第一章 月満と宇佐美と、うさちゃん号 その1
時は現代、ここは埼玉県井中野市。この町に住む男子高校生、月満 真之助。彼は地元のスーパーでアルバイトをしている。
月満は、サラサラの黒髪ショートで、可愛らしい顔立ちをした男子高校生だ。制服は濃紺のブレザーに臙脂色のネクタイ、グレーのズボンにスニーカーを履いている。荷物は高校指定のリュックを背負っていた。
今日も、いつものスーパーでのアルバイトが終わる。
彼はいつも通りの道を歩いて帰る。田舎町のため、道の途中には古井戸があった。いつの時代からあるのかもわからない、もう使われていない井戸だ。月満は今日もその井戸のある道を何気なく通って帰る。だが、彼はこのあと、とんでもないことに遭遇するとは思いもしなかった。
これから月満が巻き込まれ、振り回される『狂想曲』の序曲が、まさに始まろうとしていた。
その古井戸には普段、安全のために蓋がしてあった。しかし、今日はなぜか蓋が外れている。井戸からは、うっすらと青白い光が漏れ出ていた。
「あれ?なんか、いつもと周りの雰囲気が違うな。なんであの古井戸の周り、あんなに青白く光ってるんだ?」月満は、いつもと違う古井戸の雰囲気に不気味さを感じた。だが、次の瞬間―。
「え?」
古井戸の中から、突然、手のようなものがぬっと出てきた。
「!な、なんだ?まさか…オバ…おば…おばけ?」
月満は見てはいけないものを見てしまった気がして、かなり怖がっていた。すると、その手から若い女性がよじ登るように井戸から出てくる。
「よいしょっ…と!」
「!」
(なんでいきなり古井戸から女の人が?)
作業服でもなく、どこか古風でありながら未来的な雰囲気もある、白い膝丈のフレアスカートのワンピース姿。髪型はストレートの少し長めのボブで、クールビューティーといった印象だ。月満より少し大人びて見える女性だった。
「!…あなたは?」
月満は女性と目が合った。
「見つかってしまいましたか…」
月満は何が何だか分からず混乱したが、見なかったことにしてこの場を立ち去ろうとした。
「お待ちください!」
古井戸から出てきた女性が、月満を引き留めようとした。
「ここは、埼玉県井中野市で合っていますか?」
「…そうだけど…」
月満はかなり戸惑っていた。
(年齢的には、二十歳前後の女性?…怪しい…マジで怪しい)
「初めまして。信じてもらえるか分かりませんが、私は約百年後の未来からこの時代にやって来た、宇佐美 未来と申します」
「…え?」
(何を言ってるんだ?この人)
月満は、突然のことで理解が追いつかず、宇佐美未来と名乗る女性のことを、頭のおかしい人だと思った。
「実は私、約百年後の未来にある、情報調査局という政府機関の所属でして、この時代にとあるものを探しに来た科学博士を追って来たのです」
「…へぇ…(???)」
(この人、何言ってんだ?やばい人に関わってしまった。これは警察を呼んだ方がいいな)
月満はポケットからスマホを取り出し、警察に連絡しようとした。だが、その瞬間、宇佐美は焦り出し、何かを叫んだ。
「いでよ!うさちゃん号!」
「!!??」
突然、宇佐美が身につけていたペンダントが光り、軽自動車ほどの大きさの雪うさぎのような形をしたロボットが出てきた。
「うさちゃん号、彼の持っている携帯端末を一切無効にして!」
「え?」
すると、「うさちゃん号」と呼ばれるその雪うさぎ型ロボットは、月満のスマホを無効にし、何も操作できなくしてしまった。
「何てことするんだよ!せっかくバイト頑張って買ったばかりのスマホなのに!何かあったら連絡できないと困るじゃないか!ていうか、なんだよそれ!なんでペンダントから変なロボットが!何のトリックだよ!いや特撮?手品か!!!」
月満は、ペンダントから雪うさぎのロボットが出てくるという状況に、頭が大混乱していた。
「驚かせてしまい申し訳ございません。ですが、今この現状を他の人たちに知られるわけにはいかないのです。怪しむ気持ちは分かります。でもお願いです!どうか話を聞いてください!そして、ついでに手を貸してください!」
「…ついでって…」
(喋り方が丁寧なのか雑なのか…?いや、それより何より)
「ていうか、なんの撮影なの!?ドッキリなの?あんた、劇団かなんかの人なの!?それとも手品師か!?」
月満は混乱したままだった。
「…あの、ですから私は百年後の未来から来たと…。あと、せめてそこはマジシャンと言うほうがよろしいかと…」
「やっぱ、手品師か!!素人だましてのドッキリ撮影か!!」
「あの、私は劇団でも、動画企画でも、ドッキリでも、手品師でもありません。正真正銘、百年後の未来から来た、情報調査局のものです…信じてください…」
宇佐美は、月満に信じてもらえるように必死だった。だが…。
ぐぅぅ~…
「なんだ?」
突然、宇佐美のお腹の虫が鳴ったようだ。