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夜叉と落武者  作者: 門戸
21/35

21.長刀を得る

 

・ ・ ・ ・ ・



 数日が経った朝。畑に出ていた柚部ゆべを、またこめが呼びに来た。


 今度はだいぶのんびりとしていて、かす様子もなしに言う。



左衛さのえさんが、得物えものを持っていらしてますよ」



 こめ・よう夫妻の住まいである門前の小家に行くと、左衛が簀子すのこ縁に腰かけて、麦湯をすすっていた。


 目を細めて柚部に挨拶し、恐ろしく長い布包みを差し出す。



「お待たせしました」



 手に取れば、ずっしりと重い。


 一挙に速くなった鼓動を胸のうちに感じながら、柚部はおずおずと布をひらく。そこには、真新しい木材でできた二振りの長刀なぎなたがあった。


 二刀とも柄は白樫しらかしだ。ひとつには鈍く輝く黒鉄くろがねの刃が、もう一方にはなめらかに削られた木の切先が、それぞれ取り付けられている。



「…」



 板敷に置かれた二振りを見つめたまま、柚部は声を出せずにいた。



「ほら、柚部さん。手に取ってごらんなさいな」



 こめに横から言われて、そうっと持ち上げてみる…木刃、次いで黒鉄長刀。懐かしさがこみ上げてくる重さと手触りだった。



「どうでしょう?お話に伺っていたのと、同じ寸法で作ってみたのですが…。いやはや、やはり実際に作るとなると長いものですなぁ…!」



 左衛はしみじみと、嬉しそうな調子で言う。



「柚部さんがお使いやすいように、後からでも直せますのでご遠慮なく言ってくださいよ。ただね、私は飾りが苦手なもので…。無骨な見かけに関しては、勘弁していただけますと嬉しいですね」



 はっと驚いて、柚部は左衛を見た。狼狽が先に立つ。



「左衛さん、…勘弁も何も、私にはこんな見事な刀に差し上げるお代がありません」



 小太りの中年は、卵のような顔をほころばせた。



「嫌ですね、柚部さんたら。待山まつやまじゃよそと違って、おあしはいただきませんよ。ねえ、こめさん?」


「そうですよ。いつか左衛さんに困りごとの出来た時、お助けしてあげればそれでいいんです」



 左衛とこめに左右からにこにこ諭されて、柚部は何だか幼子おさなごに戻ってしまったような、妙な気分がした。



「…大切にいたします」



 深々と頭を下げる。



・ ・ ・ ・ ・



 久し振りに握る長刀の感触は、畑仕事に埋もれてまるくなりかけていた柚部の心を、懐かしさで揺さぶった。


 離れの裏で、刃のついた方を素振りしてみる。


 いつか、左衛に自分の長刀のことを詳しく伝えたことがあったが、それがほぼ再現されている。その刀職としての腕の確かさがよく知れた。


 左衛という男は、流刑に処される途中でここ待山へ来たと言うが、一体どんな罪を犯したのだろうか、と柚部は思う。こめかよう、いわてに聞いてみようか…。否、と頭を振る。


 自分と熊河くまがわ弥衣やえが今や絆を断ったように、左衛の過去もすでに終わったことなのだろう。あえて聞くまでもない、その気があればいつか本人が話してくれる。


 今度は木刀に持ち替えて、上段に振り下ろしてみた。今までにない音で、切先がしなやかに宙を切り裂いた。



・ ・ ・ ・ ・



 畑仕事の合間を見て、長刀の素振りをするのが柚部の日課になった。


 左膝を気遣いつつゆっくりと、所作を確かめるように木刀を振り下ろす。


 時々、ようやこめが背後で静かに見守っている気配を感じたが、柚部は振り返らずに無心で稽古を続けた。


 ゆきだけが大っぴらに傍らで見物していて、刀身の動きを飽きずに目で追っている。


 木刀を毎日の鍛錬に用い、黒鉄真剣は布にくるんだまま、板敷の隅に置いていた。


 自分に親しんでくれる待山の人々に何らかの危機が迫ったら、迷わずにこれを使って自分は盾になろう、柚部はそう考える。口喧嘩すら聞こえてこない静かな待山に、戦火が及ぶとは想像しにくいが、備えはあるに越したことはない。


 ふと、位聡いさとの敵意を宿した目つきを思い出した。


 そうだ。例えばあの男が、力づくでいわてに言い寄って来たら、叩き出すのに一役買えるだろう。…そんな風に思って、柚部は手巾で汗を拭う。






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