった。多分ペットを飼ったらこういう気持ちになんのかな。いや、こいつらはペットじゃねーけど。
「それじゃ、これからよろしくな。まろん、すもも、あんず」
俺が改めて名を呼ぶと、三匹は嬉しそうに微笑んだ。
それから俺は犬と猿は一度召喚を解除することにした。
そして残った雉に空を羽ばたかせ、言った。
「それじゃ、今日は一日敵が出ないか見張っていてくれないか」
『わかりましたわ、桃様の為アタクシ一瞬の隙も逃さずに目を光らせておきますわ!』
あんずが自信満々にそう言うと、鬼村は手をぱちぱちと叩いた。
「あんずちゃんえらーい♪ それじゃ今日はあたしとセンセーのデート見守っててね!」
『何ですって?』
じろり、とあんずが空から眼光を光らせる。
『アタクシが……桃様とこの女の逢瀬を陰から見守る……と?』
「そゆこと!」
『アタクシの桃様でしてよ! 鬼の分際で何をのうのうと隣に居やがりますの!! そういえばさっき嫁候補などとほざいてましたわね!? 撤回してくださる!?』
「うわ、ちょっと突っついてこないでよ~。センセーあんずちゃんってばちょーヒステリーなんだけど~」
『この鬼! 泥棒猫! 桃様から名をもらった今のアタクシは鬼ごときに負けませんわよ!』
「あーん、このクチバシくすぐったい~」
必死のクチバシ攻撃をするあんずと、それをものともしない鬼村を無視し、俺はさっさと駅へと向かい始めた。
***
──二十分程電車に揺られ、俺達が住む叉々山市の中心部へとついた。ここはかなり栄えていて、近隣の市の若い奴もこっちまで来て遊ぶことが多いようだ。
そして何故か俺達は今、街中の有名なケーキ屋の二階にあるカフェテリアで席についていた。
「セーンセ、はい、あーん」
「いらねぇよ一人で食ってろ」
「もー、恥ずかしがっちゃって」
鬼村が食べているのは季節のフルーツケーキセットだ。俺はコーヒー一杯のみ。
この店に来る予定は全くなかったんだが、店の前を通りかかった時出入り口に貼られている商品の写真を見て俺は無理矢理中へと連れていかれた。
「ん~っ、ちょーおいしー! ほらほら、やっぱセンセーも食べなよ」
「俺はケーキより普通に飯が食いてぇよ」
「んじゃーこの後はどっかでご飯にしよっか♪」
「馬鹿か、今日は俺の上靴買いに来たんだからこの後は靴屋行ってすぐ帰るっての」
「はあー? 靴屋は最後!」
「なんでだよ」
コーヒーを一口啜る。美味い。これはケーキと一緒に飲めば合いそうだ……けど、食べるつもりはない。
「だって靴屋行ったら終わっちゃうもん。今日はデートなの、わかるでしょ?」
「わかんねーよ。俺はデートに来たわけじゃねぇの」
「ええー」
ま、いいけど、と言って鬼村はケーキを食べ進めた。今食べているのは季節のフルーツケーキセットだが、その横には今月のケーキ三種とチョコレートムースと焼き菓子と──とにかく昼飯前に食べる量ではないものが置かれている。俺はそれを見ているだけで胸やけがしてきた。
「……鬼ってみんなそんなに食うの?」
「お父さんは食べるけど、お母さんはそうでもないかなー。料理は好きみたい」
「へぇ……」
「ちなみにお父さんとはあたしずーっと喧嘩中なんだよね~。こないだも久しぶりに会ってこっちの高校行くって言ったら岩ぶん投げられて、あたしキレて一人で手続きとか全部やってこっち来ちゃった」
「は!? お前親御さんの承諾なしに来たのか!?」
「そーだよー。ってか別にあたしそんな子どもじゃないんだけど」
「いや……まあ、それはよくわかんねーけど。150歳ってそっちの感覚だとどのくらいの成長具合なんだか」
「前回の喧嘩も仲直りしてるわけじゃないしー、今回もそーとー怒らせちゃったからまたしばらく顔合わせないかなー」
「喧嘩か……」
俺はあまり親子喧嘩をしたことがない。ただ父親は昔、祖父と喧嘩をして家を出てそのあとはほとんど顔を合わせていないって言ってたっけか。祖父母の家に行ったのも兄弟の中じゃ俺だけで、小さい頃に顔を合わせただけ──
「前回の喧嘩はさぁ、お父さんに『桃太郎の子孫と子作りしたいんだよね』って言ったら初っ端からぶちぎれちゃってぇ。もー散々」
「そりゃ父親だったらキレる話題だろ……」
「それででっかい声であたしに怒るもんだから、あたしが『桃太郎の子孫の力を使って鬼を増やす』って話がめちゃくちゃ広がっちゃってぇ。で、いつのまにか『桃太郎の子孫を食べたら今より強くなる』みたいな噂が流れて先生が狙われるようになっちゃった、みたいな?」
ぶつくさと文句を言いながらも鬼村は全てのスイーツを食べ終えた。
俺はもうコーヒーの残っていないカップを口に付けたまま固まっている。
「……俺が狙われてる原因、完全にお前のせいじゃねぇか」
「っぽいよねぇ~。……じゃ、次どこ行こっか?」
「軽く流すなよ」
──項垂れている俺は鬼村に引っ張られるようにしてケーキ屋を出ていった。




