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夜叉と落武者  作者: 門戸
25/35

25.いわての正体

 

 次第に、近隣から里人たちが集まって来た。


 いつか会った忠葦ちゅうい同様、紺色の狩衣かりぎぬをまとった壮年の男たちが数人出入りして、位聡いさとの遺骸を戸板にのせて運び去る。


 鍬形得物くわがたえものを使った三人は頭巾をはがされ、後ろ手に縛られたまま矢傷の確認を受ける。いずれも急所は外されていた。矢を放って制止したこめ本人が手当をするのだが、三人はべそをかいたり、茫然自失のていである。よくよく見れば、いまだ角髪みずらの者さえ混じっていた。上背はあっても十四か十五、そこいらの子ども達である。


 かがみこんでその子らと低い声で話し、やがて紺色衣の男たちに何ごとか囁くと、いわては地面に座り込んだままの柚部ゆべのもとに来て、離れの板敷へ来るよう促した。


 杖と長刀なぎなたをついて歩くが、突き飛ばされた時に地についた右腕が痛んだ。二人の後ろを、ゆきが力なくついて来る。



 手燭のもとで見れば、かなり広い範囲に擦り傷ができていた。いわては柚部の傷口を水で清めて軟膏を塗る。乾かすうちにゆきの身体を調べて傷を探した。


 全てが無言のうちで行われる。そしていわては動揺しているようだった…傷に当て布を巻くのにも、いつもより時間がかかっている。



「大丈夫ですか」



 思いあぐねて、柚部は問うた。


 哀しげな瞳で見返してくる、いわては相当に疲れた表情だった。何かを訴えたいような、そんな様子でもある。やがて女は首を振った。



「残念でなりません」



 それに尽きる、と柚部も思いうなづく。



「…大きな過ちを犯したとは言え、…あのような若い人が自害する、というのはいたたまれません。一緒にいた大きな子ども達は、何か罰を受けるのでしょうか?」


「ええ、しばらくは自宅にこもらせます」



 位聡は皆で狩に出ると言い、獣の代わりにゆきで鍬形得物の練習をしようと、弟子たちを言葉巧みにだましたらしい。そうしてともに、屋形やかたへ忍び込んだ。


 ゆきだけでなく、自分もその獲物がわりに含まれていたんじゃなかろうか、と柚部は思う。



「じきに来る親たちに引き取ってもらいますが…。こめさんの矢傷は、だいぶ長引くでしょうね」


「…そう言えば、こめさんは相当の使い手だったのですね。普段の様子からは、想像もできませんが」



 少しだけ微笑んでから、いわては頷いた。



「わたしの正体も、お見せすることになってしまいました」


「…」


「もっと、ずっと後になってから、…できれば別の形でお伝えしたかったのですが…」



 柚部は唾を飲み込む。



「…あの針を放ったのは、…」


「わたしです。身体の自由を奪う、恐ろしい毒が仕込んであります」



 …おやっさまに、得物えものは必要ないじゃない?百乃ものの無邪気な言葉が、柚部の脳裏によみがえった。



「ヒルニエ…というのは、いったい何のことなのでしょうか」



 いつのまにか、口の中が乾いていた。


 位聡に向かい、咎人とがびととしてあなたをヒルニエにしますと言い放ったときの、いわてのあの白い顔を覚えている。あまりに冷たく、乾いた声も。



 いわてはゆっくりと首を回し、視線を遠くに向ける。そして開け放った簀子すのこ縁から見える景色を、指でさし示した。闇夜の中にまるい月が浮いて、まばゆい光をたたえている。



「裏手のほう…。小さな山と、さらに後ろに大きな山があるのが、見えますでしょう?」



 言われて、柚部は頷く。



「待山を守護するご神体のあの山には、大きなひるが多くんでいます。その蛭をつかまえて、勤めのために蓄えておく蔵が、手前の山中にあります。蛭は何も食べずに幾年も生き長らえることができますが、こちらのために働いてもらうには、時折にえをやる必要があります」



 柚部は絶句するしかなかった。



「重い罪を犯した者が、その役…蛭贄ひるにえを引き受けることになっています」



 裸にかれた罪人は、巨大な蛭がうごめく蔵に閉じ込められる。全身に貼りついた蛭たちに、一晩中その身の血を吸われ続けるのだ。朝になれば引き出されるが、血を吸いつくされて絶命するかどうかは、蛭たち次第。もちろん生きて出られる可能性はある、ゆえに蛭贄ひるにえは死罪ではない。位聡の身体は硬くなる前に、蔵の中に入れられる。いわては平坦な調子で、そう告げた。



「なぜ…。蛭などを」



 かすれる声で、柚部は絞り出すように問うた。全身に怖気おぞけだつ気配を感じ、混乱してもいる。


 いわてが口を開こうとした時、戸口の方から控えめに呼びかける者があった。



「おやっさま…」



 どこかに痛みを抱えたような顔つきで、いわては柚部に向かい一礼する。



「こんなことになってしまいましたが。…柚部さんはどうぞ、静かにお休みください。わたしは、これで」



 立って行こうとする途中、いわては板敷床の隅に目を向けた。わびしくたたずむ尾花おばなかめと、山姫あけびの鉢。


 隣には、けないままにしおれてしまった野菊の束がある。


 それを手に取り、柚部の方を見てもう一度礼をすると、いわては音もなく出て行った。


 月光が満ちたへやの中は、冷たくおぼろにかすんでいる。





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