【完】めぐりて、春
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待山の冬は長かった。睦月、如月、弥生と、雪が頻繁に降り積もっては解けてゆく。
ゆきの子たちがころころと大きくなってゆく様子だけが、時の流れをはっきりと示している。
文は来なかった。
弥生の三日、氷の残る川端で、百乃と少女たちが人形を流す上巳の祭に付き合う。早雪に甘い餅をふるまわれて帰るその道すがら、柚部は林間の樹々の根本に、淡く輝く金色の福寿草を見つけた。
その日から、少しずつ寒気が和らいでくる。雪の積もり返しは時折あるものの、鳥の影が明るくなりつつある空をよぎる。大小様々の緑のひこばえが、黒々とした樹の枝を彩り始めた。
家々の垣根越しに梅の香が漂い、雪の代わりに柔らかい雨が降るようになって、待山の里に春が来る。
山桜の花つぼみがふくらみ、ゆっくりと咲き、そして散り始める。
ゆきの子達はすっかり大きくなって、すでに五匹のうち三匹がもらわれていった。残る二匹も、それぞれ百乃と真桐がもらい受けることになっている。
その格段活発な二匹にまとわりつかれるようにして、柚部は帰宅後のわずかな時を、畑の世話にあてていた。
ここから見える裏手の大小の山々もまた、山桜の淡い紅色に染まっている。
暮れかける春の陽の中で、じっと日向ぼっこをしていたゆきが、むくりと起きて門の方を見つめた。
わふん、
柚部に向かってひと声吠えると、仔を従えて走り去る。
「ゆき?」
柚部も杖をついて、何気なしに門前についてゆく。
道に出ていたゆきが、立ち止まってこちらを見ている。
はっとした。
自分に出せる最善の速さで歩き、転びかけ、焦るようにして前に進む。
なだらかな風に山桜の花びらが流されて、柚部を追い越してゆく。生きて戻った落武者柚部を、祝いはげます風。
粟畑のはるかに向こう、橙色の光に照らされて、幾つもの小さな黒い影が、峠からこちら側に向かってきているのが見えた。
柚部は立ち止まり、息を切らしてそれを数える。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ…
視界に何千、何万、無数の花びらが渦巻いてうねる。
そこに温かく輝く自分の生に向けて、柚部は土に染まった手をさしのべた。
【完】
「夜叉と落武者」あとがき
皆さんこんにちは、門戸です。
「夜叉と落武者」をお読みいただき、誠にありがとうございました。よろしければページ下部から☆評価を、お時間あります時にご感想などをいただければ幸いです。
本作品「夜叉と落武者」は門戸のオリジナル創作ですが、秋田県のとある伝承民話へのオマージュです。(※と言っても舞台・背景は史実の平安時代東北ではなく、フィクションの別世界である点をどうぞご了承ください)
その伝承は、野添憲治先生の「秋田伝説散歩」に「洞窟の落武者」というタイトルで収録されています。松谷みよ子先生の版をもとにした「松山の洞窟」が映像作品「まんが日本昔ばなし」にあるので、どこかで聞いたことがある、あらすじを知っている、と言う方もいらっしゃるでしょう。オリジナルの伝承は本当に過酷で悲しい話なので、幼い頃に知って衝撃を受けて以来、心の中に封印してきました。結果として数十年来、「落武者」はわたしの心に棲むことになったのですが、数年前にこの封印に触れる転機がありました。どうにかして「落武者」を助けたい、彼にしあわせになって欲しいという願いが生じたのです。
ずいぶん時間がかかりましたが、その思いをどうにか自分なりに実現できたでしょうか…。
と言うより、わたしを支え続けてくれてありがとう、柚部さん。今後もよろしくお願いします。
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2019年秋、今作品の取材名目で、生まれて初めて秋田県を訪れました。名付けて「柚部さん・ゆきちゃんに会いに行こうツアー(定員一名)」。
☆ちなみに作中ゆきちゃんは秋田犬ではなく、その祖先とされるマタギ犬をイメージしています。
大館能代空港から伊勢堂岱遺跡、秋田内陸縦貫鉄道で角館、田沢湖線で大曲へ。
二日目、伝説の洞窟が「あったかもしれない」という姫神公園と払田の柵をまわるつもりが…雪…!!!スノーブーツ持ってきて大正解というほどの雪!
門戸「すごい雪ですね…積もってますね…!」
タクシー運転手様「い~や、こんなの何でもありませんよ…フフフ…」
あまりにかっこいい、このひょろひょろ初老の運転手様が、今思い返してみると「海の挽歌・白き牝獅子」フラン・ナ・キルス侯のモデルになったと思われます(笑)
納豆汁、とんぶり、はたはた、しょっつるに稲庭おうどん、三杯もちにもろこし・りんご・いぶりがっこともちろんお米、何もかも美味しかったです。
お世話になった秋田のみなさん、本当にありがとうございました。
「どうして道路に噴水がいっぱいあるのでしょう?」という門戸の問いに、困惑苦笑顔で答えて下すったホテルマン様も、ありがとうございました。
もう一度みなさまの美しき秋田を再訪して、姫神公園から雄物川の眺めを見ることができますように、と願っています。
2024年 門戸
【参考文献】
「新版国語総覧」谷山茂・猪野謙二・村井康彦・本多伊平(共編)京都書房、1977
※パラレル平安時代ということで、服飾や調度品などの名称・読み方は、こちらに準拠しております。




