第一章 月満と宇佐美と、うさちゃん号 その2
「…すみません、実は朝から何も食べてなくて…。お腹が空いて…さっきからフラフラなんです…。何か食事ができる場所はありますでしょうか…」
宇佐美は、顔色も悪く、フラフラになっていた。
「…ここからだと、近くにファストフード店があるけど…」
「…そこで食事をとりながら詳しいことをお話ししますので、案内していただけますか?戻れ、うさちゃん号」
宇佐美がそう言うと、雪うさぎロボットは吸い込まれるようにして、宇佐美が身につけているペンダントの中に入っていった。
「…劇団でも、ドッキリ動画でも、手品師でもない…」
月満は、確かに軽自動車ほどの雪うさぎ型のロボットが、ただのペンダントに収納されるところを目の前で見たのである。
「やっと、やっと分かっていただけましたか!」
「…魔法…魔法少女?いや、魔法姉ちゃん???」
「…それこそ、余計に斜め上すぎる発想かと」
(俺にとっては、百年後の未来から来てるっていうだけでも、斜め上すぎるが…)
「ああ…もう限界…」
宇佐美は、見る見るうちに血の気が引いて顔が青白くなり、立っていられなくなったのかその場で崩れ落ちた。
「あ!おい!くそ、スマホ使えないから救急車も呼べない!ちょっとしっかりしてくれよ!」
「喉…乾いて…お腹空いて…急に気持ち悪くなって…」
どうやら、宇佐美は軽い脳貧血を起こしたようだ。
「分かった!分かったから!とりあえずこれ飲んで!」
月満は持っていた未開封のペットボトルの「壮健武茶」の蓋を開け、宇佐美に飲ませた。宇佐美は、まるまる一本をあっという間に飲み干し、少しずつ顔に血の気が戻ってきた。
「…ありがとうございます…。ご迷惑をおかけして…申し訳ございません…。ずっと博士を追っていて…水分不足だった自覚が無かったようです…」
「…よく分からんが、喉が渇いてる自覚がなくても、水分補給はこまめに取らないとぶっ倒れるぞ…」
「…はい、気をつけます…」
宇佐美は、だいぶ血の気も戻り、立ち上がることができたようだ。
「その…ファストフード店に連れて行ってもらえませんか…」
「分かったよ。とりあえず、すぐそこだから」
月満は宇佐美と一緒に、歩いて3分ほどの場所にあるファストフード店へと向かった。
(…はぁ…なんでこんな変な人と関わることになってしまったんだ…とほほ…)
月満は、古井戸がある道を通ったことに激しく後悔した。やがて、二人はファストフード店へと到着した。
「うわぁ~!美味しそうな匂いがする~!」
時間帯のためか、幸い客はほとんどいなかった。月満と宇佐美が来たファストフード店は、店の中央に大きなタッチパネルがあり、そこから注文するシステムになっている。
「何かおすすめはありますか?」
宇佐美が月満に尋ねた。
「…う~ん、この季節限定バーガーでいいんじゃない?」
「じゃあ、これを二つ注文しますね」
宇佐美はタッチパネルを操作して、季節限定バーガーを注文した。しかし、月満は一つの疑問を抱いた。
「ねえ。金、払えるの?」
「もちろんです。あっ!」
宇佐美は、百年後の未来から来た人間だ。現在の通貨とはだいぶ違うし、電子マネーやクレジットカードも、現代のものとは大きく異なっていた。
「すみません!すみません!」
「はぁ…結局俺が払うことになるのかよ…。金ないのに…」
月満は、渋々自分の財布から、交通系電子マネーのカードを出した。
「本当に申し訳ございません。協力を要請しておいて、食事までおごっていただけるとは」
「…いや、おごったつもりないから…。あとで返してもらうから」
「はい、それはもちろんです」
(…踏み倒されそう…)
月満はそう思った。
「…あのぉ~…、非常に言いにくいのですが…」
宇佐美が、申し訳なさそうに月満に言った。
「……なに?」
月満は、ふてくされながら宇佐美に返事をする。
「…この、抹茶あんこパイも注文していいですか?」
宇佐美は、スイーツに目がなかった。
「嘘だろ?俺、本当に金ないんだけど!」
「ご…ごめんなさい!どうしても甘いものには目がないんです~!」
「くそっ!だが、俺もそれ食いたい…」
宇佐美は、タッチパネルで月満の分の抹茶あんこパイも注文した。そして、テーブル番号を入力し、あまり人が来ないような端のテーブルを選んで座った。
「それにしても、この時代だとハンバーガーセットがこんな値段で買えるんですね!しかも抹茶あんこパイを入れても千円以内なんて安すぎますね!」
「え…?安い?これが?高校生の俺にとっては、けっこう高い食事代なんだけど?」
月満は、少し皮肉を込めて言った。
「はい、私たちの時代では、このくらいのハンバーガーセットはだいたい三千五百円くらいするので」
「!!三千五百円!!?嘘だろ!!?ファストフード店なのに?」
「…まあ…そのあたりも含めてお話しします…。あら?」
「?どうしたの?」
何か気になるのか、宇佐美は近くのポスターをじっと見ていた。
「うそ…ビーフ…百パーセント!!?」
「?え~っと…それがどうかしたの?」
「信じられない…。百パーセントのお肉なんて本当に存在するんですね…」
宇佐美は、ビーフ百パーセントに感動していた。
「え???」
「私たちの時代では、百パーセントのお肉など存在しないんです。ガモビーンズという豆を使っていて、例えば、ハンバーガーに使われるお肉の分量は、法律上、七パーセントまでと決まっているんです」
「はぁ!?肉がたった七パーセントであとは豆???」
月満は、宇佐美の言葉に衝撃を受けていた。宇佐美の言葉と表情から、それが嘘や冗談ではないと思った。
「はい。あの、そう言えば今更ですが、お名前を教えていただけますか?先ほど自己紹介いたしましたが、改めて、宇佐美 未来と申します」
「月満、月満 真之助。高校二年生で近所のスーパーでバイトしてる。だから金はあまりない…」
「え?月満さん?」
「そうだけど?それがどうかしたの?」
「あ、いえ、なんでもありません」
月満は、宇佐美の返事に若干の違和感を覚えたが、自分の苗字が珍しいからだろうと思い直した。
「で、さっきの肉が七パーであとは豆ってどういうこと?…え~っと…うさ耳さん?」
「宇佐美です。まあ、よくそう言われますが…」
そうこうしているうちに、注文したものがテーブルに運ばれてきた。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
「あああああ…うそ…すごく良い匂い…!これが…これが百パーセントのお肉なんだ…!!」
宇佐美は、感動の涙を流している。
「よ~っく味わって食べなきゃ!いただきま~す!」
宇佐美は、一口食べたとたん、また感動の涙を流していた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ~!!こんなに…こんなに贅沢なものが食べられるなんて!!本物のお肉がこんなに美味しいだなんて…!!しかも、こんなに新鮮な野菜が挟まれているなんて、なんて贅沢なハンバーガーなのでしょう!危険を冒してまで過去に来た甲斐がありました!!」
「危険を冒してまで?時空間移動ってやっぱ危険なの?」
「はい、もちろんです。あ、これゆっくり味わって温かいうちに食べたいので、しばらく話しかけないでください」
「………」
月満は、心の中でこう思った。
(なんだかなぁ…。やっぱ変な人だなぁ…。面倒だなぁ…。まあ、百パーセントの肉が食えないとなると、俺でもこうなるのかなぁ。なるんだろうなぁ。しかし、七パーセントの肉ってなんだよ。俺もこのハンバーガーを味わって食べることにしよう…)
そう思いながら、月満も黙って食べ始めた。すると、味わって食べるとか言っていたにもかかわらず、空腹だった宇佐美は、あっという間に限定バーガーセットと、抹茶あんこパイを完食した。
「はぁ、すっごく!すっっごく美味しかったです!それにこの抹茶あんこパイもすっごく美味しかった!!」
「…それは良かった。で、腹も落ち着いたみたいだし、そろそろ本題に入ってくれる?てか、さっきの肉七パーってのがめっちゃ気になるんだけど?」
「…分かりました」