25.いわての正体
次第に、近隣から里人たちが集まって来た。
いつか会った忠葦同様、紺色の狩衣をまとった壮年の男たちが数人出入りして、位聡の遺骸を戸板にのせて運び去る。
鍬形得物を使った三人は頭巾をはがされ、後ろ手に縛られたまま矢傷の確認を受ける。いずれも急所は外されていた。矢を放って制止したこめ本人が手当をするのだが、三人はべそをかいたり、茫然自失のていである。よくよく見れば、いまだ角髪の者さえ混じっていた。上背はあっても十四か十五、そこいらの子ども達である。
屈みこんでその子らと低い声で話し、やがて紺色衣の男たちに何ごとか囁くと、いわては地面に座り込んだままの柚部のもとに来て、離れの板敷へ来るよう促した。
杖と長刀をついて歩くが、突き飛ばされた時に地についた右腕が痛んだ。二人の後ろを、ゆきが力なくついて来る。
手燭のもとで見れば、かなり広い範囲に擦り傷ができていた。いわては柚部の傷口を水で清めて軟膏を塗る。乾かすうちにゆきの身体を調べて傷を探した。
全てが無言のうちで行われる。そしていわては動揺しているようだった…傷に当て布を巻くのにも、いつもより時間がかかっている。
「大丈夫ですか」
思いあぐねて、柚部は問うた。
哀しげな瞳で見返してくる、いわては相当に疲れた表情だった。何かを訴えたいような、そんな様子でもある。やがて女は首を振った。
「残念でなりません」
それに尽きる、と柚部も思いうなづく。
「…大きな過ちを犯したとは言え、…あのような若い人が自害する、というのはいたたまれません。一緒にいた大きな子ども達は、何か罰を受けるのでしょうか?」
「ええ、しばらくは自宅に籠らせます」
位聡は皆で狩に出ると言い、獣の代わりにゆきで鍬形得物の練習をしようと、弟子たちを言葉巧みにだましたらしい。そうしてともに、屋形へ忍び込んだ。
ゆきだけでなく、自分もその獲物がわりに含まれていたんじゃなかろうか、と柚部は思う。
「じきに来る親たちに引き取ってもらいますが…。こめさんの矢傷は、だいぶ長引くでしょうね」
「…そう言えば、こめさんは相当の使い手だったのですね。普段の様子からは、想像もできませんが」
少しだけ微笑んでから、いわては頷いた。
「わたしの正体も、お見せすることになってしまいました」
「…」
「もっと、ずっと後になってから、…できれば別の形でお伝えしたかったのですが…」
柚部は唾を飲み込む。
「…あの針を放ったのは、…」
「わたしです。身体の自由を奪う、恐ろしい毒が仕込んであります」
…おやっさまに、得物は必要ないじゃない?百乃の無邪気な言葉が、柚部の脳裏によみがえった。
「ヒルニエ…というのは、いったい何のことなのでしょうか」
いつのまにか、口の中が乾いていた。
位聡に向かい、咎人としてあなたをヒルニエにしますと言い放ったときの、いわてのあの白い顔を覚えている。あまりに冷たく、乾いた声も。
いわてはゆっくりと首を回し、視線を遠くに向ける。そして開け放った簀子縁から見える景色を、指でさし示した。闇夜の中に円い月が浮いて、まばゆい光を湛えている。
「裏手のほう…。小さな山と、さらに後ろに大きな山があるのが、見えますでしょう?」
言われて、柚部は頷く。
「待山を守護するご神体のあの山には、大きな蛭が多く棲んでいます。その蛭をつかまえて、勤めのために蓄えておく蔵が、手前の山中にあります。蛭は何も食べずに幾年も生き長らえることができますが、こちらのために働いてもらうには、時折贄をやる必要があります」
柚部は絶句するしかなかった。
「重い罪を犯した者が、その役…蛭贄を引き受けることになっています」
裸に剥かれた罪人は、巨大な蛭が蠢く蔵に閉じ込められる。全身に貼りついた蛭たちに、一晩中その身の血を吸われ続けるのだ。朝になれば引き出されるが、血を吸いつくされて絶命するかどうかは、蛭たち次第。もちろん生きて出られる可能性はある、ゆえに蛭贄は死罪ではない。位聡の身体は硬くなる前に、蔵の中に入れられる。いわては平坦な調子で、そう告げた。
「なぜ…。蛭などを」
擦れる声で、柚部は絞り出すように問うた。全身に怖気だつ気配を感じ、混乱してもいる。
いわてが口を開こうとした時、戸口の方から控えめに呼びかける者があった。
「おやっさま…」
どこかに痛みを抱えたような顔つきで、いわては柚部に向かい一礼する。
「こんなことになってしまいましたが。…柚部さんはどうぞ、静かにお休みください。わたしは、これで」
立って行こうとする途中、いわては板敷床の隅に目を向けた。侘しくたたずむ尾花の甕と、山姫の鉢。
隣には、活けないままにしおれてしまった野菊の束がある。
それを手に取り、柚部の方を見てもう一度礼をすると、いわては音もなく出て行った。
月光が満ちた室の中は、冷たく朧にかすんでいる。




