第二章 井中野古墳 その2
一方、月満と宇佐美は…。
「では、こちらにお乗りください」
宇佐美は、うさちゃん号に乗るよう手で差した。
「…?え?これに?でもこれ、ロボットなんでしょ?」
「いいえ、一見ロボットのように見えますが、実は擬態モードを搭載した自動車型のコンピューターなのです」
「擬態モード?…自動車型のコンピューター???」
「はい。生命認証機能を搭載しているので、私以外の人間には反応しません。セキュリティに関してはご安心ください」
「いや、そういう意味じゃなくて…」
月満は、現代では到底理解が追いつかないテクノロジーに混乱していた。
「移動中に説明しますので、まずはお乗りください」
「けど…これ、どこから乗るの…?」
すると、月満が目を開けていられないほどの眩しい光がうさちゃん号から放たれた。光が収まったその瞬間…。
「…え?ここは?」
眩しい光が収まった瞬間、月満はうさちゃん号の中の助手席に座っており、宇佐美は運転席と思われる場所に座っていた。
「うさちゃん号、この時代のマップに切り替え、擬態モードオン。行き先は…予測では井中野古墳と出ていますね…。では、井中野古墳へ!」
月満の目の前にあるのは、巨大なモニターだった。百八十度見渡せるモニターで、宇佐美の指示でこの時代のマップが表示され、井中野古墳までのルートが示される。次の瞬間、うさちゃん号は宇佐美の指示通りに擬態モードになり、視覚上は、現代の自動車と同じように見えていた。
「え?これ、外見が普通の車と同じになってるの?」
「はい。あ、一応言っておきますが、私たちの時代で一般の方が所有する自動車には、この擬態モードは搭載されておりません。公的機関の乗り物だけです」
「…擬態モードのカラクリは秘密なわけ?」
「いえ、単純な話、うさちゃん号の周りの四方を空間投影機能によってこの時代の普通の車に見えるようにしているだけです。実際は、このうさちゃん号、地面から約十センチほど浮いて走るのですよ。あと、自動で障害物を避けるので、私たちの時代の乗り物は全て全自動運転です」
「う~ん…交通事故や違反が無くなるのは良いことだけど、自分で運転できないってかなりつまんないね…」
「そんなものですか?まあ、慣れの問題ですね」
「いや、慣れとかの問題じゃなくて…まあいいや」
月満は、これ以上この話題に触れるのは面倒だと思い直した。そして、二人は井中野古墳に向けて出発した。
「ところで、そのなんちゃらパワーってのは井中野古墳にあるの?」
「はい、計算によると、この時代の今から約一時間後ほどに発生するはずです。博士は私がこの時代に着く一時間前には、すでに着いているはずです。博士の行動は注視していたのですが、まさか時間移動をするという大胆なことをするとは思いませんでした。何せ引きこもり大好き人間でしたので…」
「引きこもり?」
「臼持 一太郎博士。割と優秀な科学者で、身長は高く、容姿はベリーショートの銀髪で、整った顔立ちをしております」
「割とが多い人なんだ…」
「…安定した引きこもり生活をしていくにはどうすれば良いのかと考えた結果、『研究者になれば引きこもれて稼げるだろう』という理由だけで科学者になってしまった人なのですが、厄介なのが、臼持博士は科学者としては割と優秀な人物ってことなんです」
「じゃあ、その引きこもり生活を送るために、わざわざ危険を冒してまで時間移動と、そのラプソディックパワーとやらを手に入れたいと?」
「はい!」
「引きこもりという割には行動力があるね…」
「何せ、博士自身も適当にやってればなんとかなると思ってた人なのですが、優秀になってしまったことと、引きこもれなかったことが原因で、ストレスが溜まってしまったのでしょうね。それが爆発してしまい、事に及んでしまったようです」
「色んな意味で、すごい人なんだね…。ところで、なんであの井戸で時間移動なんてことができたわけ?」
「あの井戸そのもので、時間移動ができるわけではありません。とある条件下で、時間と空間を繋ぐ事象が起きて、その前兆のようなエネルギーが発生するのですが、それが今回あの井戸で発生して、博士がとある使い捨て装置を使って、時間と空間が繋がってしまったのです」
「とある装置?」
宇佐美は、言いにくそうに答えた。
「…その…、私たちの時代にはもう存在しないのですが…とある博士が作った、使い切りの装置としか言えないです…すみません…」
月満は、申し訳なさそうに言う宇佐美に、少し違和感はあったものの、言えない事情があるのだろうと思った。
「そろそろ到着します」
一方、月満と宇佐美より、少し早く井中野古墳に到着した臼持博士は…。
「ふぅ…。昔のバスの乗り心地はいまいちだな…、しかしまあ、良い体験ができた」
臼持博士は、初めて訪れる井中野古墳公園全体を見渡していた。そこには、爽やかな風が吹き、木々や植物が穏やかに揺れていた。
「…確かに田舎ではあるが…、僕たちの時代と違って、貴重な緑に溢れているな……」
臼持博士は、身につけているモノクルコンピューターで、周辺の木や植物などを調べてみた。
「この植物…やはり、僕たちの時代にはすでに絶滅している植物だ…。あの木もすでになくなっている…」
博士は、リュックから持ってきたサンプルボックスを取り出し、木の葉や枝、植物を少し採取した。
「…まあ、これくらいでいいだろう…」
博士は、井中野古墳の方へ向かい、古墳の入口に立った。
「…この古墳の奥に、これからラプソディックパワーが発生するのか…。色々と邪魔が入る前に、とっとと準備して終わらせるか!」
博士は、不敵な笑みを浮かべて、人のいない井中野古墳へと入っていった。